第28話 裏切りの代償



とある屋敷の一室。


窓の外はすっかりと静寂な夜に包まれていたが、すでに暗く静まった他の建物や施設とは対象的に—その屋敷の一室だけは僅かな″赤い″灯りが見えている。


部屋の電灯は消されているが、その灯りの正体とは、″赤く″熱せられた鉄。



「……ようやく話す気にはなったかね?」

 

男は、炎で炙られたその″赤い鉄″を、2本の棒で摘んだ。おおよそ素手では触れることの出来ない熱さたるその鉄の塊は、摘まれた際にジュウッと音をたてている。



「…頼む。もう許してくれ……」


部屋の中にいたもう一人の男。男は両手を鎖でつながれ、ろくに身動きも取れず天井から吊るされていた。

男は衣服を剥がされて、その全身には何もまとっていない。皮膚があらわになっているその肉体は、全身が痛々しい傷や火傷跡に覆われていた。



「…何も、知らないのだ。もう許してくれ…スペンサー卿…」


弱々しい声で懇願するその男は、セルニウス騎士団の団長、スタンフォードだった。



「…許してくれ、だと?

私の質問にも答えずに、この場を逃れることが出来ると思うのか?」


そう冷たく言い放つのは、″ガルド騎士団″の団長であるスペンサー卿。

彼は、2本の棒で摘んだ″極熱″の鉄を、おもむろな動作で、スタンフォードの体に押し付ける。



「っひぎ…ぎゃああああ!!!!」



情け無い叫び声をあげるスタンフォード。肉を焼く″熱さ″と″激痛″が、同時に彼を襲う。



「…どうだ。辛いだろう?

私とて本当は、同じ″騎士団″たるお前を″拷問″にかけたくはない。

…だが、お前が情報を吐かないから…

私はこうするしかないのだ。」


スペンサーは容赦なく、熱せられ真っ赤に変色した鉄の塊を、じわじわとスタンフォードの肉体に押し付ける。

押し付けては離し、また押し付けては離す、といった行動を繰り返していた。


一度消失しては、再度肉体を襲う″苦痛″の連鎖。それはまさに永遠に逃れることの出来ない、絶望そのもの。


「っぐ!ふぐぅぅ!!っはぁ、はぁ、頼む!何も…何も知らないんだ!!」


「…知らないはずはないだろう。

お前が頻繁に、″アルファモリス″を出入りしていることは知っている。

…あの街は、″大神院″が支配している街だ。

大神院に対して敵対的な我々は…あの街に入ることは出来ん。


だが、お前は違う。


アルファモリスへ何度も立ち寄っているだろう?スタンフォード。

お前は″大神院″に随分と気に入られているようだからな。


…大神院は、あの街に大量の難民を連れ込んでいる。

お前は知っているはずだ。

アルファモリスで、大神院が″難民″どもを集めて何をしようとしているのか…」


「ほ、本当に、何も知らな——ぎゃああああ!!!」


口を割らないスタンフォードに、スペンサー卿は拷問の手を緩めることはない。


その傍——


ひどく鈍い音が、響いていた。

それは、人を殴打している音だ。


紅と黒を基調とした優美なドレスに身を包んだ少女が、男に馬乗りになって——男の顔を、殴りつけていた。


何度も、何度も———


「…フェアファックス。あまりやりすぎると、死んでしまうぞ」


酷薄なスペンサー卿ですら、彼女の″暴虐″を止めようとする。


男を容赦なく殴り続けていたのは、″シュヴァルツ騎士団″の団長、アンバー・フェアファックスだ。


「…まあ、スペンサー卿。どうぞお気になさらないで。

はじめから私は、″殺す″つもりですから。

…わたくしのことは気になさらずに、スペンサー卿は、スタンフォードの尋問に集中してください。」


笑顔でそう答えるフェアファックス。

しかし、その天使のように可憐な笑顔とは裏腹に、″男″を殴りつけていたフェアファックスの両手は、″血″で赤く染まっていた。


「た、頼む……もう、許してくれ…」


フェアファックスに殴られていた男は、彼女に命乞いをする。

男の顔面は見るも無惨に″変形″していた。

″ひしゃげた″鼻、潰れた目。歯は折られて顔中の皮膚が、痣と内出血で痛々しく変色している。


「あら?

セルニウス騎士団の副団長ともあろう者が、命乞いですか?」


フェアファックスは、冷たい目でそう言い放つ。


「仮にも″騎士団″の人間ならば、もっと気丈に振る舞ってはいかかでしょう?」


フェアファックスは、両膝で男の両肩を押さえており、男はいっさい逃れることが出来ず、彼女にされるがままだった。


まだ″節度″のあるスペンサー卿はともかく、フェアファックスに至っては″キレる″と誰も手がつけられない。

相手を徹底的に痛めつけて蹂躙(じゅうりん)する彼女の傾向は、騎士団内でも畏怖されていた。


「それにわたくし——」


そして彼女は、怯えた表情で許しを乞う目の前の男に、情け容赦ない言葉をかける。


「命乞いする人間は、″殺す″って決めてますの」


鈍い音とともに、拳が振り下ろされる。

既に、息絶え絶えだった男は呼吸を停止し、見るも無惨な死に様を晒して、その命を絶やす。


殴り殺されるという、至極残酷な殺され方をしたセルニウス騎士団の副団長。

フェアファックスは、自らが殺めた死体を眺めながら、おもむろに立ち上がる。


「…お嬢様、これをどうぞ。手が″血まみれ″ですから…」


そう言ってフェアファックスにハンカチを手渡したのは、″執事″のような上等な格好をした若い青年。


「…ありがとう、アルバート。」


アルバート・ウェンハム。彼は、シュヴァルツ騎士団の副団長である。アンバー・フェアファックスの部下であり″使用人″。

″騎士団″という枠のみならず、フェアファックス家の執事も兼任している。




「…さあ、スタンフォード。この屋敷にいた

″セルニウス騎士団″の団員達は、これで全員死んだ。…もう誰も助けに来ない。

…そろそろ諦めて、洗いざらい喋ったほうが、楽になれるぞ?」


「うっ…ふぐぅ…」


スタンフォードの皮膚に残る、痛々しい拷問の跡。しかしそれでも、スタンフォードは耐え続けた。大神院の″秘密事″を喋ってしまえば、大神院に見限られる。

それはスタンフォードにとっても、避けねばならないことだった。


″法″を支配する大神院に付き従うこと。長期的に見れば、それは身の安全の保証につながるからだ。


騎士団内部では、″大神院″と敵対する、スペンサー達″強硬派″と、大神院に融和的な、スタンフォードら″穏健派″に分かれている。


スタンフォード達は″穏健派″に徹することで、大神院からの信任を勝ち得ていた。逆に言えば、騎士団内″強硬派″の動向は、″穏健派″を通じて大神院に筒抜けであったとも言える。


無論スペンサー達もそのことに気付いていたが故に、同じ騎士団内であっても、″穏健派″の連中は同志でも何でもなく、もはや″敵″そのものであると、彼らは認識している。


だからスペンサー卿は、セルニウス騎士団を襲撃した。元々は″大神院″の「秘密の計画」を、スタンフォード騎士団長から聞き出すことが目的だった。

しかしスタンフォードは屋敷に立て篭もったので、「仕方なく」スペンサー達は、実力行使に出た。

結果多くの血が流れてしまったが、それも致し方のないことだ。もとより、「大神院」に味方する″裏切り者″がどうなろうと知ったことではない。



「…随分と強情なやつだな…

なら我々も、″最後の手段″を取るしかあるまい…」


口を割らないスタンフォードに業を煮やしたスペンサー卿は、″最終手段″を取ることにした。


「…ガトランド。連れて来い。」


スペンサーに命じられた″ガルド騎士団″副団長のガトランドは、部屋の中に3人の人物を連れ込む。

スタンフォードは、その3人を見て絶望し、顔が青ざめていく。


「…よせ…やめてくれ…」


切羽詰まった声で、スタンフォードがスペンサーに懇願する。

なぜなら連れ込まれた3人は、スタンフォードの妻、息子、娘だったからだ。

びくびくと怯えながら、ガトランドに連れてこられる妻達。3人は両手を後ろ手で縛られて、目隠しをされていた。



「…3秒、時間をやる。3秒以内に…大神院の計画について話せ。


さもなくば、一人一人撃ち殺す。」


「やめろ!妻と子どもは関係ない!!」


スタンフォードが叫ぶが、スペンサーはそれを一蹴する。



「…関係なくなんて、ないんだよ。

大神院に味方する騎士団の″裏切り者″…その家族というだけでも、十分に死に値する。


…さあ、3秒だ。3秒以内に答えろ。」


スペンサーは銃を、スタンフォードの妻に向ける。



「3、2、1——」

間髪入れず、スペンサーはカウントを取った。



「あなた、助けて…」



「やめろ!!スペンサー!!」


妻の声も虚しく、スペンサーが放った銃弾が、彼女の頭を貫いた。



「…大切な妻は、死んでしまったな。…次は息子のほうだ。」


「やめてくれ!その子達に罪はない!!」



「そうだ、罪はない。

だから早く、助けてやれ。3、2、1—」


またしても容赦なく、スペンサーは息子の頭を撃ち抜いた。

力なく崩れる、息子の死体。

スタンフォードは、絶望の声をあげ絶叫する。


どうすればいいのか。


大神院の計画を漏らしてしまえば、それは大神院への、あまりに大きすぎる背徳行為。それが意味することは——家族もろとも、大神院に囚われて、″死罪″を言い渡されることだ。


秘密を話して、大神院に家族全員殺されるか。

秘密を話さず、スペンサーに家族全員殺されるか。


いずれにせよ、地獄への片道切符しか、残されてはいなかったのだ。




長男が撃ち殺された後、隣に立っていたスタンフォードの娘たる長女は、恐怖でむせび泣いていた。


スペンサー卿は、娘に近付いて彼女の頭を撫でた。そして囁くような声で、娘の耳元から声をかける。


「おーよしよし、怖いなぁ。

恨むんなら、君のお父さんを恨むんだよ。

…君のお父さんは、大神院に味方する騎士団の″裏切り者″だからだ。


そして今度は、君たち家族をも″裏切ろうと″している。


…君のお父さんはね。家族よりも″大神院″との秘密が大事なんだよ。君たち家族が死んでも、お父さんは何とも思わない。


それがあの男の″選択″なんだよ…


だから、君のお母さんとお兄ちゃんは、たった″今″死んでしまったんだよ…


本当に君たちの命が大事なら、お父さんは迷いなく、君たちを救う行動に出ているはずだ。なのにまだお父さんは…大神院との秘密にしがみついているんだ…

お父さんは、君の大切なお母さんとお兄ちゃんを救わなかったね…


そして次は、君の番だ…」


スペンサーはそう言うと、娘の頭に銃口を突きつける。


「少し時間を伸ばそう。5秒やる。

これは私の親切心だ。」


「待ってくれ…スペンサー…」


スタンフォードが絶望の声をあげる。しかし、スペンサーは容赦なく娘ですら撃ち殺すだろう。


「…お父さん…」

娘が涙を流しながら、呟く。



「さあカウント開始だ。

5、4—」



「どうして…」

娘は、力なく呟き続ける。



「3、2—」

構わずスペンサーは、カウントを続ける。




「どうして、裏切るの?」




娘の言葉に、スタンフォードは頭の中が真っ白になった。同時に、いっさいの躊躇を彼の思考から取り払っていた。



「…わかった!話す!話すから!!

だから、娘を…殺さないでくれ……!」


「…初めからそうしていれば、無駄な血は流れずに済んだものを…」


スタンフォードは、息荒く憔悴しきっていたが、″今この時″だけは——娘の命だけは助けたい一心で、大神院への″裏切り″を選択する。


「答えろスタンフォード。

大神院はアルファモリスに難民達を連れ込んで、何をしようとしている?」


スペンサーに尋問され、スタンフォードは息を荒くしながらも…娘を守るために、自分の知る情報を吐くのだった…


「だ、大神院は…… 今となっては、この国の法や財政を執り仕切っているが…

か、彼らにはまだ… ないものがある。」



「ないもの、とは?」



「…大神院には、軍隊がない。戦力がない。権力を裏付ける…最も単純な原理……


それは、武力そのものだ。


…エストリア王国軍は、騎士団が掌握し…そして騎士団は王室直属の精鋭集団…


連中は、恐れているんだ。″力″を持たないことを。″力″を持つ者に、刃を向けられることを。


そして、理解している。圧倒的な″力″の前では、法の支配など、意味を成さないことを…」


スタンフォードが全てを語りきる前に、スペンサー卿は全てを理解する。


「…ふん。やはりな。そういうことか。

大神院は、″難民″どもを利用して、奴らを″大神院″を守るための兵にしようとしているのだろう?」


「そ、そうだ…

 

東部国境の難民保護施設に…どれだけの難民がいて…その移送先がどこかなど…

誰も知らないし、気にしないからな…


難民達を″アルファモリス″へ秘密裏に移送し…大神院は、難民達を訓練させて…軍隊を作るつもりなんだ…そしていずれは…」


「その軍隊で、騎士団や王室を完全に壊滅させるのだろう?そして連中は、エストリア王国軍をも掌握するつもりか。」


スタンフォードは頷く。



「くっく…あの老人ども、10年前に″騎士団″の解体に失敗してから、虎視眈々と我々を排除するための計画を、練ってきたわけだな。

…だとすれば、やつらが″難民″の受け入れに積極的なのも、それが理由か…


フェアファックスに調査させた甲斐があったというものだ。連中め、ばれないとでも思っていたのか」


スペンサーは不穏な笑みを浮かべる。



「…スタンフォード。その″難民″の軍隊の規模は?練度はどのくらいだ?」


「…はっきりしたことはわからないが…元々難民でしかない連中を、統制するのは簡単なことではない。まだ形にはなっていないはず。だが、アルファモリスに連れ込まれた難民の数は、今現在の総数で5万は超えている…」


「…まだまだ軍隊として運用できる質ではない、か…

だが、東から来た難民どもは、そのほとんどが″魔法″を扱える。つまり、大神院が作ろうとしているのは″魔法″を使う軍隊ということだ。


…″魔法抑止法″で、魔法の戦争利用を禁じておきながら、自分達は魔法使いの軍隊を作ろうとしている、と。

…全く、″法の番人″が聞いて呆れる。」


計画の全貌を聞いたスペンサーは、嘘偽にまみれた″大神院″を、心底軽蔑する。


「…だが、もし。魔法使いの軍隊が″完成″すれば、それは我々騎士団にとっても明確な脅威となる。…″際限なく″力を解放させた魔法が、どれほど危険なものかは想像に難くない。

…このまま大神院の計画を、ただ黙って見てるわけにもいくまい。」


「…では、どうしますの?…アルファモリスに乗り込んで、″潰し″ますか?」


至極短絡的な考えのフェアファックスに、スペンサーは若干辟易としながらも、彼女に答える。


「…数万を超える難民が…魔法使いがいるのならば、迂闊に手を出すわけにはいかん。…何事にも、″好機″というものがある。″機会″を誤ると、敗北するのは我々だ。」


スペンサーの曖昧な言い方に、フェアファックスは煩わしさを覚えるが、包んだ言い方でスペンサーに尋ねる。


「…しかしです、スペンサー卿。早急に行動しなければ、大神院は戦力を増強させて、取り返しのつかないことになりますわ。…叩くのなら、早いうちのほうがよろしいのではなくて?」


スペンサー卿に意見するフェアファックスを、なだめるように、彼は言う。


「…今は焦るべきではない、フェアファックス。言っただろう?″好機″があると。」


「…何か、切り札が?」


フェアファックスは尋ねるが、スペンサー卿は何も答えず、僅かに不明朗な笑みを浮かべるのみだった。

あくまで決定権は、スペンサー卿にある。なのでフェアファックスは、それ以上は聞かなかった。


「…さて、スタンフォード。よく話してくれたな。お前の大切な妻と息子は救うことが出来なかったが… 娘は、解放しよう。」


未だ目隠しをされていたスタンフォードの娘は、溢れんばかりの涙を流していた。

それは、自分が″生かされた″ことによる安堵の涙なのか、母と兄を失ったことによる悲しみの涙なのかは、わからないが。


「…ガトランド。その娘の目隠しを外してやれ。」

「…はい。」


スペンサーに指示され、腹心のガトランドがスタンフォードの娘の目隠しを外す。


目隠しを外された時、娘の目の前に映ったのは、射殺されて床に横たわっている、彼女の母と兄の死体。


その死体を直視して、彼女はやはり抑え切れず、嗚咽をあげながら涙を流し続ける。それはもはや、体中から全ての液体を流してしまいそうなほどに。


スペンサー卿は、娘に近付き声をかけた。


「怖かったねぇ。だが君は、よく頑張ったよ。″君だけ″は、生き残ることが出来た。これは喜ばしいことだ。


お母さんとお兄ちゃんを犠牲にして…

″君一人だけ″が生き延びたんだ。


今生きていることに、感謝しないと。

…泣くのではなく、笑ったらどうかな?

そんな美しい顔をしているのだから。」


攻撃性を一切潜めた、上擦った声で少女に声をかけるスペンサー。同情心と嗜虐心が同時に存在しているかのような、憐憫を孕んだ声。

その豹変っぷりに、フェアファックスはスペンサーに対し、薄気味悪さを覚えていた。

しかしその声色とは裏腹に、スペンサー卿の目は、ひどく嘲弄的な——やはり″冷たい″目をしている。


娘は体を震わせながら、涙を流し続ける。スペンサーは、娘の顎を持ち上げて、こちらへと顔を向かせる。


「…君、名前はなんという?」


スペンサーに——その″蛇″のような瞳で見つめられ、少女は恐怖に慄きながら、名前を呟く。


「……アリス…」


「…なるほど。アリスか。年齢は?」


「…じゅ、15歳…」


「…まだまだ若いな。その命、大切に使うことだ。」


スペンサーはそう言うと、すっくと立ち上がり、スタンフォードへと近付く。


「スタンフォード……大神院に取り入ってうまく立ち回るつもりだったのだろうが…

お前は今、その大神院を裏切ったのだ。

情報漏洩したお前を、連中は許さないだろうな…

我々騎士団を裏切り、大神院をも裏切り…結果お前は、全てを失うことになるのだ。」


「うぅ…う……」


スタンフォードは、情けない声をあげながら咽び泣いていた。それは、娘だけでも助かったことによる涙か、死んだ妻と娘への謝罪の涙なのかは、定かではないが。


いずれにせよ、計画について漏らしたスタンフォードは、大神院からの″制裁″は避けられないだろう。それはまぎれもなく、″死″をもって償わなければならないかもしれない。


″保身″のために、大神院へと擦り寄って、騎士団内強硬派から敵視されたスタンフォードの行動が、仇となった。結果彼とその家族は、

″破滅″への道を辿ることになる。



「その代償を払うがいい…スタンフォード。」



冷然とそう言い放つスペンサー卿。



スタンフォードの家族。″セルニウス騎士団″の団員達。それら複数の死体が横たわる部屋から、スペンサー達は退室する。

 


スタンフォード騎士団長の屋敷から外に出る一行。すっかり深夜という時間で、周囲は静けさに包まれている。

夜空に見える星々だけが、虚しくも僅かな光を放っている。


「…いますわね……」


唐突にフェアファックスが、静かな声で呟く。



次の瞬間——



銃声が響き渡っていた。



それはスペンサー達を狙った襲撃。


しかしスペンサーは、銃撃にもいっさい動じず回避行動も取らず、その場から一歩も動いていなかった。


なぜならば、傍にいたスペンサー卿の腹心——ガトランド副騎士団長が、鋼鉄の盾を翳して、その無数の銃弾からスペンサーを守護していたからだ。それは怜悧な″鷹″の紋様が施された、至極立派な鋼鉄の″盾″。


その銃弾を1発も体に受けなかったスペンサーは、″シュヴァルツ騎士団″団長のフェアファックスと、その部下たる副騎士団長、アルバートに命じた。


「排除しろ」


スペンサーが言い終わるよりも早く、フェアファックスとアルバートは動き出していた。


——敵のいる方向へと、疾走する。


「アルバート、四時方向にも4人いる。…そっちを頼みますわ」


「了解」


フェアファックスに指示され、アルバートは四時方向—— 建物の屋上から銃を構えていた銃手4人を視認する。


アルバートは懐から、自らの″武器″を取り出した。

その武器は、″ナイフ″だった。戦闘用に特化した、鋭利なナイフ。


敵の射撃を受けないよう、アルバートは走りながら、間髪入れずにその銃手目掛けてナイフを投げた。


ナイフは、まるで″銃弾″の如く一直線の軌道で、建物の屋上にいた銃手の喉元に突き刺さる。銃手は即死し、建物から落下した。


間を置くことなく、アルバートは2撃目を加える。銃手が射撃するよりも早く、再度2本のナイフを″飛ばす″。


アルバートの攻撃スピードについてこれず、更に銃手2人が、彼の″投げナイフ″で命を落とす。


その正確無比な″投げナイフ″の攻撃に恐れ慄いた残り一人の銃手が、屋根の影に隠れて退避行動を取った。



一方のフェアファックス。

彼女もまた、敵がいる方向目掛けて、疾走する。


彼女の駆ける先には、やはり大勢の銃手がいた。


(9人——)


敵の人数を即座に認識するフェアファックス。

銃手達は、一直線にこちらへ走破してくる彼女目掛けて、一斉斉射した。


フェアファックスは、側面に飛び込んで回避行動を取る。銃撃を躱した彼女は、そのまま建物の壁を蹴って、三角跳びの軌道で銃手達の懐へと飛び込んだ。


彼女は、武器を何一つ身につけていなかったが、それが彼女の戦闘スタイルである。


急接近された銃手達は、彼女に射線を合わせようとするが、フェアファックスが銃手の足を払った。

まるで刈り取られるかのような強い衝撃を下半身に受けた銃手は、転倒する。しかし、地面にその体をつける前に——銃手の首元目掛けて、フェアファックスの足が伸びていた。


「っぐほぉっ!!」


首元に強烈な横蹴りを入れられた銃手は、口から鮮やかな紅い血を吐きながら、即死する。


そして、相手に隙を与えることなく——フェアファックスは、その紅と黒で彩られたドレスをはためかせながら——再度自身に銃を向けている銃手に、一瞬で距離を詰め跳躍——


銃手の顔を両手で掴んで、その顔面に強烈な跳び膝蹴りを食らわせた。

首が折れて絶命する銃手。


再度、銃撃の猛攻がフェアファックスを襲うが、彼女は″死体″を盾にして銃弾を防いだ。

そして相手の反応速度よりも早く、敵に接近。今度は地面に両手をついて、両脚を開脚させて旋回する。


そのアクロバティックなダンスのような動きで、足を払われ3人の銃手が転倒する。


フェアファックスは跳躍し、両足の踵で敵2名の顔面を思い切り踏みつけた。

またしてもあっさりと、2名が即死した。


転倒して起きあがろうとした敵には、足を振り上げて強烈な一撃を、顔面にお見舞いした。その丈の短いスカートから振り子のような——長い足が振り下ろされる。


僅か10秒足らずで、″丸腰″の相手に5名が殺された。

敵は恐れ慄いたが、それでも怯まずに応戦を続ける。

彼らは銃を放して剣を抜いた。近接戦闘に切り替えるようだ。


一人の剣士が、フェアファックスに剣を振りかぶる。しかし彼女は、剣を持っていた腕を蹴り上げた。腕を″砕かれ″たその男は、痛みに悶えながら剣を落とす。間髪入れず——男の両目を、フェアファックスの人差し指と中指が突き刺されていた。


″目潰し″を食らって蹲る男。そして次の瞬間、鳩尾に″拳″を受ける。

その激しい一撃を受けた男は、血と吐瀉物が混じった液体を口から垂らしながら、息絶えた。


残り3人。

もはや勝ち目はないと悟った剣士達だが、今更退くわけにもいかない。


死を覚悟でフェアファックスに向かっていく剣士達。彼らの攻撃をフェアファックスは軽く躱すと、今度は両足の足先で、敵の首を挟みこむ。そのまま重力をかけて、放り投げるように敵の顔面を地面に叩きつけた。


その後、即座に残りの剣士達をたたみかける。

敵が剣を振り下ろしてたきた対面際に、それを難なくかわしたフェアファックスは、敵の目元に肘を叩きつける。眼瞼付近から出血し、目を押さえる男。


そしてとどめの一撃。


頸部の後ろに、強力な踵落としを浴びせた。頚椎を破壊された男は、そのまま体をびくびくと痙攣させて、一切の身動きが取れなくなってしまう。


(残るは一人)


あっという間に8人を始末したフェアファックス。残り一人を殺すことは、容易い。だからこそ——


最後に残った一人は、″哀れ″な犠牲者だった。


フェアファックスの″玩具″にされることを運命づけられた、哀れな犠牲者。


「……うおおお!!」


命を散らす覚悟でフェアファックスに立ち向かう剣士。


「全く…」


フェアファックスは、敵の攻撃をいなして、至極呆れたような声を漏らす。


「剣は嫌いですわ」


そして敵の首を掴んで、自己の体を回転——剣を保持していた敵の腕に、両足を絡める。


「だって、返り血を浴びますもの。

…せっかくのお洋服が、台無しになります」


フェアファックスは、その腕に絡ませた両足で、腕の関節可動域に逆らう方向へと力を入れる。次の瞬間…


男の腕は、″あらぬ″方向に曲がっていた。

まるで枝が折れたかのように、″ポッキリ″と曲がった腕の骨。


「—————っ!!!」


絶叫ともつかない悶絶の声をあげ、男は地面に膝をつく。

″使いもの″にならなくなったその右腕は、ゴムのように″だらん″と垂れている。


「わたくしはどちらかと言えば…」


フェアファックスは男の背後にまわり、今度は男の左腕を掴む。そしてその左腕の関節に、肘を直角に打ち込んだ。右腕のみならず、左腕も破壊され″使いもの″にならなくなった。


「…直接″破壊″するほうが好きですの。」


そう言いながらフェアファックスは、背後から男の首を腕で締め付ける。


「…ぐっ………!」


頸動脈と気道を同時に締め上げられ、呼吸が出来ない苦しさと、脳への酸素供給が途絶える苦しさを同時に味わう。


「…苦しい、ですか?


でも、あなたで最後ですから…

せっかくなので、楽しみましょう?」


男の悶え苦しむ声が、フェアファックスの嗜虐心を刺激する。


殺そうと思えば、すぐに殺せた。しかし不運なことに——男は、″最後の一人″になってしまったが故に、フェアファックスの加虐的な心を満たすための″玩具″にされる運命だった。


締め付けてはまた″緩め″て、締め付けてはまた緩める……

いっそのこと、一思いに殺してくれたほうが楽だったろう。


終わりなき苦しみの連鎖。


彼女の″余興″のために、「生死」を弄ばれる不運な犠牲者。破壊され地面に″垂れた″両腕も、その″余興″の結果だ。



「お嬢様」


ふいにアルバートが、フェアファックスに声をかけた。


「…なあに?アルバート。邪魔しないでほしいんだけど」


あからさまに不機嫌な表情になるフェアファックス。アルバートは、彼女を極力刺激しないよう、慎重に言葉を選んで彼女に話しかける。


「…誠に申し訳ありませんが。あまりここで留まるわけにもいきません。敵は一掃しましたので、早急にこの場を離れなければ。

″司法院″の連中がやってきたら、厄介であると…スペンサー卿が仰っております」


「…まあ、それもそうですわね」


アルバートの忠告に、フェアファックスは素直に応じる。なので″遊び″は終わりにすることにした。もちろんそれは、今彼女の腕に締め付けられている男の「解放」を意味するものではなかったが。



「…もう少し楽しみたかったのですけれど、ここで終わりに致しましょう。」


そう言うと彼女は、男を締め付けている腕に、力を込める。


「っふ、ふぐぅ……!」



それは紛れもなく、死の晩鐘。



「…じゃあ、さようなら」


断末魔をあげることもなく、首の骨が″折れる″嫌な音がした。



「……それにしても」


フェアファックスは立ち上がり、無数横たわる死体を眺めながら、呟く。


「…この隊服は、″セルニウス騎士団″のものではありませんわね」


フェアファックスの言葉に、スペンサー卿が返答する。


「…いかにも。こいつらはスタンフォードの部下じゃない。

やつらが来ている隊服は、″ミュートン騎士団″のものだ。」


ミュートン騎士団は、セルニウス騎士団に次ぐ、騎士団内″穏健派″の部隊だ。

つまり、スペンサー達の敵に当たる。


「…ふん。さしずめスタンフォードからの応援要請を受けて、ここに駆けつけた次第か。ならばあの男も——」


スペンサーが話し終える途上——


スペンサーの付近にあった柱の影から、一人の″大男″が現れた。男は不意打ちとばかりに、即座にスペンサーに接近。

その両手には、鋼鉄の巨大な槌が握られている。

スペンサーに振り下ろされた槌は、しかしガトランドの鋼鉄の盾によって防がれた。


不意打ちたる渾身の一撃を防がれて、その大男は舌打ちした。


「…やはりお前もいたか。

 ″石像のゴドウィン″」


ゴドウィンと呼ばれたその男——


彼は、ミュートン騎士団の騎士団長だ。

″石像″とは、スペンサー卿がゴドウィンに付けた蔑称である。


「スペンサー!スタンフォードに何をした!?」


ゴドウィンは、その巨大な槌を再度構えながは、スペンサーに激昂する。


「…お前に、答える必要はない。

石像らしく、大人しく″沈黙″するがいい。」


「バーンズ副騎士団長!!」


ゴドウィンがそう叫ぶと同時に、建物の影から、剣と盾を構えた男が現れた。ミュートン騎士団の副団長たる、バーンズだ。


「スペンサーを殺せ!!」


ゴドウィンが叫ぶ。そしてバーンズの他にも、複数の騎士団員精鋭達も現れた。


バーンズ副騎士団長は、スペンサー目掛けて剣を振り下ろすが、やはりガトランドの盾に防がれる。

バーンズと連携するように、他の騎士団員達が、ガトランドに向かって攻撃する。

しかしその四方からの攻撃に対して、驚くほどの敏捷さと反応速度で、ガトランドは冷静に攻撃を防いでいく。

加えて、スペンサー卿への攻撃も一才許さない″鉄壁″の防御。


フェアファックスもまた、ミュートン騎士団の精鋭兵相手に、やはり反撃の隙を与えぬまま、一人、また一人と始末していく。


アルバートはゴドウィンに応戦していた。


ゴドウィンが、アルバート目掛けて突進する。

巨大な槌を振り上げ、アルバート目掛けてそれを振り下ろした。


アルバートはその強力な一撃を、すんでのところで躱す。

攻撃を外した槌が、めり込んで地面を破壊する。くらったらひとたまりもない威力だ。


強靭な肉体を持つゴドウィンは、騎士団長の名に恥じぬパワーを備えていた。


攻撃をかわした拍子に、体勢を崩したアルバート。ゴドウィンがいかに強力な腕力を持っているからと言って、あの重量の槌を再度振り上げるには、時間を要する。その隙こそが、アルバートにとっての勝機だと思っていた。


しかしゴドウィンは、アルバートの予想に反し—— 自前の武器である″槌″を一旦放り捨てて、アルバートに向かって突進してきた。


アルバートは反撃が間に合わず、ゴドウィンのタックルをその全身に受ける。

強力な″体当たり″を受けたアルバートは、突き飛ばされて壁に激突した。


「くっ……!!」


″シュヴァルツ騎士団″の副騎士団長たるアルバートは、実力者ではあるが、″投げナイフ″という戦闘スタイルから、接近戦は不得手だった。彼が本領を発揮するのは、″中距離″を主体にした集団戦だ。


「アルバート!そいつは私が仕留めますわ!」


苦戦しているアルバートに代わり、フェアファックスがゴドウィンの相手をする。


「うおおお!!!」


ゴドウィンは再び槌を握りしめ、横一閃に槌を振るう。しかしその単調な動きは、フェアファックスにとってはあまりに遅かった。


「…動きが鈍重ですわよ。ノロマ」


フェアファックスは跳躍し、ゴドウィンの攻撃を躱す。その拍子、彼女は前方に一回転する。前宙した勢いで、ゴドウィンの頭に激しい踵落としを食らわせた。


「ぐぅっ…!」


フェアファックスの一撃に、ゴドウィンの脳が激しく揺れる。

そして彼女は地面に着地した瞬間、今度は後方へ宙返りし——その足先をゴドウィンの顎にお見舞いした。


「がぁっ……!!」


蹴りで顎を破壊され、激しい脳震盪がゴドウィンを襲う。彼は膝から崩れ落ち、その巨体が地面に倒れ込んだ。


「…石像は石像らしく、大人しくしていなさい」


フェアファックスの侮辱的な言葉を聞く間もなく、ゴドウィンは脳震盪によって地面に崩れ落ちていた。とはいえフェアファックスも、ある程度は加減していたのだ。


まがりなりにもゴドウィンは騎士団長。

彼の生殺与奪は、フェアファックスが決まることではなく、スペンサー卿だ。


当のスペンサー卿は、至極余裕な様子だった。

腹心のガトランドは、左手に構える鋼鉄の盾で、敵の攻撃を防ぎつつ、その攻撃方法は——右手に銃を構えていた。

ガトランドは敵の攻撃を防いで、銃で反撃。防いでまた反撃、という単純ながら非常にテクニカルを要する戦法で、しかし無類の強さを発揮する。


自分を守り、騎士団長たるスペンサー卿を守り、なおかつ相手を仕留める。これは極めて高度なことだ。


ガトランドの″守備″と″カウンター″を駆使した攻撃によって、ミュートン騎士団の精兵達は、次々と倒れていく。彼らは、スペンサーはおろかガトランドにも全くダメージを与えることが出来ていない。


″ミュートン騎士団″の騎士団内序列は8位。そんな連中が、序列2位たる″ガルド騎士団″の副団長を相手にするのは、いささか酷というものかもしれない。


「くそ…くそぉ!!」


ゴドウィン騎士団長がフェアファックスにやられ、そして自らもスペンサーを始末できないことに、苛立つ″ミュートン騎士団″のバーンズ副騎士団長。


他のミュートン騎士団員も、全滅。

勝機がないと悟った彼は、とうとう敵に″背中″を見せて逃げ出した。


「…本気で勝てると、思っていたのか?」


呆れたようにスペンサー卿が言う。

そして彼は、逃げ出したバーンズ副騎士団長に銃を向けて、狙いを定める。


スペンサーの撃った銃弾が、バーンズの後頭部を貫いた。



「…さて。残るはお前だけだな。

石像のゴドウィン。いつまで地面に這いつくばっている?」


スペンサーは、フェアファックスに敗れ、屈辱的な体勢で地面に突っ伏すゴドウィンに、声をかける。


「…スペンサー。大神院に逆らって、ただで済むと思っているのか…」


薄れゆく意識の中で、言葉を絞り出すゴドウィン。しかしスペンサーは、ゴドウィンの言葉を嘲笑する。


「…それは、″お前達″が臆病者だから、そう思うだけだ。

ゴドウィン…大神院こそ、″守護者″という見せかけの権威に縋る怯弱な連中だ。


自分達だけではどうにも出来ないから、奴らは″難民″に頼って我々騎士団を排除としようとする。…我々こそ、奴らにわからせねばならない。

″騎士団″と敵対することが、どういうことかということをな…」


スペンサー卿は、冷めた目つきでゴドウィンを見ながら、言う。


「…スペンサー卿。ゴドウィンの始末はどうされますの?


…殺しますか?」


フェアファックスの問いかけに、スペンサーは笑みを浮かべて答える。


「…そうだな。私個人としては、ゴドウィンを生かしてやってもいい。

だがフェアファックス。お前はどうしたい?」


「わたくし、ですか?」


意外な返答に、フェアファックスは少々驚いたような表情を見せる。


「…フェアファックス。私もお前に悪いと思っているんだよ。さっきお前の″遊び″の邪魔をしたからな。」


スペンサーの言葉の意味を理解し、フェアファックスは溺惑とした笑みを浮かべた。


「…よろしいの、ですか?」


「…ああ。この様子だと、司法院の連中もすぐにはやって来ないだろう。

5分だけ時間をやる。

その間は、好きにしろ。」


スペンサーからの″許し″を得たフェアファックス。それはゴドウィンにとっての、残酷な結末を意味する。


「…こ、殺すつもりか…」


意識朦朧としたゴドウィンが、フェアファックスに言う。


「…さあどうでしょう?

結果的に死ぬかもしれないし、そうならないかもしれない。」


「な、何を言って——」


ゴドウィンがそう言おうとした瞬間。


フェアファックスはゴドウィンの右足を、思い切り踏みつける。


「…ぐわあああ……!!」


しごくあっさりと骨が″砕け″、ゴドウィンは痛みで苦悶の声をあげる。そして容赦なく、フェアファックスは彼の左足も蹴り付ける。


「————っ!!」


両足を″破壊″され、苦しむゴドウィン。


「…あら?″石像″のわりに、骨は脆いんですのね。」


「ひぃぃ……!!」


痛みに耐え、″使えなくなった″両足を引き摺って、地面を這いつくばりながら逃れようとするゴドウィン。

しかしフェアファックスは、彼の髪を引っ張り上げて、冷然たる口調で言い放つ。


「…どちらがよろしいですか?

腕が先か。目が先か。」


「うっ……うぅ……」

フェアファックスに怯えていたゴドウィンは、彼女の顔を直視出来ず、情け無い声をあげ続けるのみであった。


「ああ、そんなにわたくしの顔が見たくありませんの?

じゃあその両目はもう、いりませんわよね?」


そしてゴドウィンの両目は、″潰され″る。

フェアファックスの細い指が、赤い血で染まった。


「…まだまだ、これからですわよ」


夜中の静かさの中。フェアファックスに痛めつけられるゴドウィンの悲鳴だけが、響き渡っていた。


相手をいたぶって快楽を得るフェアファックスの残虐な″遊び″を、彼女の部下であり執事たるアルバートは、複雑な心境で見ていた。


彼女のことを慕ってはいるが、彼女の″趣味″については、おおよそアルバートにも理解できるものではない。

だからといって、それを止める勇気も、彼にはなかったが。


彼女の″趣味″をわかっていながら、それを許したスペンサー卿も、彼女と同じく残酷かもしれない。もっともゴドウィンへの仕打ちは、大神院に味方する″穏健派″への「制裁」という側面もありそうだが…


「…かわいそうにな。″石像″のゴドウィンよ。

我々を裏切ることがなければ、このような末路を迎えることもなかったろう。」


陰湿な笑みを浮かべ、自らが下した決断を、まるで他人事のように語るスペンサー。


だがこれは、スペンサーにとってある種必要なことでもあった。


″裏切り″には、それ相当の代償を支払ってもらわなければならない。

″痛み″を伴わなければ、人はすぐに裏切るからだ。


「…頼む。許してくれ…」


「…あら?許しを乞う必要などありません。あなたには、感謝してますのよ?

騎士団長を″なぶり者″に出来る機会なんて、そうそうありませんから」


ゴドウィンは生まれて初めて、「後悔」という感情を味わっていた。



それは、最初で″最後″の後悔となったが。


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