第6話 後遺症

「———では、クルーガーの処理はお願いしてよろしいですね?」


「もちろん承りますよ。ビアンカ・ラスカー。この頃、東部国境で増えている難民誘拐。一連の犯罪に、あの男も深く関わっている可能性がありますからね」


ラスカーは、とある一人の男と話をしていた。


「……ですが、氷山の一角」


「いかにも。ましてや違法業者をしらみ潰しに捕まえていても、そもそも国境から侵入してくる難民たちを抑えないことには、根本的な問題の解決にはなりません。」


「東部の国境は、そんなに大変なのですか?」


「東の国々は、今内戦中ですからね。我が国にも難民たちが押し寄せるのです。」


「…グレンヴィル騎士団長、このようなことを聞くのは恐縮ですが…王室や騎士団、大神院はこの事態を静観しているのですか?」


「いえ…王女も大神院に進言しております。事態収拾のために、機能不全に陥っている国境警備隊を再編すべきだと。…しかし、大神院からの返答はありません。」


「そうですか…」


「いずれにせよ、我々騎士団は王女に付き従うまでです。」


ラスカーは、自らが捕らえたクルーガーの移送を、″騎士団″に依頼していた。


″騎士団″とは、エストリア王国において、あらゆる特殊任務を請け負う組織の総称。エストリアには全部で13もの騎士団が存在しており、彼らの任務は、治安維持、要人警護、反乱者の抹殺や鎮圧など様々だ。騎士団は通常、国王の直属部隊であり、その任務においては、地方の警備隊や治安維持部隊の介入を受けることなく、絶大な権限を有する。騎士団員たちは優れた戦闘能力を有しており、いわば国王が抱える精鋭部隊と言えるだろう。


「では、よろしくお願いします。グレンヴィル騎士団長。」





———ラスカーは、ルークとスヴェンに尋問する。事の顛末について。クルーガーの犯罪現場を目撃した経緯について。そして、スヴェンが「法に違反して」魔法を使っていたことに対して。



「では、ジョージ・ハースという村人が、子ども達の移送に関わり、それを追跡していたと。」


「はい……」


ラスカーは、厳しい口調でスヴェンを問い詰めていた。


「スヴェン・ディアドール。あなたが使い魔を召喚したのは、ルークを助けるためであったと…」


「はい……」


「たとえ友人を救うためであったとしても、スヴェン。あなたのやったことは違法行為です。」


「わかっています。」


それでもスヴェンの口調は、どこか自信に満ちているようだった。


「でも、後悔はしていません。行動しなければ、ルークは殺されていた。親友を失うぐらいなら、学校を退学になったって、裁判にかけられたってかまいません。」


スヴェンの言葉に…その横にいたルークの心は熱くなった。しかし同時に、罪の意識も感じていた。


「悪いのは僕なんです。僕が、誰にも相談せずに、勝手な行動をして。結果自らの身を危険に晒して…スヴェンは僕を助けようと…!だから、裁かれるべきは僕なんです…!」


ルークの訴えが、ラスカーの心にズキズキ響く。しかしラスカーは、その心の葛藤を表には出さず——出さないように、あくまで冷静を装い、ルークやスヴェン達に告げる。


「誰が悪いか、それは問題ではないのです。それを決めるのは、裁判官になりますから。


…ルーク、あなたは単独行動を起こす前に、まず教員に相談すべきでした。

今あなたが生きていられるのは、たまたま幸運が重なったからです。


そしてスヴェン、あなたはおそらく裁判にかけられます。たとえ友人に命の危機が迫っていたとしても…″魔道士″の称号を持たないあなたが、魔法を行使したという事実。

そして魔法の力を制御できず、使い魔が暴走していたという事実。この事実は、裁判では不利に働きます。」


淡々と述べるラスカー先生の言葉は、その厳しい現実をルークやスヴェンに突きつける。


「先生、俺は監獄行きですか…?」

スヴェンの問いかけは、不安というよりも、一種の諦念のような様相を帯びていた。


「それはわかりません。…私も極力、あなたたちの状況を考慮するよう、司法院に働きかけます。」


そう言うと、ラスカーは立ち去ろうとする。しかし去り際にラスカーは、ルークとスヴェンに、掠れるような、まるで搾り出すかのように声をかけた。

…それは教師としてではなく、ビアンカ・ラスカー個人の思いとして。


「スヴェン、あなたのやったことは法に違反した。でも、友達を助けようとした、その心だけは、間違いじゃないから。

そしてルーク…たとえどのような結果になったとしても、あまり自分を責めないで。

あなたの、友達を思う心…それは、とても大切なものだから…大事にしてほしい」


「先生…」


「じゃあね、さよなら」



……なぜ、こんなことを言ったのだろう。


もっと厳しくあるべきなのに。


甘さを見せたら、彼らは自省しないかもしれない。


だけど…


(後悔はしていません。行動しなければ、ルークは殺されていた。

親友を失うぐらいなら、学校を退学になったって、裁判にかけられたってかまいません)


スヴェンの言葉を思い出す。同じ状況なら、たぶん自分もそうしてたから。







「どうだったかね、ラスカー先生」


ラスカーは憂鬱だった。自らの教え子が起こした出来事を、ベルナール副校長に報告しなければならなかったからだ。

副校長は厳格で、時に冷淡で、学園中から恐れられていた。

生徒はもちろんのこと、教員たちも極力、この副校長とは関わりあいになりたくはなかったのだ。


「はい、副校長先生…私の生徒、ルーク・パーシヴァルとスヴェン・ディアドールは昨日の早朝より…」


「事件の顛末は、概ね聞いている。私が聞きたいのはそういうことではない。」


「と言いますと…?」


「ルーク・パーシヴァルとスヴェン・ディアドールは、自分たちが犯したことに対してどう感じていたんだ?」


「…スヴェンは、自分のしたことを後悔はしていないと。ルークは…自分のせいだと…」


「君はどう思った?スヴェンに対して?」


副校長はラスカーに問いかける。その威圧的で脅迫的な口調は、まるで犯罪者を尋問しているかのよう。


「わ、私は…」


スヴェンのしたことは間違っています。

それだけを言えば良かった。しかし彼女の中の ——くだらない、ちっぽけなプライドが… 彼女の本音を遮ることを、許さなかった。


「スヴェンのしたことは違法ですが、状況的に致し方ない側面があることも否めず…」


「じゃあ君は、彼を肯定する?」


「それは…」


副校長は、生徒たちのことを聞いていたのに、いつのまにかラスカーへの尋問になっている。こうなってしまうと、この副校長の「攻撃」から逃れるのは難しい。


「ラスカー先生、言葉に詰まっているね。教師であるものが、それではいかんよ。教師とは、迷ってはいけないのだ。迷いは教え子をも迷わせるぞ?」


「申し訳ありません…」


「申し訳ありません?

君は一体何に謝罪しているんだね?私にか?

なら教えてほしいが、君が私に謝罪することが、一体どれほどの生産的な価値を生み出すのかね?これは君の心の問題なんだよ。」


副校長の徹底攻勢に、ラスカーは萎縮する。これではまるで、教師に説教されてる生徒そのものだ。


「…なんのために法があると思う?


感情で支配される、この不安定な世界のバランスを保つためだ。家族のためにとか、友人のためにとか、″理由″があれば、人々は何をしても許されると思っている。


だが、それでは秩序を保てないのだ。


世界の全ての人間が、善意と良識を持って行動できるならば、法はいらないが…残念ながら、人間はそれほどまでに″立派″なものではない。


…魔法だってそうだ。どこかでバランスを取らなければならない。″魔法抑止法″はその点で素晴らしい法律だ。魔法を完全に規制するのではなく、″ある程度″は使ってもらう。もちろん、魔法の戦争利用は禁じられているし、公に魔法を使っていいのは、″魔道士″という称号、いわば国家資格を取得した物に限られる…」


「副校長先生。あなたは50年前の内戦を生き延び、この法律を作ったメンバーの一人だと聞きました。…あの内戦で、魔法の恐ろしさを直視したはずなのに、なぜ、魔法を完全に規制しなかったのですか?」


ラスカーの問いかけに対して、副校長は僅かに…ほんの僅かに、口角を吊り上げた。


「ひとつ教えておくとしよう、ラスカー先生

。人は過去の記憶を忘却する。だからこそ、育てなければならないのだ…」


副校長の言葉の意味が、ラスカーには理解できなかった。まだこの時は。




ラスカーは、事件の事後処理で多忙だった。ストレス過多な毎日。

でもそんなことは、彼女にとってあまり問題ではない。ルークとスヴェンのことが、ずっと気がかりだった。


…スヴェンがどうなるか。


そしてスヴェンの処遇次第で、ルークの精神状態も大きく影響してくるだろう。


…今は考えても仕方がない。決めるのは″司法院″なのだから。





ルークとスヴェンの件は、魔法学校生徒のスキャンダルとして、フランドワース地方に広がった。当然、あの村にも。


ビアンカ・ラスカーは、フランドワース地方で発行されている新聞記事に目を通す。


新聞には、

「魔法学校生徒が無抵抗の民間人を襲った」という論調の記事が書かれていた。

かなり歪曲された記事だ。

事実としては、その民間人は犯罪組織の違法行為に関わっていた運び屋で、魔法学校の生徒は、友人を救うために、半ば正当防衛的に魔法を使った、というのが真実。…彼が魔道士の資格を持っておらず、使い魔が制御不能に陥っていたのは、まずいことだが。


その運び屋、ジョージ・ハースはあの後村の医院で亡くなったらしい。出血量があまりに多かったので、助からなかったと…

彼が死んだ件は、ルークとスヴェンには伏せておいた。

いずれ知ることになるかもしれないが…

誰かの死を受け止めるのは、彼らにはまだ酷すぎる。それが、間接的にでも自らの行動によって引き起こされた死ならば、なおさら。


でも、村の人間は新聞記事を見て、ルークとスヴェンがジョージ・ハースを殺した事実に憤慨している。村人たちは、ハースの真実を知らない。ラスカーはルーク達に、絶対に村には近づいてはいけないと、それだけを伝えた。


ハースが死んだ後、彼の遺体は村に埋葬された。彼の妻が眠っている、同じ墓石の下で。


村にいた魔法使い達は、ハースが死んだ件には直接関係はないが、村人たちの心が次第に、自分たち魔法使いへの敵意に満ち溢れているのを、薄々感じていた。結局魔法使いたちは全員、村を離れることになった。その後、村とレンバルト魔法学校の交流は、完全に途絶えた。



魔法使いが、法を犯す。その後遺症は、あまりに大きいのだ。

みんな口には出さないが、やはり魔法使いを嫌っている人はまだまだ多いのだろう。

…いや、魔法使いへの嫌悪を、口に出してくれるのなら、まだましなのかもしれない。


一番の恐怖とは、抑えられた負の感情が、一気に湧き出してしまうこと。


怒りや不満を我慢している人間こそ、それが爆発した時、それはもう、誰にも止めることが出来ないのだ。








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