第6話 店へ

 僕は丸山さんの少し後ろを歩きながら周囲を確認する。

 昨日と違い、手には荷物を持っていないのでバランスはとりやすい。

 足元を流れている水の深さが増してきたような気がする。

 梅雨の季節だから雨はしかたないけど、天気予報を知ることができないので、いつまで降り続けるのかがわからない不安を抱えながら歩く。


 科学が発達していない時代に神頼みで天気を願っていた気持ちがよく理解できる。

 気象予報士がいなければ天気がわからないように、現代社会は全てが専門化したことで高度な文明を急速に発達してしまった。

 しかし反面、知識がない一般人は専門家に頼り切ってしまう。

 自動車やパソコンは自分では作れないし修理もできない。

 レストランのメニューも作れないし、服を縫うことすら、いや布を織ったりも、羊を育てることもできやしない。

 石油を掘り出すことができても精製できないし、鉄鉱石から鉄板も作れない。

 しかも全ての生産には電気が必須。

 生物に必要なのは酸素と水と食事の他に電気でしょう。どれか一つでも欠けたら死んでしまう。

 現在の僕たちは酸素だけだから、はやくしないと本当に死んでしまう。

 水も食料も売っているものでしか得られない。

 なんて人間は無力というか役に立たない生き物なのか。

 こういった災害が毎年起きたら、人類が滅亡するのに10年はかからないかもしれない。

 コロナで数か月経済が停まっただけでもヤバかったのに、さらにこんなことになるとは。


 僕は心の中で愚痴のような考えを生み出しては飲み込み吐き出し、人間に生まれたことでさえ後悔しながら歩き続けた。

 なるようになるしかない。生きているのだから生きることにする。


 道順がわかる丸山さんについて行っただけなので、そんなことを考えていたらあっという間に店に着いた。

 通用口には昨日の帰り際、塞ぐように物を置いてきた。今日はそれを退けるだけで簡単に開けることができる。

 店内に入りとりあえず生鮮部門の冷蔵庫を見て回ることにした。

 青果にはほとんど在庫が無かった。全て店頭に並べたのかもしれない。

 鮮魚の冷凍庫にはイカの箱があった。解凍されているが臭いは大丈夫そうだ。これなら調理ができそうなので丸山さんに持っていってもらう。

 精肉の冷凍庫には挽肉用の豚肉と牛肉の箱があった。当然解凍されていたが、ミンチの機械は電動だから使えない。シチューとかの煮込みしかできないか。とりあえず持っていく。


 惣菜作業場でイカに切れ目を入れ、醤油と味醂に漬け込む。本当なら冷蔵庫で寝かせたいが一晩くらいなら問題なかろう。明日にでも外でイカ焼きにしてみる。楽しみだ。

 牛肉は筋をきれいにトリミングをする。結果、紐状になるので塩とスパイスに混ぜて袋で保存しておく。味が馴染んだら燻製にしてみようと思う。いわゆるビーフジャーキーになるはず。

 豚肉はどうしようか。筋をとっても形にならなくなる。とりあえず一センチ厚さにぶつ切りにして火が通るまで焼いておく。味付けはしない。

 犬猫の餌にできれば喜ばれるかもしれない。そう思ったら、ゲンコツ豚骨があるか探してみた。

 冷凍庫の隅にわずかだけどあった。豚骨は焼いておこう。どこかの犬のオヤツに喜ばれるかもしれない。

 上品な育てかたをされた犬でも、本当の骨の美味しさを知ってしまうと飼い主が驚くほど狂ったようにかみ砕く。

 骨に限らず餌を与えるのは飼い主の許可が必要だから大丈夫だと思うが、以前そんなことを知らない飼い主が与えたら「うち子はこんなに下品じゃありません」と怒られたことがある。


 肉やイカを順調にさばいて片づけていると丸山さんから、

 「なんで大竹さんは肉の扱いがそんなに上手なのさ、特に包丁さばきが本職にしかみえないんだけど」と言われた。

 僕は曖昧に「料理が趣味なんですよ、一人暮らしも二十年以上もやっていると誰でもこうなりますって」と誤魔化した。

 本当のことを言うと、店が再開した時に担当を変えれれるかもしれないので秘密にしておこうと思った。


 それにしても店に僕ら以外が来た気配というか痕跡が無い。通用口が動かされた形跡はないし、店内に僕ら以外の足跡も無い。

 店のみんなどうしているのだろうか。

 ここの従業員はフルタイムが30人ほど。パートタイムで15人くらいか。全員で50人前後になるはずだ。

 丸山さんのように近所から来ている人は少ないのかもしれない。フルタイムは店舗の異動勤務があるからバラバラ。パートタイムは全員が女性で、バスか電車で近い範囲。

 ほとんどが家庭がある人ばかり。20代の多くは実家か遠方に住んでいる。

 この状況下で苦労して職場に来ようなんて思わないだろう。むしろ家族が引き留めるだろう。


 一通りの作業に1時間ほどかかった。

 片づけは丸山さんに任せて、僕は明日に配布するお菓子などの商品を集め段ボールに詰めて入口近くに運んだ。

 雑貨売り場にあるキャンプ用木炭をあるだけ用意して、土用丑の日の屋外イベントでウナギを焼くコンロに段ボールを敷き詰めて置く。イカ焼き用がメインだが、上に牛肉を吊り下げれるようにしておく。

 燻製にする前の下処理で水分を抜くためにだ。肉の表面が乾燥していないと燻製の煙がうまく着かない。

 燻製は僕の趣味だった。ベーコンやウインナーも作るほど凝ってしまった。東京に越してからは煙の苦情が入るだろうと思い全くやっていなかったので数年ぶりになる。


 すべての作業は着いてから2時間ほどで完了した。

 この店でやることはもう無いはず。明日に配布すればしばらく来ることはないだろう。

 最後に配布予告の張り紙をしてから二人で帰途についた。

 外はまだ雨が降っていた。

 

 

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