第5話 翌朝

翌朝は雨音で目が覚めた。

 壁に掛かっている時計は四時を回っている。夜は明けているようだ。

 昨夜は十時過ぎに寝たので、一度も目を覚まさずぐっすり眠むることができた。

 起き上がり窓から外を覗いて見る。けっこう強く降っているようだ。

 テーブルの上には災害ラジオが置いてある。手に取って見よう見まねで回してみる。

 スイッチを入れチューニングをし、音量を絞って耳に当てて聞いてみる。

 やはりというか同じようなことを言っているので状況は変わらないのだろう。夜に行動していることは考えられないから当然と言えばそうなんだろう。

 電気が少なくなったようで聞こえなくなった。


 布団の上に座ってどうするか考えてみた。

 とりあえず昨晩に貸してもらったパジャマを脱いで自分の服に着替えた。他の人が起きてこないうちに済ましておこう。

 バッグに入れていた飲みかけのペットボトルの水を一口飲んだ。これは丸山さんから頂いたものになる。大事に味わいながら流し込んだ。

 状況を整理してみよう。

 道路が泥で埋まり車はもちろん歩行もままならない。一見平たんでも何か障害物が隠れていることもある。

 電気と水道は壊滅している。病院など自家発電のところや発電機を持っている家庭もあるかもしれないが、燃料を補充することはできない。できたとして人力で運ぶしかないが量がしれている。

 変電所が機能したとしても、噴火が続けばあてにならない。

 携帯電話の基地局も動いたとしても電波は届かない。集中的に雨が降り洗い流さないと。

 都市ガスは復旧するかもしれないがプロパンの家庭が多いと思う。上下水道もそうだが道を掘り返して計画的に工事をしなくてはならないことから、古い町並みが残っている都内では普及が進んでいないはず。北海道では都市開発を最初から計画的やっているから百%近くだが、本州は浄化槽があるし側溝も多い。

 店のガスがプロパンなのは業務用だからだ。飲食店の多くもそうだと思う。

 電気が復旧して冷蔵庫やレジが使えたとしても、売る商品が届かなければ意味が無い。


 一度の噴火でこれだけの量の灰が積もった。これからも何度か噴火するだろう。

 ここ東京で生活していくことができるだろうか。

 電車の線路にも積もっているはずだから徒歩通勤になるか?毎日何時間もかけてか?

 近くに引っ越すか?荷物はどうやって運ぶ?トラックは動くのか?

 考えれば考えるほどダメだ。解決策は道路の灰をどうにかすることしかない。でもどうやって?

 端から順にダンプで運び出すのか、いつまでかかるのか笑ってしまうほどだ。

 灰の深さはだいたい二十センチ以上はある。北海道で雪がそれぐらい積もることは普通だし、多い時は一日で一メートルは積もる。丸山さんの実家では百年に一度の豪雪があったとき二メートルだったらしい。

 それだけ積もっても降り始めの雪は軽いから除雪車ですぐ道はきれいになる。道端に雪の山ができるが崩れることなく固まるし、春になったら溶けて消える。

 東北では側溝に専用の雪捨ての場所があるので下水と一緒に流すことができる。青森なんて道に水がチョロチョロ流し続けて積もらないようにしているくらいだ。

 灰は違う。重いし溶けない。


 そういえば東京の地下には水害に備えて大きな空間があり、そこに水を貯めて道路が浸水しないようなるとか。

 今回の灰はどうなっているのだろうか。泥が流れ込んでいるのではないか。

 限界まで水を吸った灰は流れ出すが、ある程度になったら固まってしまっている。最初は足が埋まって歩くこともできなかったが、雨が止んでからは波打ち際を歩くような感じになっていた。

  

 丸山さんが起きてきた。居間に顔を出して僕と目が合った。


 「おはようさん、大竹さん早いね、よく眠れたかい」


 「すっかりぐっすり、布団が最高にいいですね。僕んちのよりふかふかで軽くて最高ですよ。ホテルの布団のような寝心地でした。いやお世辞じゃなくて」

 

 「そんな高級なものじゃないよ、普通に通販で安く買った羽毛布団だから。まあ軽いは軽いけど」


 そうなんだ、僕の部屋の布団は炬燵布団より薄いけど重たい。だから冬なんか毛布を2枚重ねている。

 そんなに高くないなら落ち着いたら買ってみよう。

 

 「子供たちはいつもだったら学校に間に合うように起きてくるんだけど、どうなんだろうね。

 一人で行かせるわけにいかないし、今日の天気が良かったら一緒に行くつもりだったんだけど、

 この天気なら無理そうだね」


 学校の様子は気になるだろうけど、たぶん先生も誰もいないんじゃないだろうか。

 友達のことも心配だろうな。春香ちゃんは高校三年生だったな。進学のこともあるし、塾なんかのこともあるだろうし。部活の陸上は引退したと言っていたな。

 弟の秀明君はゲーム好きの普通の少年みたいだが、この災害をあまり深刻にとらえていないように思える。

 ちょっとしか話していないが、夏には虫取りや釣りが好きらしい。父親が一緒に連れてってくれたそうで。単身赴任の今はほとんど行けていないそうだ。

 意外と冒険心や好奇心が強いのかもしれない。


 僕も子供の頃はそうだったし、大人になって海外に行っても現地の昆虫とかを見かけると興奮している。

 僕は母子家庭だったから、父との記憶は6歳までだ。

 低学年の時に母親の運転する配送仕事の車の助手席に乗って、途中で草むらなどに降ろされて虫取りをしていた。夕方になり仕事が終わったら迎えに来てもらうのが夏休みの過ごし方だった。

 中学生になり友人たちと自転車に乗りフェリー埠頭などで釣りもやっていた。

 

 秀明君は年の離れたお姉さんと生活や興味が合わなくなっているから、実質一人っ子に近いのかもしれない。

 大人の僕でも想像すらつかなかった災害の真っただ中にいる状況。誰も経験していない未知なる体験。

幸い家族は誰も怪我や病気をしているわけじゃない。食料もしばらくはあるし、大人たちがどうにかしてくれることを期待しているだろうし、どうやって解決するか楽しみにしているのかもしれない。

 十年前の震災は知らないし、新型コロナも学校が休みになったくらいだから、大人ほど深刻な事ではなかったはず。ゲームなんて昔からリモートになっている。友達の家で遊ばなくなっても平気かもしれない。

 マスク着用も子供用不織布マスクが簡単に手に入るようになった。今まで花粉症の大人だけのスタイルを堂々と子供でもできるようになった。

 まあ最近は子供の頃から花粉症になることもあるそうだけど、無症状でのマスクはファッションになっているのだろう。

 逆にいえば新しい生活スタイルが当たり前になるのだから、大人より適応しやすいはず。


 丸山さんとこれからのことを話し始め七時を過ぎた頃になって子供たちが起きてきた。

 僕がいるからだろうか、秀明君はパジャマ姿のままだが、春香ちゃんはジャージ姿だった。

 

 「おはようさん!」


 大人である僕から声をかけた。子供に気を遣わせたりしない。


 「「おはようございます」」


 昨日は短い時間だったけど二人とは親しくなれた。これも何度も転職したことと海外一人旅で得たスキルになる。だからといって女性とはそれ以上親しくはなれないのだから、自分の限界を感じる。

 まあ相手は子供だから、ウザくならない程度にしよう。


 丸山さんを含め四人で今後の話をすることにした。

 

 「丸山さんどうします、店に行って店を開けますか?それともゆっくり状況を調べるだけでも行きますか?」


 「うーん、そうだね、私のほうの仕事は特にないんだよね。あんたのほうはどうなのさ、食品はけっこう残っていたようだけど」


 「あるっていっても酢とか醤油のたぐいと、飴とかスナック菓子くらいかな。まあ何もないよりましだと思うけど、タダでも必要としている人がいるのかな」


 「腹の足しにはなるだろうけど、栄養素的には問題だろうね。子供だったら喜ぶかな。

 あんがいこの状況で酒でも飲んでいる大人もいるかもしれないね。

 独身で部屋に籠っていたらありえるね。酒のツマミにもなるし」


 「そうかあ、ちょっと行ってみますか。雨が降っているから誰も来ないかもしれませんけど」


 僕と丸山さんは子供たちと昨夜と同じようなメニューの朝食をし、支度を整えて家を出た。

 子供達には基本的に来訪者は無視をするように言った。

 子供だけだと知られてもまずいし、空き巣の気配があったら家の中から生活音を立てれば入ってこないはずだ。その場合は「お父さーん、なんか変だよ」とか言えばいい。


 どちらにせよ早く帰ってこよう。

 僕は帽子を被りコートを羽織る。丸山さんは白いビニール製のポンチョタイプの合羽を着ている。


 外に出てみると思ってた以上に雨粒が大きい。風も吹いている。

 泥はしっかり固まっているようで歩きやすいが、その上を雨が川のように流れている。

 何か嫌な予感がしたが、気にしないようにして歩き始めた。

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