第16話 宣言

 そんなバカな……


 魔王クラスの奴が言うように、俺以外の四人が降参をしたようだ。

 あの四人でも魔王クラス相手では勝てないということだろうか。いや、違う、そんなことはない。


 俺は四人とも無傷なことに気付いた。


 そうか、そういうことか。

 四人は訓練に参加しても真面目にやらず、模擬戦に至っては揃ったことすらない。この強制参加の模擬戦も、ワザと負けることぐらい平気でやりそうだ。


「く……そ……。ふざけん……な。なんなんだよ……、いったい……」


 俺は痛みに耐えながら必死で立ち上がった。

 このまま引き下がるわけにはいかない、このまま見下されたまま終わりにしたくない。

 そういう気持ちで身体を奮い立たせた。


「あっと一人! あっと一人!」


 ん? なんだ?


 誰かがそう声を上げると、観戦者全員が声を揃えた。


 あっと一人!!

 あっと一人!!

 あっと一人!!


 目の前の男は、その大きな声に応えるように手を上げると、さらに歓声が大きくなった。


「聞こえるか? あとはお前だけだとよ!」


 この声は、俺に対する声だ……

 残っているのは、俺だけだと……


 ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。


「ふざけんなぁぁぁぁっ!!」

 俺は後先も考えず突進した。


「テツヤ君ダメ! ブロックが切れてるわ!!」

 セシリアの声が聞こえた頃、俺の棍棒は盾に弾かれていた。


「じゃあな!」

 魔王クラスの生徒は俺を叩き斬った。


 今までにない激痛が走ると、斬られた箇所から血が噴き出るのが分かった。


 この感じ、覚えがある。

 そうだ、元の世界での最後の日。

 トラックにはねられ、死んだ時と同じ感覚だ。

 そうか、俺はまた、死ぬのか。


 俺は、意識がだんだんと薄れていく中、二度目の死を迎えているのだと自覚した。




 ……



 ……くん




 ……ツヤ君




「テツヤ君!」


 セシリアの声で、俺は意識を取り戻した。


「あれ? 俺は死んだんじゃ……」


「何言ってんだテツヤ。模擬戦で死ぬわけないだろ」

 ブラッドリーも近くにいるようだ。

 まだ、頭が朦朧としている。


「テツヤ、あれはやり過ぎだ」

 アレックスの声だ。


「そうですよー。模擬戦はHPが半分になったら負けなんでーす」

 エメラインの声は目の前で聞こえた。

 彼女が介抱してくれているのだろうか。


 俺はしっかり意識を持ち、周りを確認してみると、ここは医務室のようで、ベッドに横たわっている。

 エメラインが俺に手を当てており、そこから温かさのようなものが入ってきていた。


「これは……回復魔法?」


「そうでーす。でもエメラインは僧侶見習いだから、回復量が少ないのですー」

 何故か嬉しそうに言った。


 この子とはちゃんと会話が成立したことないが、いつもニコニコしていて、改めて見るとかなり好感が持てるな。

 俺のために回復魔法を使ってくれているし、ちょっと見直してしまった。


「も、もう大丈夫そうだ。エメライン、ありがとう」

 俺はそう言いながらベッドから起き上がった。


「そうですかー。なら良かったですー」


「で、みんなはわざわざ見舞いに?」


「はっ、オレ様たちがそんなお優しいクラスメイトに見えるのか?」


「はは……」

 違うのか……。


「テツヤ。お前にはちゃんと言っておこうと思って集まってもらった」

 アレックスの表情がいつもより神妙に思えた。


「言っておく?」


 皆を見渡すと、セシリアは真剣な眼差しでこちらを見ている。

 エメラインは微笑み、ブラッドリーは目も合わさない。


 なんだ? 何を言おうとしているんだ?


 俺は聞きたくないような衝動に襲われたが、アレックスは話を続けた。


「俺たち四人は、――――――この学園の授業をまともに受ける気はない」


「……え?」


「テツヤ、お前が必死で強くなろうとしているのは伝わってくる。だが、そんなお前には悪いが、講義や訓練を真面目にやるつもりもないし、模擬戦やダンジョンでの実戦に参加する気もない。お前がどんなに頑張ろうが、俺たちはそれに協力することはない」


 何言ってるんだ、こいつら。

 何その、サボる宣言。


 たしかに俺も高校時代は真面目にはほど遠かった。

 授業も眠たかったし、学園祭や体育祭などイベント事は手抜きだった。部活も三年間続かなかった。


 だから高校一年の代のアレックス達が、真剣に取り組まないのは分からなくはないが、日本の高校と異世界の冒険者学園は違うんじゃないのか?

 とりあえずみんな行く高校と、冒険者になりたくて行く冒険者学園には、差があるんじゃないのか?


 それに、俺はもっとレベルを上げて強くなりたい。

 異世界まで来て惨めな思いはしたくない。

 レベル上げに必要な、模擬戦とダンジョンでの実戦だけでも、参加してくれないと困るんだ。


 俺はそう言い返してやりたかったが、アレックス達の真剣な空気に言い出せないでいた。


「わりいなテツヤ。まあそういうこった」

 ブラッドリーは軽く手をあげると、医務室を出ていった。


「ごめんね、テツヤ君。キミが悪いわけじゃないの」

 セシリアも医務室を後にした。


「ごめんなさいですー」

 エメラインはセシリアの後を追う。


 青春を取り戻せるんじゃないかと期待した学園生活は、もう終了確定?

 二か月もしないでゲームオーバー?


 俺は絶望感を味わっていた。

 このまま勇者クラスで、あんな扱いをされ続けるなんて、元の世界の方がマシだった。


「すまんな、力になれなくて」

 アレックスも、そう言い残して出ていった。


「クソが……クソが……クソがぁ!」


 俺は苛立ちを抑えられず、最後は大声を上げた。




 次の実技授業も、全員強制参加の全クラス合同ダンジョン実戦だった。

 クラス対抗のダンジョン攻略で、制限時間内に地下何階まで辿り着けるか競い合うそうだ。


「ったく、なんでまた強制なんだよ! オレ様たちへの当て付けのつもりか?」


 ダンジョンから戻ると、ブラッドリーが吐くように言った。

 どうせ真面目に参加しないくせに、何を言っているんだか。


「そうね、強制参加のダンジョン実戦なんて、学園側の意図が分からないわ。なにをさせたいのかしら」

 セシリアが答える。


 アレックス達は模擬戦以降も、今までと変わらずのらりくらりと学園生活を送っている。

 俺に宣言した通り、何事にも手を抜いて、今回のダンジョン実戦もまるでやる気が感じられない。


 ただ模擬戦と違い観戦者がいない分、惨めな思いをすることが少ないのはありがたいが、勇者クラスの結果は散々だった。

 他のパーティは地下二階止まりだし、俺達のパーティに至っては地下一階でギブアップした。


 ちなみに最高到達は、魔王クラス第一パーティの地下六階で、三年生の平均程度の成績とのこと。


「なあ、お前らってニコラス達と知り合いなんだよな?」

 俺はずっと気になっていたことを訊くと、ブラッドリーがジロッと睨んできた。


 アレックス達が授業を真面目に受けたくないというのは、年齢的に分からなくもない。

 だが、ニコラスやチェスターが、あれほどライバル視しているのに、ワザと負けたりするのが不思議でならない。


 とくにブラッドリーの性格を考えると、絶対に負けたくないんじゃないかと思うのだが、あっさり引き下がっている。

 悔しいとかはないのだろうか。


「魔王クラスのニコラス達って、ずいぶんお前らに挑戦的なように見えたんだが、初等学校の頃からの知り合いなんだろ? ライバルとかなのか?」


「ああ? なんだてめえ! 何か文句でもあるのか!? てめえには関係ないだろうが!!」

 ブラッドリーは物凄い剣幕で俺の襟首を掴んできた。


 なんだ、悔しいんじゃねえか。


 彼は分かりやすい性格のため、俺でもそうと分かった。

 なら何故、そこまで手を抜く必要があるのだろうか。実力は互角なはず。いや、むしろパーティとしてはこちらが上と言ってもいい。

 それでもワザと負ける理由が、俺には分からなかった。


「おい、テツヤ。これは俺たちの問題だ。お前は気にするな」

 アレックスが少し強い口調で言ってきた。


 俺の問題だと?

 俺はお前たちと同じ勇者クラスで、お前たちと同じ第四パーティなんだが、俺とお前たちとでは、何が違うんだ?

 それともなにか? 差別されている勇者クラスの分際で、レベルで差別するのか?


 俺とアレックス達とでは、言葉通りレベル差があるのだが、だからと言って仲間外れのようなこの扱いに、俺は納得できなかった。

 今後、こいつらと仲間になるようなことはないだろうと、強く感じていた。

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