第10話  暗い影

「ちょっと横浜まで行ってくるぜ」


 俺は春日にそう告げた。


「あ、そうですか。晩飯は要ります?」


 なんだかビラ刷りに一所懸命な春日は、ぞんざいな感じで訊いてきた。

 あれ、オレも一緒に行くっす~、なんていうと思ったら、意外と気の無い雰囲気。


「う~ん、わからん」

「そうすか。いってらっしゃい」


 むむ、いつもと違うな。

 普通なら連れてけ連れてけうるせーのに。

 まぁいいか。


『ん? 春日君は一緒に行かないのか?』


 玄女がいった。


『ああ、ビラ刷りに忙しいんだと』

『そうか。私の依頼にあんなに熱心になってくれて』

『アイツが大人しいときは、大抵良からぬことを考えてるときだ』

『とてもいい子ではないか。大切にしろよ』

『なぁ、俺の話聞いてた?』


 春日の奴、また一人で勝手に暴走しなきゃいいんだが。

 



『ヨコハマとは、港町だな』

『そうだ。そして華僑街がある』

『ああ、なるほど』


 玄女は納得がいったようだった。


『東京の方はとりあえず春日にまかせて、俺は違う角度から攻める』

『違う角度、というと?』

『華僑街にゃ、馴染みの術式師がいるんだ』


 術式師とは、自ら術式を考案し、描き上げる者のことをいう。


『そいつは自分で描いた物以外にも、様々な術式を蒐集売買している。だから新しい術式仕入れのついでに、なんか知ってるか訊いてみるつもりだ』


 という訳で、俺と玄女は新橋の駅から汽車に乗って、横浜へ向かった。

 客車は混んでいて、通路にまで人と荷物が溢れていた。


『久しぶりだな、この雑多な感じは』


 向かいに座る玄女は懐かしげにいった。


『大陸を思い出すか? 俺はこういう窮屈なのはあまり好かんね』


 隣の老婆からもらった饅頭を頬張りながら、俺はいった。


『ここもいい国ではないか』


 車窓から流れる風景を見ながら、玄女はいった。


『まぁな。それでも最近じゃ、富国強兵、富国強兵、って躍起になって、いろいろ物騒だぜ。穏やかな幕府時代が終わったら、また戦国の世に逆戻りだ。しかも今度は世界規模ときてる』

『平和を望むか?』

『さぁなぁ』


 かつて俺はこの小さな島国の戦乱の世で、戦争に明け暮れていた。だが、不死者となり、独り世界中を放浪して、わかった。

 戦争は常に世界のどこででもあり、その都度人々が無駄に死んでいき、無用の苦しみを背負わされていた。

 戦乱に遭遇する度に、思った。

 この戦争は誰が何のために始めたのか。

 人々は、飢え、苦しみ、もがき、理由も無く死んでいく。

 不幸の連鎖は止まらず、広がり続ける。

 それが歴史だ。


『まぁ、でも、戦争が無いに越したことはないな』


 俺は隣の婆さんからもらったお茶を飲み、礼をいった。


『そうだな。せめて自分が出来ることはしたい』


 玄女は珍しく微笑んだ。

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