手帳でしか褒めないママ

晴海幸太

【短編】手帳でしか褒めないママ

 ウチは母子家庭だった。でもそれがフツーだったから今まで別に気にしたことはない。ママはいつも遅くまで仕事をしてくれてたから何も言えなかったし。


 高校は公立に行ってたんだけど、高三の時、美容師に興味があって専門に行きたいなって思ってたの。でも調べたら学費は高いし無理かなって思ってたらママがやってみなって言ってくれたんだ。お金は「奨学金を借りてママが返すから」って。その時は「ショーガクキン」とかあんま、よく分かってなかったんだけどね。


 で、専門に行った二年間は自分なりに一生懸命頑張ったんだ。超大変だったけど、専門のコンテストで賞も取ったんだよ。そしたらママ、すっごい喜んでくれたの、手帳の中でだけど。

 直接話した時は「あ、そう」くらいのリアクションだったのに、ママがいつもカバンにしまってる手帳を見た時、「愛佳が美容の専門学校で賞を取りました。一生懸命頑張ってたもんね。おめでとう!」って書いてあったんだ。

 昔っからそうなの。ママって直接褒めないんだよね。今考えたら父親がいないから、甘やかしすぎないようにしていたのかも。


 だけど…、専門は卒業したんだけど美容院には就職しなかったの。色々調べたり話を聞いたりしたら、なんかムリになっちゃって。ママに伝えた時は「そうなんだ」くらいだったんだけど、残った奨学金の返済をさせるのはさすがに悪くて自分で返そうって決めたの。ママには内緒でね。


 それから一年半はめっちゃバイトしたよ、カフェとか居酒屋とか。でも遊んじゃったからお金はぜんぜん貯まんなかったんだけど。なんかモヤモヤしてたし、コロナも流行る前だったから。


 あと、私、基本デブだったんだけど、目は末広の二重で、鼻すじは通ってたの。両方、デブでずっと埋もれてたけど。でも、扁桃腺が腫れて時があってね、その時、超喉が痛くて、ご飯が食べれなくなったらめっちゃ痩せたの。そしたらね、周りから急に可愛い可愛いっって言われるようになったんだ、で、自信ついて。中身はただの陰キャのままだけどね。


 それからちょっとしたら、友達から「一緒にバイトしない?アイカなら絶対稼げるよ」って誘われて、ガールズバーで働いたんだ。お金が貯まってなくてやばいって思ったから、まあいいかと思って。三ヶ月くらい働いて、そこそこ稼げたんだけど、歩合で飲ませるのめんどくなったし、説教してくるムカつくオヤジが多かったから嫌になっちゃって。


 なんかもっと良いのないかなって探して、今はソープで働いている。一回体験で入ったら店のスタッフが優しくて、居心地もよかったんだ。ぶっちゃけそんな抵抗なかったし、飲ませなくて良いし時間が来れば終わるから楽だったんだよね。


 ママにはバイトしながらやりたいことを探してるって言ってた。シフトで帰りが遅い時もあったから、もしかしたら夜の仕事してるって気付かれてたかもしれないけど、キャバクラくらいだと思ってたかも。ずっと風俗やってるとオトコが嫌いになるし人間不信になるから、私もずっとやるつもりはなかったの。二百万貯まったら辞めるつもりだったよ。


 で、一年働いたら百五十万くらい貯まったんだ。ナンバーに入ったりしたからガールズバーよりも全然稼げたの。二百万まではもうちょっとだったけど、ママには先に返済しようと思って。ショーガクキン。でも、一度に渡したらママに怪しまれるから五十万円ずつ、四年かけて渡そうって決めたの。

それで渡すって決めた日にね、銀行からお金を下ろしてたんだけど、なんか恥ずかしくなったから、私が夜働きに行く前に、テーブルに封筒にお金を入れて置いといたの。“しょうがく金へんさいします”って書いて。


 でもねーーー。

 その日、仕事が終わって深夜一時に家に帰ったら、いつもだったら寝てるはずのママが起きてて。私を待ってる間、泣いてたみたいだった。で、どうしたの?って聞いたら、ママが「このお金は受け取れない」って封筒を返してきたの。「どうして?喜んでくれるのかなって思ってたのに」。

そしたらママが携帯を出して「これ」って。私が写ってる風俗のプロフィール写真。「これ愛佳でしょ」って。

それ見た時、「やば」ってなって、いっぱい言い訳しようかと思ったけど、やっぱ止めたの。だって、こういう時ママって全部見抜いてるから。


 そんな私の反応を見て、ママはもうワケ分かんないくらい暴れて。でもだんだん私だってムカついてきて、言い返したんだ。「このお金だって、自分で一生懸命働いたお金なんだよ」って。そしたら、それからママは急に静かになった。

 でもさすがに気まず過ぎて自分の部屋に戻ろうとしたんだけど、「奨学金はママが働いて返すから」って。「絶対にそうさせて」って言われて。顔は見れなかったけど、声は怒ってたの。


 それから部屋に戻ったけど、その後もずーっとママの泣いてる声は聞こえて。隣でそれ聞いてたら、なんか私も辛くなってきちゃって。それでソープは辞めることにしたんだ。あと五十万だったんだけどね。


 それからはさ、一応、昼職を探したんだ。派遣とか契約とかの事務を探してみたんだけど、学歴も無いし、頭も悪いし、今さらムリじゃねって。で他にも何か無いかなって思ってたら、好きなアパレルがたまたまバイト募集してたから今はそこで働いている。時給は一〇分の一になったし、他にやりたいことは見つかっていないけど、まあいいかって。美容院は、やっぱ全然働く気が起きないのは悪いなって思うんだけどね。


 だから、奨学金はやっぱ、自分で返したいんだよね。でも、あの感じならママは絶対に受け取ってくれないからどうしようかなって。


 それで、どうせなら誕生日プレゼントに、ママが喜んでくれる高いモノを買おうって決めたの。ママが好きなブランドがあったんだけど、そのバッグ新作だったから四十万もしたんだよ。で、ママにそのバッグプレゼントしたら、その時は一応、嬉しそうだったよ。でも、ホントはどう思ってるかなーって気になって、ママが寝てる時にこっそり手帳を見てみたの。


 基本、見ないんだけど、プレゼントしたバッグのサイズが小さかったから、いっつも手帳がはみ出してたの。だからつい、ね。で、誕生日の日になんか書いてないかドキドキしながら探してみたんだ。


 そしたらさ、ママの誕生日の日には何にも書いてなかったんだよ。

え、ウソって思ってパラパラめくってみたけど、私がプレゼントしたバッグのことはその後もどこにも書いてなくて。めっちゃショックで手帳閉じようとしたんだ。そしたらさ、全然関係ない日に私のことが書いてあるのを見つけて。それ、けっこう最近なんだけどね。


「愛佳が新しい仕事をいろいろ探して頑張っている。やりたいことが見つかるといいね。がんばれ、愛佳!応援してるよ」って。


 え、なにそれ。ママが嬉しいことってそんなことなの?


 その文字を見て、何かよく分かんないけどめっちゃ泣いちゃったから、手帳が濡れないようにするのに必死だったんだ。手帳を見たの、ママにバレてなきゃいいけど。

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