たたり
いや、それにしても、ならばなぜ、什器ほかすべてを替えぬ? コネコ時代からのなじみ客は、どうにも店が改められた印象をもてずに居る。まあまあそれより先は控えていただこう、そこが未練というものだよ。カフェー・コネコのたたりとも呼べるものである。気を利かせた別のなじみ客が片目を閉じて耳打ちした。
さてこのカフェー・コネコ。いや、カフェー・プティ・シャ・ノワのマッチ箱はよく知られている。
赤、青、黒の三色刷りで、くわえ煙草に断髪のモダンガール。【Café putit chat noir】の飾り文字。そのモダンガールの影が黒猫となっている。
「いつもの『化け猫』だべした」
口の悪い者は、みなそう呼ぶ。
「そうかねえ」
にやりと笑った。
「よく見給え」
窓から差し込む西日が移ろってゆくこの時間だが、カフェーの店内のこと。女給たちを美女に化かすために、もとよりさほど明るいわけでもない。
「あっ」
わかった時にはぎょっとした。
マッチ箱の飾り文字は、よく見ればこう読めた。
【Café BAKENEKO】
「カフェー・バケネコ……」
「ははは、マダムが見たら本性を見破られご立腹だぜ。
さらに、見給え」
その手からマッチ箱を、今度はさらう。
「さあ」
箱を開ける。
内箱は真っ黒で赤い頭のマッチ棒が一本きり、あるのだった。
「さて」
一度くるりと返し閉じて、開ける。
すると。
マッチ棒が消失しているではないか。
「あら、なんだべ」
手品の種であったか。
「どこさあったの、そんないいもの」
「なあに、先ほど電車の中で隣り合った紳士がね。
散々披露して、お坊ちゃんに飽きられてしまったから、と、僕に賜ったのさ」
「んだのすか」
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