8

 大きく開いたアトリエの窓から、初夏の海風が吹き抜けてくる。良く晴れた朝だ。白い陽射しが眩しい。

 壁際のイーゼルには、昨日の夜に描き上がったばかりの絵――『飛翔』のキャンバスが立てられている。終末世界のような廃墟の中、白い鳥の群れが一斉に、黎明の空へと飛び立っていく。その中央、折れた石柱の上に、青年――僕が、空に手を掲げてたたずんでいる。身にまとう白いシャツは風を受けてひるがえり、今にも翼に姿を変え、羽ばたいてゆきそうな瞬間だ。

「コーヒー、淹れたよ」

 トレイにカップをふたつ並べて、僕は窓辺にもたれた長身痩躯そうくに声を掛ける。

「ああ……ありがとう」

 いつか山積みになっていた缶コーヒーのストックは、今はなくなって久しい。

「窓の外に、何かあった?」

「いや……次の絵の構想を練っていた」

 あちこちに油絵具の跡がついた長い指が、トレイを受け取り、カップを取る。

「しばらく、君を忙しくさせて、すまない」

「全然。貴方の大事な個展の準備だもの」

 少し伸びた髪を耳にかけ、僕はコーヒーをひとくち飲む。

「渚」

 愛しい声が、僕を呼ぶ。

「ありがとう」


「これからも君を、描いてもいいか?」


――愛しても、いいか?


「うん、僕をモデルに、描いてほしい」


――愛してほしい。


 私の愛し方で。

 貴方の愛し方で。


 僕を描いて、彼は生きる。

 彼に描かれて、僕は生きる。


 群青の愛した絵の中の青年は、僕だ。

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ディア・ピグマリオン ソラノリル @frosty_wing

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