【描写】し難いモノ

 こちらに来てしばらくは、地下の訓練場で自分の背丈よりも大きな鎌の扱い方を八雲に指南される日が続いた。

 八雲は体育会系大学生風で、運動能力が恐ろしく高い。30代のオレとしては動きについていくだけで精一杯だ。


 訓練の合間の休憩時間に話をする。

「一樹さんは、武道をやっていただけあって飲み込みが早いな」

 八雲が感心したように言う。

「いや、もう着いていくのがやっとだよ。けど、生前、体は動けた方が良いかと手当り次第いろんなことをやってたのが役に立った」

 体を拭いていてTシャツから覗いたオレの腹部を八雲は指さした。

「あっ。腹筋割れてる。服を着てたらわからないけど結構、鍛えてたんだね」

「ジムで体を鍛え始めたら、何か面白くなってしまって。腹筋割ってみようって。ひたすら頑張ってた。八雲くんは全体的に筋肉が付いてるね。ガタイがいい」

 オレは八雲の長身で筋肉質な体を見た。

「元肉体労働系だから」

 2人でそんな話をしていると、

「男2人で筋肉談義なんて気持ち悪い。なにお互い褒めあってるの」

 上から蓮水の辛辣な言葉が降ってくる。

 訓練場の一つの壁の上方は硝子になっていて、その外はモニター室になっていた。

 蓮水はそこのマイクから話しかけてくる。その横には真琴もいて手を振っていた。

 オレは手を振り返す。

 訓練場の声はモニター室に筒抜けだ。 

「別に褒めあってなんてないよ。機械の準備できた?」

「いつでもOKよ」

 蓮水は詰所内の機械操作を熟知していた。何でも、詰所のシステムが導入される初期から関わっていたそうだ。彼女と八雲は見かけによらず死神の中でも古株だと聞いている。


「それじゃあ早速訓練を再開しよう。訓練場に悪霊の姿が映し出されるので、一樹さんはそれを鎌で刈ってくれたらいい。首っぽいくびれた部分を狙って」

 彼は訓練場の壁際に移り、オレは中央辺りに立った。


「いくわよ」 

「がんばって〜!」

 蓮水と真琴の声の後しばらくて、黒いもやのようなものがオレの周囲を取り囲んだ。こけしのように手の無い胴体に頭のような球体がくっついている。

 襲ってくる黒い靄の首を柄の長い大鎌で刈り取っていく。手応えはないが、消えるのでちゃんと刈れているようだ。

 四方八方からやってくるそれを順に倒していくこと数十分。刈り損ねることなく終了した。

 案外簡単で拍子抜けしたくらいだ。

「鎌の使い方も上手だし、なんか余裕で終わっちゃったね。次のレベルも楽々いけそう」

 八雲が近づいてタオルを寄越してくる。

「ほぼ満点よ」

 蓮水の声が聞こえ、見上げると真琴が手を叩いて喜んでいるのが見えた。

 案外オレは向いているのかも。この時はそう思った。

 


***


 それから数日後、ついに初出動することとなった。メンバーは八雲と真琴とオレだ。

 

 久しぶりの地上へと降りた。

 頬を撫でる風を感じる。

 夕方だが、空はどんより曇っていて薄暗かった。現場はビルに挟まれた草が生い茂った空き地だった。その真ん中に3人で立つ。

 ここに人々の負の思念体である悪霊が溜まっているという。

 悪霊が姿を現すのは夜だ。今はまだ何もない空き地だったが、心がどこかざわついた。

 

「ここ結構集まってるね。びんびん気配がする」

 真琴が辺りを見渡す。

「一樹さん、真琴ちゃん、もうすぐ出てくる時間だ。準備しよう」

 オレと真琴とは言うとおりに適度に離れつつお互い死角を補い合うように立った。


 しばらくすると、空気が重くなった気がした。地面から、黒い靄が現れる。超低級の悪霊たちだ。

 訓練場で見たものとそっくりだか、今、自分の目の前にいるモノはそれとは絶対的に違う異形の存在。それは正確に描写することはできない別次元の何かだった。

 背筋に寒気が走る。全身に突き刺さる言いようもない不快感。極めて純粋な悪意のかたまりだ。

 思わず動きを止めたオレに八雲の鋭い声が飛んでくる。

「一樹さん、来る!」

 スキをついて襲いかかってくる悪霊に一瞬遅れを取ったオレは、一歩下がって慌てて鎌を振り切る。なんとか悪霊に当たり、それは霧散した。


 ホッとしたのも束の間、これを皮切りに悪霊たちは引っ切り無しに襲ってくる。

 目の前にやってくるそれを必死で刈るだけで精一杯で、他の二人を気にかけることもできない。

 それを倒すのに対した技術はいらない。狙って鎌を振り回せば簡単に当たって消えていく。しかし、害虫を見たときのような不快さがただ胸を悪くした。

 それに耐えながら、ひたすら刈り取る作業を続けていくといつの間にか悪霊の姿はなくなった。


「終わった……か」

 オレの言葉に、2人が答える。

「任務完了だね」 

「初任務お疲れさま!」 

 思わずその場にへたり込んだオレの元に真琴が走ってきた。多少額に汗をかいているものの全然元気そうだ。

「一樹、大丈夫? あれはなんてことない悪霊だけど、慣れるまで気持ち悪いものね」

 真琴のようにこの不快感に慣れるのことができるのだろうか。小さな不安が心に芽生えた。



 

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