【マジョリティ】は語れない

 死神になって最初の夜。

 思いがけず、ひとつのベッドに真琴と2人で寝ることになった。

 真琴の温もりを横に感じる。

「一樹と一緒に寝られるなんて。嬉しい」

 真琴はオレの方を向いて、頬を染める。

 これは、このシチュエーションはまさか。

「真琴……」

 オレは真琴に手を伸ばそうとした。



***


 夢に揺蕩う中、名前を呼ばれ意識が浮上していく。

「……いつき……一樹。起きて!」

 ゆっくりと目を開けたオレの目の前のにはエプロン姿の真琴がいた。

「朝ご飯できるよ。よく寝てたね」

「オレ、いつの間に寝てた?」 

 目を擦りながら尋ねる。昨夜の記憶が曖昧だ。

「布団に入ってすぐに寝ちゃったよ。死神になってすぐは慣れないからか、横になるとすぐ意識が落ちるみたいなんだ。私の名前を呼んだかと思ったら、死んだように動かなくてちょっと心配になったよ」

 真琴は眉を下げて困ったように言う。

 2人で一緒に寝るなんて、どうなることかと思ったが、なんてことはない。強制終了で電源を落とされたように眠ってしまっていたのだ。

 ほっとしたような、残念なような複雑な心持ちになる。

 そんなことを考えながら、なかなか布団から出てこないオレに真琴がしびれを切らす。

「早く起きなきゃ仕事に遅れちゃう。ほら!」

 真琴に急かされてベッドを出る。

 部屋を見渡すと、カーテンは開けられて、外の明るい光が入ってきていた。

「ご飯とお味噌汁、装うから座ってて」

 真琴は喜々とした様子で、世話を焼いてくれる。

「何もせずに悪いな」

「気にしないで。こういうの楽しいから」

 用意が整って、食事を始める。

「ふふっ」

 食事をしていると、真琴が笑った。

「どうした?」

「こうやって今日から毎日一緒に朝ごはんを食べるんだなぁと思うと嬉しくなっちゃって。今まで誰かとご飯を食べることがなかったから」

 本当に嬉しそうに言う真琴に、胸の奥が少し軋んだ。

「……これからはずっと一緒だ」

 そう言うと、真琴は一層笑みを深くした。



***

 

 片付けなどをしていると、すぐに出勤の時間が近付く。昨日買った仕事着を着て、徒歩で仕事に向かった。


 詰所内に入り、真琴に連れられて配属された部署に向かう。

 部屋は3階の1番突き当たりだった。

『警護課36係』と入口の札に書いてある。

「おはようございまーす」と、元気に挨拶をして入る真琴の後に着いてオレも中に入る。


 室内に入ると、真ん中にミーティング用の楕円形の机があった。その机に2人、そして、その奥にある事務机にもう1人いた。

「おはようございます」

 1番手前にいる大学生風の爽やか体育会系の青年は笑顔で挨拶を返し、その隣にいる年齢不詳で妙な色気を発散している女性も気怠げに挨拶を返す。

「おー。来たか」

 奥の机に座る40代くらいの男が手を挙げる。

「俺は36係の係長をやってる当麻とうまだ。一樹だよな。真琴からずっと話を聞いていたから初めて会った気がしないがよろしくな!」

 当麻は親しげに話し掛けてくる。

「宜しくお願いします」

 オレは姿勢を正して礼をする。

「そんなに格式張らなくて大丈夫だ。ここは緩い所だからな」

 はははっ、と当麻が笑う。

「まぁ、係長がこんなんだからねぇ」

 座っている女性が自身の爪を気にしながら言う。

「こんなんってなんだよ。蓮水ハスミ

 蓮水と呼ばれた女性はそれには返事をせずに、オレと真琴とに目をやる。

「昨夜はどうだったの?」

 単刀直入に聞いてくる。いっそ清々しい。

「ハスミさんオススメとあって、すごく良く眠れました! ありがとうございます」

「ふ〜ん」

 真琴が笑顔で答えると、蓮水はオレをもの言いたげに見つめた。オレは居心地が悪くなる。

「蓮水。一樹さん困ってるから。昨夜は初日で疲れてたんだよ」

 隣の青年がささやかなフォローを入れてくれる。

八雲やくもは初日からすごかったじゃない」

「ちょっと! 蓮水、何言ってるの!」

 八雲と呼ばれた青年は顔を赤くして慌てる。

 そして、その慌て振りを見事にスルーして、蓮水がまた話を変える。

「で、真琴。例のやつは買ってきた?」

 真琴が、オレの方を見て目配せしてきたので、オレは持ってきた手土産を渡す。

「萩ノ瀬の紅白もち。やっぱりこれよね」

 蓮水は満足そうに箱を手に取る。

「けっ。手土産っていったら獺堂のとっくり最中だろうが」

「昨日、多数決できめたでしょ? オジサンは根に持つわね」

「そうやってマジョリティはマイノリティーを虐げるんだ!」

「覚えたての横文字をここぞとばかりに使わないで。オジサン」

「オジサン言うな!」

 2人の言い争いに、オレは目を丸くするが、真琴と八雲は平然としている。これがデフォルトなのだろう。

「蓮水。一樹さんもいるし、いい加減にしないと駄目だよ」

 八雲は蓮水の腕を引っ張って自分の方を向かせる。こちらから八雲の顔は見えないが、彼の顔を見て蓮水は何よぉと不貞腐れたように大人しくなった。顔が見えるだろう当麻も大人しくなる。……どんな顔をしてるんだろう。


「さて、お仕事開始だね!」

 真琴が楽しそうにこちらを向いた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る