~第五章・クリスマスと陰の毛。~

僕の住んでいるアパートの庭には

“柴山さん”という、大家さんが飼っている小さな柴犬がいます。


まん丸お目目にシュッとした お鼻

それに毛もフッサフサで人懐っこく、本当に愛くるしい奴です。


よし、よし!

おいで~!

よ~し良い子だ!


僕は大学へ行く前

挨拶代わりに こうしていつも柴山さんと戯れます。

このアパートに引っ越してきてもう一年半、柴山さんは僕にもう すっかりと懐いていました。


「よし、じゃあ そろそろ行こうかな…!」


僕が学校へ行こうと立ち上がると、柴山さんは僕に行って欲しくなさそうに

少し寂しそうな顔をしながら僕の足をペロペロと舐め始めました。


「コラ、くすぐったいだろ…やめろって…(笑)

講義 遅れちゃうから、もう行かなきゃなんだ。

ゴメンね、柴山さん…」


僕は柴山さんの頭をポンポンッと軽く撫で、その場を立ち去ろうとします。


…しかし、その時でした。


柴山さんは突然、神々しい光を放ちながら宙に浮き


“女体化”を始めたのです。








…ん? にょ、 “女体化” …?


は…?


…え !?!?



光が消えると そこには

下着の上に白いTシャツ一枚、犬の耳のカチューシャを付け

キツネ色の小さなシッポを生やした可愛らしい女性…というか、須藤 華彩が

ハァハァと息を荒立てながら頬を赤らめ

今にも僕に襲い掛かろうとしていました。


いやいやいやいや!!

ちょっと、どういうこと…!?


柴山さんが突然、須藤華彩に姿を変えたのですけど…?!


目の前で起きた ありえなさ過ぎる状況に理解が追い付かないまま、僕は犬の格好をした彼女にマウンティングされてしまいます。


ちょ、重い…

何すんだ急に…!

クソ、離れろ変態…!


僕は彼女を振り払おうとしましたが、どういうわけか上手く身体に力が入りません。

そして身動きの取れない僕の足を、彼女はベロンベロンのジュボンジュボンに舐め始めたのです。


ちょっ、おい…

くすぐったい…

いい加減に…

う、うぅ…////


指と指の間に ねっとりと潜り込んでくる生暖かい舌、そして足の裏をつたい垂れる一筋の唾液…

感覚的にも視覚的にも やらしいが過ぎます…


僕は足の指先がイキそうになりながらも、全く抵抗できず

終始、彼女の思うがままに されていました。


や、やめてくれぇ…うぅ…////








…………ハッ!!??


目を覚ますと、僕は窓辺から朝の光が差し込む 自室のベッドの上で仰向けになっていた。


び、ビックリした…

さすがに夢か…


…にしても柴犬が女体化する夢て どんな夢だよ。

夢占いとかしたら絶対ヤバい結果でそうだな…


カバの様に大きなアクビを かましながら、僕はゆっくりと起き上がる。

すると目の前には

ハァハァと息を荒立てながら頬を赤らめ

僕の足の指をベロンベロンのジュボンジュボンに舐めている須藤 華彩の姿があった。



「どぎゃあ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ…!!!!


…お、おい…!!

てめぇ何してんだよ!!」


「あ、有ちゃん ごちそうさまでした♪

…じゃなくて、おはようございます♪


有ちゃん、声かけても全然 返事なかったので

起こしてあげようと思って、足の お掃除を してあげていたんです…

知ってます? 足の指と指の間は菌が繁殖しやすくて、酸っぱくて美味s…」


「や、やめろ!気持ち悪い…!!

それに起こし方 もっと他にもあんだろ、バカ…!」


「ふふふ…♪

怒ってる有ちゃんも可愛い…♪


…あ、朝ご飯出来てますよ?今持ってきますね♪」


そして彼女は嬉しそうにルンルンしながら、キッチンへと向かっていった。


…はぁ。

なんでこんな事に…


そう、僕は とある事情で

かれこれ もう二週間ほど 204号室に住むド変態ご近所さん、須藤 華彩と

一つ屋根の下、同棲生活をしています。


実の彼女である軽子ちゃんに隠れてコソコソと、こんな狂気じみたストーカーと暮らすなんて…

クソ、あの写真さえなければ…

うぅ、悪夢だ…夢なら早く冷めてくれ…


僕は 濡れ濡れで ふやけかけた足の指先をタオルで拭き取りながら、キッチンに立つ彼女の後姿を ただ睨みつけていた。


「…はい、有ちゃん!

朝ご飯ですよ~!

め・し・あ・が・れ♪」


推定1500キロカロリーは軽く超えていそうな超 特盛カツ丼が、モクモクと湯気を上げながら僕の目の前に運ばれてくる…

コイツ、朝から なんちゅうモン作ってんだ…!


「あ、朝からカツ丼…!?

俺、受験生じゃないよ…!?」


「いいから、いいから

早く冷めないうちに食べて下さい?

愛情たっぷり入ってますよ♪」


僕は彼女に凝視されながら 仕方なく ご飯を口へと運んでいく。


…少し硬めに炊かれたホカホカの白米の上に

外はサクサク、中は適度に脂の乗ったジューシーなロース豚カツ。

仕上げに乗せられた じっくりと つゆで煮込まれた柔らかい玉ねぎの卵とじ…


う、美味い…!

まるで老舗の味みたいだ…!


…コイツ、料理だけはズバ抜けて上手いんだよなぁ。

正直、軽子ちゃんの作るものよりも全然おいしい…


「…お口に合いますか?」


「ふ、普通…?

ま、まぁ、軽子ちゃんが作ったやつの方が美味いかな…」


「ぐぬぬ…そうですか…

じゃあ、次は もっと修行して

あのクソビッ〇に負けない味を作りますから、期待しててくださいね…!」


「だから クソ〇ッチって言うな…!!」


カツ丼を食べ終えた僕は、大学へ行く為の支度を始める。

服を着替える前、僕は いつものように

百均で買った面白い目がプリントされているアイマスクを彼女の目に装着した。


僕は この同棲生活を始めるにあたり

彼女に最低限 守って欲しい“四つのルール”を設けている。


①片方が着替える際は、もう片方がアイマスクを着用する。


②風呂、トイレは各自

自分の部屋のものを使用する。


③軽子ちゃんが家にやって来る日は必ず204号室へ帰る。


④実の彼女では ないのだから

あんまりベタベタしてこない。


…まぁ、この四つ目に関しては

あまり守られていないような気がするけれど…


目隠しをされてナゼか興奮してしまっている彼女を背に

僕は若干の恐怖を覚えながら早々に着替えを済ませた。


「あ、そうだ…有ちゃんに聞きたいことがあったんです。」


「え?なに?」


アイマスクを外した彼女は

壁に掛けられたカレンダーを おもむろに指さしながら僕に言った。


「もうすぐクリスマスじゃないですか…


24日当日のご予定は…?」


最近 色々な事があり過ぎて、時が経つのを忘れていたが

そうか、もう12月か…

という事は あと何日か学校へ行けば冬休みが始まる。

つまり、コイツといる時間も必然的に増えてしまうという事か…うぅ、しんどい…


しかし、クリスマスイブくらい もちろん僕にも予定が入っている。

その日くらいは この変態から解放され、少しは羽を伸ばしたいものだ。


「イブは軽子ちゃんとデートの約束してるよ!


イタリアで十年以上も修行を積んだ あの日本を代表する女性天才料理人

井足 杏(いたり あん)が経営する

滅多に予約の取れないことで お馴染みの超人気 高級レストラン

「イタリ・アン」でのフルコース!

いやぁ~もう実は半年も前から予約しててさ~

いいだろ~?

あ~楽しみだなぁ!」


「え~!! クリスマス、外食しちゃうんですか!?

“私というもの”がありながら…!?」


「いや、“お前というもの”別に無いから!

それにカップルなんだから、クリスマスイブくらい一緒に過ごして当然だろ…」


「むうぅ…イブは有ちゃんと二人っきりで過ごせると思っていたのに…


…あ、でも 夜は帰って来ますよね!?」


「え? あぁ、確か軽子ちゃん…

次の日の朝、なんか用事あって早いとか言ってたから

別に泊まる予定とかは無いと思うけど…」


すると彼女は目の色を変え、満面の笑みを浮かべながら僕に抱き着いてきた。


「じゃあ、イブの夜はここで待ってますから!

絶対に早く帰って来てくださいね…♪」


腹部全体に伝わってくる彼女の胸の柔らかさ、生暖かさ…

そして密着からの上目遣い…


…コイツ、度が過ぎる救いようのないド変態だけど

それさえ無ければ割とビジュアルも良いし、意外と可愛い奴なんだよなぁ…


…て、違う違う違う!

そんな訳ねぇだろ…!何考えてんだ俺は!

こんなヤベェ奴の どこが良いんだ、目ぇ覚ませ!

軽子ちゃんの方が五億兆倍 可愛いわ…!


「あ、あんま くっつきすぎんなって言ってんだろ!

離れろ、バカ…!」


そうして僕のクリスマスイブは、不本意にも

“実の彼女”と“変態同居人”

とのダブルヘッダーになってしまった。


はぁ…こんなこと いつまで続けていて いいのだろうか…

そこに“愛”は無かったとしても、隠れて別の女と同棲しているなんて

もう やってること浮気と同じじゃん…


やるせない気持ちになりながら家の玄関を出る。

今朝みた夢のせいで、庭にいる柴山さんに一瞬ビクッとなりながらも、いつも通りの朝の戯れを済ませ

学校へと向かいながら、僕は この日々の状況を

なんとか打開する為の方法を練っていた…





それから二週間が過ぎ、迎えたクリスマスイブ当日の朝。


僕はキッチンの方から聞こえてくる、歯医者のドリルのような不快な音で目が覚めた。


《ギュイイイイイインンン!!!》


「ぎゃあああ!!

なになになになに!?

何の音?!」


「あ、有ちゃん!

おはようございます♪

ごめんなさい、うるさかったですよね…」


「朝からビックリさせんなよ…

てか、何してんの?」


「ふふふ…

それは、後での お楽しみです…♪」


「後で…?

…まぁいいけど、俺

もう午前中から軽子ちゃんと出掛けちゃうから

しっかり留守番 頼むよ?

あと、二時ごろ着払いで荷物来るから受け取っといて、これお金ね。」


不本意な同棲生活がスタートして早一ヵ月、僕は“恐怖”という感覚が麻痺し始めたのか

外出時、彼女に留守番を頼む事が当たり前のようになっていた。


「…てか、お前

コッソリ 後をつけてきたり絶対にすんなよ。

これ“フリ”じゃないからな?

お前ならマジで やりかねん…」


「私だって今日は色々と忙しいんです…!

それに そんな事するわけないじゃないですか!

私の事、なんだと思っているんですか!?」


「ストーカーだよ!!

この前科持ちが…!!」


「前科…?

ちょっと身に覚えが無いですけど…


…まぁ そんな事より、今夜は絶対に早く帰って来てくださいね…!

約束ですよ、絶対ですからね…!」


「分かったよ…しつこいな。」


「ふふふ♪

待ってますから!

…それじゃ、いってらっしゃい♪」


僕は家を出た後も

何度も背後から彼女が付いて来ていないか念入りに確認し

一時的だが、久々に彼女の支配から解放された喜びを噛みしめながら

軽子ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かった。





駅構内のトイレにて髪のセットに手こずり、約束した時間ギリギリに到着すると

待ち合わせ場所である駅前の大きな時計台の下には

モデルの様に美しい軽子ちゃんが通行人達の視線を釘付けにして立っていた。


「ごめん軽子ちゃん、待った?」


「あ、有くん!

ん~ん、私も今さっき来たとこ!

…じゃ、行こっか?」


彼女は僕の手をソッと優しく握り締め

無邪気な笑顔で僕の手を引いて歩き出す。


その笑顔と手のひらに伝わる握力の強さから

彼女がいかに このデートを楽しみに してくれていたのかが分かった気がして

僕は何だか嬉しくなった。


サラサラ、ツヤツヤでフワッとした長い黒髪に、綺麗でパッチリとした大きな瞳。

プルンとした唇にスラッとした長い手足。


はぁ…

あ~、もう。

やっぱ好き…

めっちゃ可愛い、マジで。


可愛さ、というか美しさ? のパラメーターが遥かに上限を超えてバスガス爆発を起こしている…


僕はそんな彼女と手を恋人繋ぎ させながら

決して独り身では歩けないような クリスマスムード全開のオシャレな街中で

いっちょ前にウインドウショッピングなんてものを楽しんでいた。


彼女の隣を歩いていると

通り過ぎていく男達のほとんどが すれ違いざまに

彼女に目線を奪われているのが分かる。


コレだよ、コレコレ…

この優越感が最高に たまらないんだ。


僕は

“こんな絶世の美女の彼氏を担当させてもらえている”

という自分自身に見出した価値にベロベロに酔いしれながら、この日の為に練りに練ったデートプランを満喫していた。


その後、僕達は

水族館でのイルカショーに

カフェでの軽食。

また公園で鳩に餌をやったり

カラオケでデュエット…


な~んて“ベタofベタ”なデートプランを経て

彼女にサプライズで予約していた高級レストランへと向かった。


幻想的なマジックアワーが僕達のデートをクライマックスへと導いていく。


え?早っ…もうこんな時間!?

感覚的には まださっき会ったばかりなのに…!


須藤 華彩と過ごす地獄の時間に比べ、大好きな軽子ちゃんと過ごす時間は楽しいが過ぎて

時が経つのが本当に あっという間であった…





「お飲み物は どうなさいますか…?」


白の七分袖シャツに紺色のクロスタイ。同じく紺色のミドルエプロンにシュッと締まったストレッチパンツを履いた

いかにも高級イタリアンっぽい衣装の女性店員さんに


僕は聞いたことも無いようなカタカナで長い名前の“ただの水”をイキり顔で注文した。


…は!?

水だけで800円…!?

800円もあれば、タカシくんが八百屋で1個150円のリンゴを4つ、1個100円のミカンを2つ買えるじゃないか…!


大丈夫か…?

これ、彼女の分も払えるのか…?


僕は戦闘力の低い財布と睨めっこしながら、水と料理が運ばれて来るのを ソワソワしながら待っていた。


「にしても、よくこの お店 予約できたね!

私、ここ一回は来てみたかったんだ~!」


「いや~実は今日の為に半年も前から予約してたんだよねぇ。

喜んでくれて良かった!」


「うん!有くん ありがとう♪


…あ、私、料理来る前に

ちょっと お化粧室に…」


そういって彼女は お花畑へ用を足しに向かった。

そして その彼女がいない隙に飲み物(800円の ただの水)が運ばれてくる。


「ドリンクお持ちしました…」




…………ん?


何だろう、どこかで聞き覚えのある声のような…

それに何故だろう。どういう訳か急に寒気と鳥肌が僕を襲う…


嫌な予感がして、僕は恐る恐る その女性店員の顔を覗き込む。

するとそこには、この店の制服を まとった須藤 華彩が

僕のワイングラスに800円の ただの水を注ぎながら、こちらを見てニッコリと微笑んでいた。


…ふぁ!?!?


え!?なんで?!

どうしてここに…!?


「あれ?有ちゃん…!

こんな所でお会いするなんて奇遇ですね♪」


「いやいやいや!何が奇遇だよ…!

お前、ついてくんなって あれだけ…!」


「え?ついてきてなんて いませんよ?

私はただ昔から ここのアルバイトってだけで

そこに偶然、有ちゃん達がいらした だけじゃないですか…♪」


「嘘つけ!そんな偶然あるか…!」


クソ、やられた…!

何故だ、どうして店がバレた…?

コイツにはレストランの事なんか一言も話しt…


…あ、言ってるわ。超言ってるわ。

なんかテンション上がった勢いで、ガッツリ言っちゃってますわ。(※数ページ前 参照)


あ~あ、やっちゃった。もう最悪。何で俺は そういうとこ詰めが甘いんだ…


「頼む…!久しぶりのデートなんだ…!

邪魔だけは しないでくれ…!」


「分かってますよ~

別に私は そういう目的で この日雇いバイトに申し込んだ訳じゃ無いですし…


ただ、軽子さんといる時の有ちゃんが どんな感じなのかなぁ~

って少し興味があって見に来た だけですから…」


「やっぱり日雇いバイトじゃねぇか!てめぇ狙ったな…!」


「あ、彼女さん戻ってきますよ!

じゃ、私も お仕事に戻りますので…

お二人で どうぞ ごゆっくり♪」


そこから僕は一瞬たりとも“ごゆっくり”なんてもんは出来なかった。


ソワソワしながら背後のウェイターに気を張りつつ、軽子ちゃんには動揺を見せないように平常心。

僕はせっかくの高級料理の味など一切感じる事が出来ず、精神力だけが どんどんと すり減らされていった…


そして全てのコース料理が終了し、この店 名物のデザートが運ばれてくる。

もちろん、それを運んできたのはウェイター姿の須藤 華彩。


クソ、よりによって 何でコイツがこのテーブル担当なんだよ…!


「こちら当店自家製のジェラート、味は左からピスタチオ、アーモンド、ココナッツとなっております。

お皿の周りに添えております ラズベリーのソースと合わせて お召し上がりください。」


流暢な説明を終え、厨房へと戻って行く彼女を背に

僕達はドルチェ用のスプーンを手に取る。


って、おや…?

僕の皿のソース、彼女の皿のと何か違くないか…?

何かソースが文字の様に見え…


…!?


《有ちゃん大好き♪

早くかえって来てね♪》


ダイイングメッセージに見えなくもない真っ赤なラズベリーソースで書かれた僕への おぞましいメッセージ。

僕は食後のグアテマラ産ホットコーヒーを吹き出しそうになる。


あの野郎…!日雇いバイトのくせに料理に ひと手間しやがったな…!

しかもこんなの彼女に見られたら どうしてくれるんだ…!


僕は彼女に気づかれる前に

皿に乗った この酸味の強いソースを一瞬でスプーンに全てかき集め、一口で飲み込み、豪快にむせていた。





会計を済ませ、戦闘力がゼロになった財布と共に僕達は店を出る。

ちょっとしたアクシデントは あったものの、楽しかったデートプランは全て終了。


はぁ…軽子ちゃん、年末年始は実家に帰るって言ってたし

今年 会えるのはこれで最後かなぁ…

うぅ…もっと一緒にいたいよぉ…


僕は寂しい気持ちになりながら彼女を家まで送り届ける。

しかし、僕の念が通じたのか

彼女は突然 立ち止まり、恥ずかしそうに照れながら僕の服の袖を掴んで言った。


「ね…ホテル、寄らない…////?」


「え…!?

軽子ちゃん、明日の朝 早いんじゃ…」


「ん~ん、たいした用事じゃないし、別にいいの。

それにね、今日は私の為に たくさん準備をしてくれた有くんに

色々と“お礼”も シてあげたいし…♪」


お…“お礼”…!?

“シてあげたい”…?!

何その言い方…!

すんごく響きがエッチなのですけれど…!?


やった~!

お礼だ~!!


お礼!お礼!お礼!フォ~!!


…僕の脳内はもう完全に ただの“エロ猿”になっていて、迷うことなくホテルへの直行を決めた。


僕達は部屋に着くなりシャワーも浴びず、服を脱ぎ捨て ぶつかり稽古を始める。

僕は行為に夢中になり過ぎて

自宅で待っている須藤 華彩の事なんか、これっぽっちも頭をよぎる事は無かった…





クリスマスにラブホからの朝帰り…

あぁ、なんてベタな事を…


翌朝、僕は彼女とバイバイした後

〈職業:賢者〉になりながら

明るい日差しの中、一人で家へと向かっていた。


そして帰路にある交番を見て、僕は ふと須藤 華彩の存在を思い出す。


そういえば、アイツとの約束

平気で破っちゃったな…


…まぁ いいか、別に付き合ってる訳でも無いんだし、そもそも実の彼女を優先するのは彼氏として当前のことだよな…?

「早く帰って来てね」なんて言っていたけど、ただ軽子ちゃんに俺を取られた事を妬んでいただけだろう。


ふはははは、残念だったな須藤 華彩。

お前の望みとは裏腹に、僕は昨夜

彼女と三回戦までコマを進めてヤったぞ…


僕は彼女にザマァ見ろと思いながら、自宅の玄関を勢いよく開ける。


すると205号室の室内には予想もしていなかった光景が広がっていた。



…え。なんだコレ。



真っ暗な部屋の中、いくつもの数が連なる、折り紙で作られた輪っか状の綺麗な飾り。

壁に貼られた大量のクリスマスっぽい絵に

机の上に置かれた手作り感 満載の大きなホールケーキ…


僕の部屋は まるで幼稚園のお遊戯会のようになっていて

ケーキの横には、机に突っ伏したまま眠ってしまっている須藤 華彩の姿があった。


…ケーキ、作って ずっと待っていたのか。

昨日の朝のドリルみたいなのはハンドミキサーの音だったんだな…


…てか、ケーキあんなら先に言えよ…バカ。


寝顔を覗くと、彼女の左目から こめかみにかけて

一筋の涙が伝ったと思われる乾いた跡が目に入る。


僕は そんな健気な彼女の姿が

親指を食べながら軽子ちゃんの帰りを ただ一人で待っている かつての自分の姿に重なって見え

急に彼女への“同情”の気持ちが生まれてしまった。


…なんか、申し訳ないことしちゃったな。


僕は彼女に毛布をかけ、とりあえず彼女が自然に起きてくるのを

静かに近くで待っていてあげることにした…





「んん…あれ…?

もう朝…?」


それから約二時間後、彼女は小さなアクビを左手の四本指で隠しながら ようやく目を覚ました。


「あ、有ちゃん!帰って来てたんですね…!

ごめんなさい、私、途中までは頑張って起きて待ってたんですけど…

いつの間にか落ちちゃってたみたいですね…」


「うん、俺も遅くなってゴメン。」


「実は日中に作ったケーキ、出して待ってたんですけど

さすがに もう室温でダメになっちゃってますかね…


…て、あれ?ケーキは??」


「…美味かったよ。

全部喰った。

今まで喰ったケーキの中で一番だったよ。」


「え…!食べてくれたんですか…!

それも一番…!?」


僕は彼女をヤバい奴だと認定して以降

ポジティブな言葉をかけたのは初めてだったかもしれない。


そんな誉め言葉が よほど嬉しかったのか、彼女は涙を流しながら僕に抱き着いてくる。


いつもなら嫌がって すぐに振り払おうとする僕だが、今だけは特別に

彼女を受け入れてあげることにした。


「喜んでもらえて良かった~♪


…今回も隠し味の“アレ”が効いたみたいですね♪」


「ん…?隠し味の“アレ”って?」


「ふふ♪コレですよ、コレ…♪」



《ブチィッ…!》



そう言って彼女は自分のパンツの中から、アソコの毛を一本引きちぎり

嬉しそうに僕に見せてきた。(※モザイク。)


ん…?どういう事かな…?

僕には ちょっと彼女の言っている事の意味が分からない。

ただ、イヤな予感がする事だけは確かである…


すると彼女は、困惑顔の僕にハキハキとした口調で続けた。


「これを粉状になるまで 包丁で細かく刻んで、材料に混ぜるんです♪


…あ、ちなみに普段 有ちゃんに作ってる ご飯にも全部入ってますよ?

どうですか?

私の味は感じてくれていますか…////?」


「……………。」







その後、僕は突然の嘔気に襲われ


昨日の高級イタリアンのフルコース、そしてケーキなどは全て

胃の中から食道、口腔内を経て

外の世界へと溢れ出してしまいましたとさ。


めでたし、めでたし…?

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