最終話 愛とか恋ってこういうこと

 菜音は緊張していた。明かりが落とされていき、ぼんやりとした形しか認識できなくなっていく部屋で、これから起こることに対しての期待と不安が緊張という感情を作っていた。

「本当に大丈夫?」

 蒼が不安げな顔で言った。しかし、眉を少し潜めていながらも、暗がりでもわかるくらい、蒼の顔は紅潮していた。

「大丈夫」

 声が震えないように、腹筋に力をいれて言った。このこと、ばれていないといいけど、と菜音は思ったが蒼の目はごまかせかなったみたいで、蒼はさらに眉をひそめた。

「本当にいいの?俺で…もう少し待とうか?」


「いいの、本当に大丈夫だよ」


「わかった」

 蒼は深く頷いた。そして、菜音に腕を伸ばし、思い切り抱きしめた。腕の中にある柔らかく、華奢で、なめらかな身体が愛おしい。蒼は、ひとり、心の中で呟いた。この温もりを感じられる自分は世界で一番の幸せ者だ、と。


 ひとしきり幸せを噛み締めると、態勢を変え、菜音の上に覆い被さるように四つん這いになった。この状況で、これ以上感情を抑えることは無理だった。

「菜音…キ、スしてもいい?」


「もち…ろん…。蒼、きて」

 その言葉に吸い寄せられるように、唇と、唇がかさなった。菜音はたった、ほんの少しの、この唇の面積から伝わってくる衝撃に驚いた。鋭い衝撃が背筋を下りて、腰、足の先まで伝わり、何もかも考えられなくなる感覚。

 なんだろう、これは。菜音はわからなかった。いや、わからなくてもよかった。時間がたてばたつほど伝わってくる、蒼の底知れぬ愛情、安心感。どれもあじわったことのない素晴らしいごちそうだった。


「口、できたら少し…あけて」


 蒼の舌が菜音に入り、舌が滑らかに絡み合った。とろとろとした感覚。少し音が気になるが、それ以上に、菜音の少しだけ苦しそうな、いっぱいいっぱいの顔が蒼に満足感を与えた。誰よりも、菜音のことが好きだった。その菜音が見せてくれる表情が、美しかった。


 菜音の身体に指を滑らせた。菜音の表情が変わっていく。ここ、くすぐったいのかな、なんて考えながら指を進めると、菜音がふと目を開けた。その、あまりに透明度の高い目に、蒼は驚いた。こんな、菜音がいるなんて、想像もできなかった。


 触れていく。指先から、唇から伝わる刺激が心地よく全身に広がっていく。


 蒼と菜音は、靴紐が結ばれるのと同じくらい自然に結ばれた。


 空に浮かぶまあるいお月様が、風で揺れるカーテンの外側から、二人を照らしていた。ふんわりとした雰囲気が部屋に漂う。



「菜、音……、愛してる」


「わたし…も、」



 菜音は、幸せだった。この瞬間、この煌めきがいつまでも続いて欲しくて、目を閉じた。


 これが愛なのか。そして、ここへ続くであろう、長い道のりが恋なのだ。暗くて、苦しいこともある。でも、それが恋。菜音は、そう確信した。


 この夜は、きっと一生忘れない。





 明るい道がすぐそこに見えていた。

 


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愛とか恋ってなんですか? 柵木悠夏 @haruna-mn

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