第3話

「ちょっと、離れてよ!近い」

「別にいいだろう?新婚夫婦なんだから」

「それとこれとは違う」

 私はピシャリといい放ち、蒼を向こうに押しやった。

 暗いはずの夜道を照らす鮮やかなイルミネーションたち。足元を駆け抜ける風には肌を刺すような冷たさがある。

 あと一ヶ月ほどでクリスマスだからだろうか。辺りには華やかなカップルが溢れかえっていた。

 


 昨日の約束通り、指輪を買った。輝くショウウィンドウに並ぶ指輪をひとつひとつ見て回り、「菜音に似合いそうだから」と言って蒼が華奢な煌めくデザインのものを選んでくれた。指輪の入った紙袋は蒼の手に握られている。

「菜音、寒くない?」

 また、風が吹いた。蒼が心配そうにこちらを覗き込む。

「……手でもつなぐ?」

「はあ?」

「菜音、寒そうじゃん?」

 蒼は何食わぬ顔でてを差し出す。

「なにいってんのよ」

 と、蒼の顔を睨みあげながらつっけんどんな調子でいいはなった。

 最近の蒼の態度に少し、違和感を感じることがある。蒼は『幼なじみ』と『夫婦』の境界がわかってものをいっているのか?


「いいから、離れてよもう!」

「なんで?」

「私達、付き合ってるわけじゃないから。簡単な話じゃない?」

「夫婦じゃん?いいじゃんこれくらい……」

 何もわかっていない。

 かといって、私自身がわかっているのかもわからない。

「私達、利害一致婚なんだよ。紙の上の契約婚。感情があって結婚した感情アリ婚とは違う。分かってるよね?」

 解って共同生活して、指輪まで買って…そうだよね?

 待っていた蒼の答えより先に聞こえてきたのはキンキン声で

「うそ!」と叫ぶ声だった。


「え?」


 私達は、突然の叫び声に驚き、同時に振り返った。



 そこに立ち尽くしていたのは、まったく知らない女だった。顎丈のボブを丁寧に内巻きにした薄茶色の髪とぷるんと弾けてしまいそうなピンクの唇が印象的な人……。


「桑原さん」

 

 蒼はその女の名前を口にした。


「鈴原先輩」


 その女は私の知らない蒼の名前をいった。


「今の話本当ですか?利害一致……?それだけの結婚だって……!」


 この女敵だ。これは私の勘……女の勘に過ぎないのだが(後から思えばあながち間違いでもなかったのだが)そう、悟った。


「やっぱり心羽(みゆ)と付き合ってくれてもよかったじゃないですか!」



 何をいっているんだ、この女。

 

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