ネクロマンサーの少女

『今回のS級試験、早くも暗雲が立ちこめているぞ! 果たして、昇格できるちびっ子は現れるのか? 次の挑戦者、どうぞ!』


 現れたのはネクロマンサーである。ダルンダルンのローブを身にまとい、肌が病的なまでに白い。本棚に収まらないサイズの書籍を小脇に抱え、木の杖をつく。あくびをかみ殺しながら、リングに上がった。


 彼女の後ろから、ゾンビやガイコツ、死神などがついてくる。全員が、リング脇に待機した。


『おっと、ネクロマンサーが引き連れているのはアンデッド部隊です。リーダーの召喚士を含めて、総勢一三名の大所帯だ! しかし、チャレンジできるのは一名のみ! 誰がリングに上がってくるのか?』


 少女は配下を一体ずつ吟味し、リッチを選んだ。死神のような鎌を持ち、その顔つきは険しい。


『えー、ゾンビやスケルトンの方が手懐けやすいと思うのですが、どうして難易度の高いリッチを選んだのでしょう?』


 レポーターの女性が、ネクロマンサーにマイクを向ける。


「……欲望には強い」


『なるほど。戦略として活用すると。こちらからは以上です!』


 リポーターが放送席にマイクを返す。


「リッチか。こいつも手強いな」


 肉を焼きながら、それでもシチサブローは余裕の笑みを浮かべた。


「今日が、あなたの命日」


 気怠げな顔つきから、予想外の挑発が飛ぶ。


「こっちこそ、お前さんの召喚獣を昇天させてやろう」

「やれるものなら、やってみるの」


 挑発合戦の後、ゴングが鳴った。


『さて、始まりました第二試合。従来、アンデッドはモノを食べません。しかし、先日のユニコーンでもそうでしたが、ドラゴンは幻獣であり、マナの塊です。生気に溢れたエネルギーに耐えきれず、手を付けてしまう可能性があります。果たしてネクロマンサーである挑戦者は、リッチを手名付けることができるのでしょうか?』


 皿に盛られたドラゴン肉を、リッチは苦々しい顔で見つめている。


「めっちゃガマンしてる!」「忍耐力が強いんじゃないのかよ!」


 観客席から、クスクスと笑い声が。


 虚勢を張っていただけに、反動がスゴイ。バカにはしていないのだが、微笑ましく思える。


「胃袋がねえのに、胃袋を刺激されたか?」


 シチサブローが、ネクロマンサーを焚き付けた。


「まだ勝負は付いていない。黙るの」

「お前、『幻肢』って言葉を知っているか?」


 事故などで腕をなくした人が、なくなった方の腕に痛みや感触を覚えることを、「幻肢」という。


「リッチには、今まさに胃袋の幻肢が始まっているんだよ! ないはずの腹の虫が鳴り響いているのさ! ぎゃはは!」

『あっと! せめて香りだけでも嗅ごうとしているぞ! ドラゴンのシッポ肉は、生への執着心をも突き動かすか? あーっとぉ!』


 アナウンサーが驚く中、リッチがとうとう空腹に耐えかねて肉を喰らってしまった。


『胃も腸もないのに、手を付けてしまったぁ! なんということでしょう! アンデッドすら手を伸ばしてしまうとは! 恐るべしSランクドラゴン肉!』


 だが、ネクロマンサーから物言いがつく。


「待って。うちのリーダーなら、もっとやれる」


 そう言ってネクロマンサーが召喚したのは、ヴァンパイアロードである。


『おーっと、ヴァンパイアの最上位、ロードクラスを呼び出した。燕尾服の男が、会場内に現れた。既に、何人かの女性客が、あまりの美貌に失神者が続出しております』


 数名の女性客が、目眩を起こして客席で卒倒していた。協会の人間総出で、医務室へ運び出す。 


「いつもは、ヴァンパイアが監視して、他のアンデッドと『待て』をやっている。ヴァンパイアの監視があれば、彼らも待てるはず。もう一度、やらせてもらいたい。称号は要らないので」


 ネクロマンサーからの提案は、名誉を回復させるための再戦だった。


『おっと、前回の試験で行われたエキシビションマッチを、またしても要請した来た! チャレンジャー、今回のエキシビションですが、選考対象外です。成功したとしても、試験の結果には反映されません。それでもよろしいですか?』

「ただ、やってみたい。これで無理なら、あきらめもつく」


 ネクロマンサーはうなずいた。


「結果だけ知りたい。うちのアンデッドが最強だと証明さえできればOK」


 本人も、納得の上での挑戦だ。


「御託はいい。何度やっても同じだからよ」


 名誉回復だけのためなら、シチサブローも拒否する理由はない。これで成功したとしても、認可はしなくていいから。


『泣きの再戦、エキシビションマッチ、それではスタートです!』


 ゴングが鳴った瞬間、ヴァンパイアは皿の肉に興味を引かれ始める。


「おお、これがウワサのドラゴン肉ですか。棺に入ってる間、ずっと香っていて辛抱たまらんかった」

「この芳醇な生の香り。なまなかでお目にかかれませぬぞ」


 ヴァンパイアとリッチが、飲み屋に入った客のような言葉を交わす。


「ふむふむ。では、いただくとしましょう」

「うむ。そうしましょうぞ」


 結局、結果は一緒だった。


「生き血をどうぞ」


 テルルはシッポを自ら切って、生き血をグラスに注ぐ。


「気が利きますな、ドラゴンのレディよ。いただこう」

「乾杯……いや、我々は死体ですから献杯ですな!」


 二体のアンデッドは、まるで呑み友だちのように、ドラゴン肉を片手に生き血をすする。


『秒殺! さっきよりも早く墜ちてしまった! 最強と謳われた吸血鬼が、いともカンタンに陥落! チャンレジャー、今のお気持ちをひとことでお願いします!』 

「最悪……」

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