ケットシーと少年

 シチサブローは、カウンターにいる男に手をあげた。


「スマン、騒がせた。あと、コイツらに料理を作ってやってくれ」


 少年とケットシーを、シチサブローは指さす。


 酒場のマスターが承知し、料理を始めた。


「座れよ。ここなら誰も、お前らに意地悪しねえからよ」


 シチサブローたちは、自分たちの席を詰める。


「ありがとう、ございます。失礼します」

「いいって。胸くそ悪いヤツらを追い出せて、清々している。ほかの客も、態度の悪いヤツらにはいて欲しくないだろうからよ。なあ、テメエら?」


 大声で、シチサブローは嫌味を言う。


 初手で上位の冒険者をぶっ飛ばしたことで、「誰もシチサブローには勝てない」と認識していた。手を出しづらいことだろう。


 ようやく、自分たちが誰を敵に回したかわかったらしい。


 少年とケットシーの前に、定食が並ぶ。


「これはさっきの騒動のおわび」


 テルルが、二人の前にプリンを置く。店主に頼んでいたようだ。


「わあ、プリンだ。ありがとーっ!」

「待て」


 少年から待ったを掛けられ、ケットシーは寂しそうな顔をする。


「ううー、ご主人……やっぱり大会まで、ダイエットしなきゃダメ?」


 涙目になりながら、ケットシーはぼやく。


「食べるなとは言わないよ。ちゃんとゴハンを食べ終わってから、食べようね」

「はーい。いただきまーす」


 ケットシーは、お祈りの後で食事を始めた。


「お主ら、平民じゃな?」


 少年のサジが止まる。対照的に、ケットシーは食べ続けていた。


「はい。協会長様」


 協会長を知っているとなると、やはり召喚士か。彼も、認定試験を受けに来たのか、はたまた勉強として見学に来ているのか。


「平民ながら召喚獣を連れているということは、試験の参加者じゃの?」

「はい。一応、運だけでここまで来ましたが、S級はボクには難しそうです。この子は頑張ってくれると思いますが」


 少年は、ケットシーを撫でる。


 ケットシーはうれしそうだ。しかし、彼女の皿は量が少ない。おかしいのは、召喚士も同等の量しか食べていなかったことだ。


「お前さんも減量中か?」

「はい。この子だけひもじい思いをさせたくなくて」

「えらいな、お前」

「そこまでしないと、ボクのような平民は勝てないと思いましたので」


 少年は苦笑する。


「参戦は、いつだ?」

「あさってです。最終日に」


 しかし、少年に自信は感じられなかった。


「平民でS級の召喚士を目指すなんて、バカバカしいですよね?」


 誰も、何も言わない。


「いや。タダ強いだけを売りにしてしまえば、あのような荒くればかりになってしまう。それが、今の冒険者界隈じゃ。それは、召喚士たちも同様に言えよう」


 協会長は、現状の界隈を憂いた。


「次にちょっかいをかけられたら、こいつを見せるといい」


 シチサブローは、名刺を差し出す。


「オレの名刺だ。これから絡まれたら、オレの名前を出せ」

「そんな。ご迷惑になるのでは?」

「どうってことねえよ。あんな荒くれくらい」


 食べ終わった少年パーティは、宿へと帰っていった。


 協会長とも別れると、つけられているとシチサブローは察する。


「いやあ、見事でした。シチサブロー・イチボー様」


 やけに小綺麗な中年男性が、シチサブローたちの前に。シチサブローに拍手を送る。


「先ほどの騒動、拝見させていただきました。料理の腕だけではなく、戦闘訓練も受けてなさるとは。さすがとしか言い様がありませんな」

「テメエ、前任派のヤロウだな?」


 貴族は答えない。しかし、何をしに来たのかはすぐにわかった。


「ぜひとも我が料亭でお食事致しませんか? お代は結構です。その代わり……」

「便宜を図れと?」

「さすが! お察しがよろしく」

「へへへ、へへへへ! ヒヒヒヒ! このやろう、買収しに来やがったぜ!」


 シチサブローは笑いが止まらくなる。


「うん。愚の骨頂」

「わたくし、おかしなことを言ったでしょうか?」


 貴族が、不快感をあらわにした。


「いやだってよぉ。そういう姑息な手段を使わねえと出世できねえ出来損ないって認めたってコトだろ?」

「な、なんだと!?」

「テメエのガキに言っちまえよ。『キミは、この高貴なるパパがお相手様に卑劣なワイロを送らないと、まともに育たないクズです』ってよぉ! ギャハハハハハハハハ!」

「き、貴様!」

「やんのか?」


 一瞬で、シチサブローが笑みを止める。


 たったそれだけで、敵が怯む。


「テルル、敵は一三人で合ってるか?」

「リーダーの貴族を除けば。前に五人、後ろに三人、左右の高い建物に二人ずつ」


 貴族が苦虫を噛み潰した顔になった。


「どうやらご貴族様は、たった一三人ぽっちでオレらを殺せると思ってらっしゃるらしい」

「おのれやってしまえ!」


 貴族が号令を掛けた直後、シチサブローは懐に隠していたカトラリーを放り投げた。


 野球のスイングよろしく、テルルがシッポで弾く。


「ぐお!」「ぬわ!」「あう!」


 私兵のおでこに向かって正確に、カトラリーが命中した。


「実力差は、おわかりいただけただろうか?」

「貴様……!」

「まだやるかい? だったら、今度はホンモノの刃物でお相手してやろう」


 先ほど投げたのは、食器に過ぎない。

 だが、シチサブローが次に取り出したのは、調理道具である。ドラゴンの硬いウロコさえ貫通し、切れ込みを入れる頑丈な刃物だ。

 こんなものを、素人ではないとは言え人間に向けたら……。



「くそ。覚えていろ!」


 貴族は、私兵を下がらせる。

 シチサブローはもう、さっき買収しに来た貴族の顔を忘れた。


「買収なんざ意味ねえっての」 

「そう。ウチのお肉は、世界一!」

「ああ。お前の肉は、世界一だ」

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