反則

「な、何があったんだ!? お前、ドラゴンの肉を食べたのか?」

 

 デブが、水風船を責めたてる。


 だが、スライムは「やっていない」と主張していた。



『えー、ただいまよりビデオ審議に入ります。ポヨン選手がドラゴンの肉に食らいついたのかどうか、ぱっと見ではわかりませんでした。これより、コロシアムの各部に設置されたガーゴイル型ビデオによって、確認を行います!』


 コロシアムに配置された柱には、ガーゴイル型のビデオカメラが取り付けられ、不正を監視している。

 それぞれのガーゴイルが、死角なくコロシアムを見下ろしているのだ。


『飛空挺のモニターをごらんください。試合中の映像です……あーっと!!』


 モニターを見ていたアナウンサーが、絶叫する。



「なに、なにがあったんだ?」


「カメラに映っている、テメエの足下を見てみろよ」

「え? なに……あっ!」


 ようやくデブにも、足下で何が起きているかわかったらしい。


 コロシアムの外周を、蒼いラインが駆け巡っていた。


 目的地は、ドラゴンの肉が載った皿である。


 軌道の正体は、飼い主の目をかいくぐって肉に迫るスライムだったのである。


 スライムは、自分の身体をコロシアムに溶け込ませ、肉のある皿まで身体を伸ばしていたのだ。飼い主であるデブの目をかいくぐりながら。

 協会側に気づかれないように、草をかきわけて、地べたを這いつくばって。

 じっくり三分弱かけて到着し、いそいそもしゃもしゃと食べ尽くした。


『あっと! これは不正です! スライムのポヨン選手、召喚士の指示を無視して肉に飛びついていた。これはいけません!』



 頭を抱えながら、飼い主のデブは召喚獣の痴態を眺めていた。


「煽りVでよぉ、お前さん、スライムは身体を地面に浸透させて人を襲うって話していたよな? その現象をたった今、行ったんだよ。この水饅頭は!」


「そ、そんな……あーっ、ポヨーンッ」


 地面に膝を突き、デブは慟哭する。


『これはスライムによる反則負けぇ! ダンケル選手脱落ぅ! S級召喚士に一歩手が届かなかった! 飼い犬に手を噛まれる形で姿を消すとは、誰が予想したでしょう!』






 バカ笑いによって、ギャラリーが沸く。


「だっせーっ!」

「意地汚ねえのは飼い主と一緒だな!」

「豚の子は豚ってか! アハハハ!」


 ライバル貴族は、思いっきりバカにしていた。


 だが何も知らない民衆は、からかっているという様子はない。どちらかというと、微笑ましい光景に癒やされていた。


「おかわりもある」


 テルルの誘惑に、スライムはすっかり降参している。テルルが雑に焼いた肉にさえ反応した。


『敗れたダンケル選手、敗因は何だと思いますか?』


「ボクのせいじゃない! ボクは立派にトレーニングをした! こいつの食い意地が張っているから!」


 まったく。自分の能力がないのを、ペットのせいにするとは。


 召喚士協会の協会長も、激おこ状態である。


「バーカ! お前みたいなヤツにはガマンなんて無理なんだよ!」


 這いつくばるクソガキ召喚士に向かって、シチサブローは罵声を浴びせる。


「どうしてさ!? どうして勝てなかった? ボクの育て方は完璧だったのに!」

「スライムの育成方法は、だろ? てめえは自制してたのか?」


 ブクブク太っている様を見ると、召喚士様は誘惑にめっぽう弱いと思った。これなら、飼い主を刺激すれば勝てると。


「召喚獣の性格は、飼い主くんの特性が影響するんだよ! 自分をコントロールできないヤツが魔獣を操るなんて、できるわけねえだろお!」


 シチサブローのセリフに、協会長もうなずいた。


「いかにも。召喚士は召喚獣を操る前に、自身を磨き上げねばならない。お前は、召喚獣の強さにアグラをかいていただけじゃ。お前が強いのではない! 召喚したモンスターが強かっただけじゃ! 出直してこい!」



 伯爵の息子とあろう者が、厳しい説教に涙目となった。


『試合終了。ダンケルくんの敗北が決定しました!』


 召喚士のデブが、同じように太った両親の元へ駆け寄る。張り詰めていたモノが吹き出したのか、大泣きした。


 デブの両親も、特に彼を責めることなく抱きしめる。


「豚の鳴き声がうるせえんだよ!」

「とっとと引っ込めよ!」


 他の貴族たちが、退場を促す。


 ライバルたちを睨みつけながら、デブはトボトボと帰って行く。


「待って」


 舞台裏で肩を落とす召喚士に、テルルが駆け寄る。キョトンとしているデブに、シッポ肉を渡した。


「これで元気出す」


 最初こそ、召喚士は抗う。が、肉の魅力には勝てない様子である。


「あなたは何も悪くない。ウチのお肉が最高超絶うまかっただけ」


 テルルの言葉が引き金だった。召喚士は、肉を受け取る。


 そうなのだ。テルルは自分のシッポを、大勢の人に食わせたいだけ。この場を借りて、自分の肉を宣伝しているに過ぎなかった。刺激に弱い貪欲な子どもの脳が、無欲な感情に勝てるわけがない。


 召喚士は、スライムと仲良く肉を分け合う。


 それでいい。今度は自分を律して再チャレンジすれば。


 どうせ、返り討ちにしてやるけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る