老婆

「母さん、それってコム・デ・ギャルソン?」


 玄関先で僕をむかえた母は、珍しいカットの黒いワンピースを着ていた。鮮やかなオレンジ色のピアスに、同じ色の口紅を合わせている。玄関には、これまたオレンジ色のパンプスが、異様な存在感をはなって鎮座していた。もう七十を過ぎた人間がはくとは思えないような高さのヒールである。


「イッセイミヤケよ。ギャルソンとは似ても似つかないじゃないの。」母はふんと鼻をならして答えた。


「具合悪いって言ってたけど、元気そうじゃん。」僕は玄関で靴をぬぎながら言った。


「そんなこと言ったっけ?」

「言ってたよ。微熱が続いてしんどいとかなんとか。」

「ああ、そんなの。もう平気よ。」

「なんだ。心配して来たのに。はい、これお土産。」と僕はマカロンの入った箱をわたす。

「まあ、ありがとう。お茶にしましょ。」母はそう言うとキッチンへ消えた。キビキビと立ち回る様子は、確かにいつもの母さんだ。


「貴婦人ルックはどうなったのさ。」母のいれた紅茶を飲みながら、僕は聞いた。

「やめたわ。老婆みたいって言われて。」

「えっ? 誰に?」

「宮島さんに決まってるじゃないの。病院で鉢合わせしたの。お着物を着る元気がなくて、ブラウスにカシミヤのカーディガン羽織ってったのよ。そしたら『あら、どうしたの。死にそうな老婆みたいな格好して』ですって。」母は眉間にシワをよせて肩をすくめて見せた。


 母の着道楽は、父が他界してから少しおさまっていたのだが、一周忌が過ぎたころに復活した。宮島さんから「いつまで陰気な服着てんのよ。こっちまで死にたくなる。」と言われたのがきっかけだったと記憶している。


「で、今日はそんなアーティストみたいなよそおいでどこ行ってきたの。」ピスタチオのマカロンをほおばりながら僕は聞いた。

「宮島さんのお見舞い。転んで骨折したんですって。」

「え? 大丈夫なの?」

「大丈夫に決まってるじゃないの。いちいち大げさなのよ、あの人は。年寄りが骨を折ったぐらいで、同情を買えると思ったら大まちがいだって言ってやったわ。」

 鼻息あらく、そう言う母の顔はツヤツヤと輝いていて、実年齢よりも十は若く見える。先日の電話では、それこそ老婆のような声で弱音を吐いていたのに。


 母と宮島さんの関係は、なんだかんだ言って長い。父に会うよりも前、洋裁学校時代からの付き合いだと聞く。


 二人とも、いつまでも元気で長生きしますように、と僕は心の中で祈った。


***


花金参加作品です。今回のお題は「老婆」でした。1000字ぴったりになりました〜。

https://kakuyomu.jp/works/16816452219018347348/episodes/16816452219701171049

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