ブルーでレッドな社会運動

北條カズマレ

赤い血と青い血

「お父さんは何で社会運動を始めたの?」


「お母さんと仲直りしたかったからだよ」


 父のその言葉はその時は理解できなかったけど、今は理解できる気がする。でも私は理解できないフリをして、子供たちに向けてこう言う。


「はーい! みんな、聞いてねー! 先生今からとーっても大切なこと言うよー! 自分探しの時代は終わったの。わかるかな。海の向こうとか、自然の中とか、どこか遠い国に『自分』を探すようなことをしても意味がないって、みんなが気づいたってのは前から言われてたんだ。社会の歯車になる前に自分を確認する行為に意味があった時代はもうすぎちゃったんだよね。要はそれって、マジョリティに受け入れられるための心の準備をするってことだったから。あなたがマジョリティに接続できない存在だったとしても、これからは世界探しの時代なの。自分に合う世界は広大なネットを探せば何処かには必ずある。安心して」


 白々しい、よね? お父さん。貴方にはきっと、私には言語化できないこの考え方の欺瞞性がわかると思う。きっと今も生きていたら、理路整然と明確に答えてくれるんだろうな。訳のわからないもやもやを、すっきり言葉にしてくれる人。それがどれほど大切な存在か、社会は気付いていないし、私は気づくのが遅すぎた。


「先生ってハーフなんでしょ? 青い血と赤い血の」


 私が中学生からそんな不躾な質問を投げかけられるのは、一度や二度じゃなかった。いろんな学校に招かれて特別講義をするたび、こういう質問をされる機会を得た。最初は面食らったけど、どうやらこの質問が出てくるということは、私と中学生の生徒たちの間に信頼関係ができた証拠だとわかるようになった。だって、遠慮してたらできないもん、こんな質問。


「そうだよ。歴史で習ったよね? 青い血の人間と赤い血の人間が、喧嘩したり仲良くしたりしながらどうやって歩んできたか……」


 その度に私はそう言った。


 こういう態度もどうなのかな、父さん。


 私にはわからないや。


 青い血の民族。


 通称血球異色症が「病名」になったのは百年前のことだった。


 そして、青い血の人たちが国境も越えて連帯する民族として立ち上がったのが五十年前。


 今みたいに、マイノリティである青い血の人々とマジョリティである赤い血の人々との間で明確な協定が結ばれたのが、ここ二十年。


 父さん。


 貴方は五十年前から、つまり生まれた時から戦ってたんだね。


 それは決して、青い血の側の人々のためだけじゃなかった。


 今ならわかるよ。


「俺じゃ、ダメなのか?」


 幼なじみの彼は言ったっけ。


 そうして私は答えた。


「ごめんなさい。私、父さんの血の方が強いから」


 幼なじみの彼は赤い血だった。


 私もそれまでは赤い血だった。


 でもダメだった。


 十六歳の時に血を調べたら、やっぱり他の殆どのハーフの人と同じ、私の血も青くなってた。


 仕方ないよね。


 生まれだからね。


 その途端に私はマジョリティが用意した福祉の網の目に囚われて、「フツウ」の人生は歩めなくなった。


 マイノリティの人たちは私の検査の結果が出るまで遠巻きに見守っていて、さっと近寄ってきた。


「君はお父さんの運動を引き継ぐべきだ。だって美人だし、すごく映えると思うよ」


 実際こんなこと言われたからね。


 都合いいよね、色々と。


 まあ、容姿に自信があるのは確かだけど、もしそういうのも使って運動したら、私は全部「生まれつき」で自分を組み上げることになっちゃう。


 それは嫌だった。


 だから、前面には立たずに、青い血のマイノリティのコミュニティにだけ属して、講義に協力したり、コメントを求められた時だけ色々いうことにしたんだ。


「青い血の人々は、歴史的に虐げられてきただけではなく、今現在も差別にさらされて困っている人がいます。社会の構造にその原因があります。それを変えなければなりません。差別の再生産をまず止めること、それが急務です」


 あはは、十分運動員っぽいよね、父さん。


 父さん。


 あなたならどう言うだろう。


 貴方の映像を前世紀のテレビニュースの切り取りで見たことがある。


 違法アップロードだったけど。


「皆さん! 我々は歴史を越えなければならないのです! 青と赤の間に真の垣根などない! 我々は手を取り合ってやっていけるんです! 憎み合いの中に未来はないのです!」


 今ではみんな父さんの言うことを無視してると思う。


 本当にそう思うよ。


 だから私は運動の矢面に立ったりしなかった。


 私、いいよね? たとえ世界のどこかでまだ自分の血が青いからって理由で差別されてる人がいても、いいよね? 戦わなくても。


 そりゃあ、言葉は尽くすし、できるだけのことはする。


 でも、本気にならなくていいよね?


 幸せに、なってもいいよね?


 許してくれるよね、父さん。


 私はコミュニティの酒場の青い血の男性に求婚された。


 ちょっとの間付き合っただけだったけど、私はオーケーした。


 好きな人と一緒になったら絶対うまくいかないと思ってたから。


 そうじゃない人と結婚するの。


 そっちのほうが幸せになれるからって。


 変かな?


 好きな人と幸せになれる相手って違うんだよね。


 お互いにとって不幸だもん。


 喧嘩ばっかりになるのわかってるもん。


 そう。


 赤い血と青い血の人との間に喧嘩は止まなかった。


 幼なじみの彼ともよくそのことで議論になった。


 主義主張が原因で、掴み合いの喧嘩もした。


「自信がないんだよ、お前は」


 幼なじみの彼の言葉だった。


 いやあ、この時の私は怒ったね。


 結構。


「どうせ同じ青い血と結婚するんだろ? 知ってるよ。まあそれは自由だけど。それでもあえて言うならよ、気持ち知ってるんだよ、俺は、お前の。それにまで嘘つかれて、お前と一緒になる幸せをお前の手で壊されるのは悔しすぎる。お前言ってたよな? お互いに喧嘩しかできずに、いがみ合う結末が見えているなら、一緒になるべきじゃないって。じゃあどいつと一緒になるつもりだ? どうせ誰と一緒になっても対立は必ずあるんだぞ! それを、血の色が一緒だからきっとそうはならないだなんて幻想で自分を騙すことでどうにかごまかそうって言うのかよ! 許さねえぞ!」


 ごめんね。


 その通りだよ。


 お互いに高め合う関係ができるほど自分に自信がないなら、自分のダメなところ補ってくれるダメな関係の方が何倍もマシなんだ。


 少なくとも、そう思えたんだ。


 それで青い血の人と結婚した。


 それで、結婚四年目でダメになった。


 本気で、なんで? って思ったよ。


 こんなはずじゃなかったのにね。


「君は本気で運動してないから。その義務があるのに」


 別れの言葉だった。


 捨てられたんだ、私。


 ごめんね、父さん。


 私、気づいたんだ。


 父さんが正しかったんだ。


 父さんは赤い血のお母さんとわかり合うために、赤い血の人々とわかり合おうとする努力をしていたんだって。


 個人のためでもない、青い血のマイノリティみんなのためでもない。


 その中間の、理想的な場所に、あなたはいたんだ。


 幼なじみと、最近SNSでやりとりをした。


 私、めちゃくちゃズルいけど、こう送ったんだ。


 会いたい、って。


 いいよ、って、返ってきた。


 今からでも遅くないから、わかり合いたい。


 友達として、人間として。


 それが、父さん。


 あなたの伝えたいことだったんでしょう。


 赤い血と青い血の人たちは、きっとこれからも沢山間違いを繰り返すと思う。


 でも、私は負けないんだ。


 ねえ、父さん。


 幼なじみの彼から、おせーよ結婚したいよバーカって返ってきたよ。


 私はこう返信するんだ。


 今度は自分を信用する、って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルーでレッドな社会運動 北條カズマレ @Tangsten_animal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ