『写真』(7/9 花金参加作)

 見慣れた体育館。見慣れぬ壇上から、私は同じ制服の集団を見下ろしていた。


 高校三年の秋。高校最後の記念にと進められて、私は一年以上ずっと描き続けていたあの絵を公募に出した。

 その絵は見事に特別賞を受賞して、今日は学校でそのお披露目をしている。


「諸の絵は変わったな」

 美術部の顧問にしきりとそう言われてきたその絵には、最早私が以前描いていたものの影はなかった。

 まるで写真のように美しい、すごい技術だと言われてきた、ありのままを切り取っただけの景色はそこにはない。

 詰め込めないほどの沢山の綺麗なものを無秩序に塗り重ねてきた世界は、常識を捨て、整合性を捨て、めいっぱいの感情の渦でカンバスを埋め尽くしていた。

「昔はよくできた手本のような絵だった。でも、今は何を描いているかわからないのにどこか心を揺さぶる」

 顧問教師は私の絵をいたく評価してくれた。そして、勧めてくれた全国規模のコンテストで、入選を果たすことができたのだった。


 私は、これ以上なく嬉しい思いでいっぱいだった。

 それは私の絵が評価されたことに対してではない。あの絵が皆に見て貰えるということに対して。

 あの絵は、きっと何を描いているかわからない、だけど現実の一部が思い浮かぶ端々を残しただけの雑多な世界にしか見えないのかもしれない。

 だけど、私にとっては。

 彼が過ごせたらいいと思い描いた、彼のための世界だった。

 会場に展示されている絵は、今手元にはなく、当然体育館の壇上にもない。

 映写機がスクリーンに映し出した写真が、ゆらゆらと光の中で揺れていた。


 学校長に紹介を受けて、渡されたマイクを握りしめる。

 目前の集団の中にも、いるべきだった彼はもう混ざることはない。

 私は深く息を吐き、揺らめくスクリーンを斜めに見上げた。

 そこに何度も描いては消えた彼の姿は、私の中に息づいて、焼き付いている。


「これは、私の初恋です」


 静けさの中、私は最初で最後の告白を口にした。

 気づいた時にはもう、決して叶うことのなかった想いだった。

 だけど、それでも彼が残してくれた大事なものに……

 私は救われて、この広い世界の中で煌めく美しいものを、溢れるほどにたくさん知ることができたのだ。


 返事すら帰ってくるはずのない告白に、真白なスクリーンがはためいて、絵の中の彼が淡く微笑んだ。

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