もらい泣き(5/28 花金参加作品)

 傾いた陽が差し込む、寂しい校舎。

 全く人気がない中庭の壁際、ぽつりと佇んだまま動かない見慣れた影。

 近づくと彼女は顔を上げた。だけど俺と目が合うとすぐに、ばつがわるそうに視線を逸らす。


「……泣けばいいのに」

 食いしばって耐えている痛々しい姿がやりきれなくて、俺は言わなくていいことを口にした。

「嫌だよ」

 彼女は空々しく笑って言ってから、くすんと鼻をすする。


「素直になれば?」

「だって、高嶺の花にフラれて泣くとか恥ずかしいじゃん」

 笑い混じりの音で、弱々しく震えて消える彼女の台詞。強がる言葉は何の意味も持たない。

 きりきりと胸が痛む。こんなにも長年側にいるのに、気づけば涙すら見せてくれなくなった。


「別にいいだろ」

「よくない」

 たかだか一年前じゃないか。あいつに出会ったのは。

 とうにその十倍以上は並んでいて一番の側に居つづけるのに、あいつの放った一言すら慰められない。

 滑って行く言葉。届かずに、受け取って貰えない。


「……ははっ…」

 掠れた小さな笑いが響く。彼女は目の端に涙をいっぱいにして、俺の頬へと手を伸ばす。

「昔から、涙もろいんだから」

「うん」

 二人、息をするたびに空気を啜りあげる。静寂の中、橙に照らされた校舎の壁際で、伸びた影を濡らしていくのは俺のほう。

 だけど、それを追いかけるように、彼女も溜まりきった滴を睫毛から滑らせる。


「私が泣くといつも泣くんだ」

「当然」

「当然、なんだ」

 彼女は涙声で吹き出した。まだ力ない表情を、ほんの少し微笑ませて。


 当たり前だろう、もらい泣きなんかじゃなくて。俺だって今この瞬間、失恋しているんだ。


「だから、こんな時くらい、お前の泣き顔を俺にくれたっていいだろ」

「……うん」


 触れ合いそうな距離で、舞い散る別々の涙。

 遠くの際に追いやられた橙。それを包む深い夜の青に星。

 泣いて、泣いて、全てを流しきったなら。

 明日にはまた一緒に笑っていよう?

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