【世界の童話】サソリと亀【異説】

北條カズマレ

あるところに、優しい亀と正直なサソリがいました。

 あるところに、優しい亀がいました。


 亀は誰かを乗せるのにちょうどいいひらべったい甲羅を持っていたので、他の生き物を背中に乗せて、川を渡してあげるのが大好きでした。


 実際、彼はこれを天職だと思っていました。


 これこそが人助けをしたいという小さい頃からの夢が実現したものだと。


 その日も亀は、川の岸辺で誰かを渡そうと待ち構えていました。そこへサソリがやってきました。


「亀くん。私はどうしても向こう岸に行かねばならない。渡してくれるかな?」


 お人好しで優しい亀であっても、その申し出は躊躇するに余りあるものでした。


 亀はサソリの尻尾にギラリと光る毒針を見つめながら言いました。


「サソリさん、僕はそんな危ないものを持った君を渡すのは、怖いかな」


 するとサソリはこういいました。


「なぜかな? 亀くん。君のその甲羅は天賦の才。それほどに他者を乗せて川を渡るに適したものはない。その才能を、君は都合よく、自分のいいように出したり引っ込めたりするつもりかね? 大自然は君にそんな身勝手なことをさせるためにその甲羅を持って生まれさせたのかね?」


 サソリは尻尾を揺ら揺らさせながらいいました。亀はすっかりやり込められてしまって、


「わかったわかった。君がそう言うなら、渡してあげるよ。でも、ひとつだけ約束してくれるかい?その尻尾で僕を刺したりは……」


「刺すさ」


 亀はびっくりしてしまいました。


 サソリの言葉を聞いて、信じられないという面持ちで彼を見つめます。


「刺すともさ」


 サソリはまた言いました。


「ねえ亀くん。なぜ私が君を刺すのか、刺さなければいけないのか教えようか。それは大自然が決めたことだからだよ。大自然はこの私に、どんな猛獣でも倒せる毒針を授けて生まれさせた。だからこそ、君がその甲羅で誰かを運ぶように、私も誰かを刺さなければいけないんだよ」


「そんなのおかしいよ!」


 亀は叫びました。


 しかし思慮の浅い亀はそれ以上反論が続きません。


 サソリは言いました。


「そりゃあ、私だって出来るならもっと生きるのに都合のいい性質を持って生まれたかったさ。しかし叶わなかった。私の心は大自然への怒りでいっぱいだ。大自然は、君のことだって、他の生き物を乗せて向こう岸に渡るしか能のない惨めな生き物に生まれさせたじゃないか」


 亀は反論します。


「違うよ、これは僕が夢見た姿に一番近いんだ。こうして生まれついた能力のとおりに人助けをすることは喜びなんだよ」


 サソリは小馬鹿にしたように笑っていいました。


「それはお前がたまたま優しい奉仕の心を持って生まれたから、その体の不便を活かそうと思えたのだ。もし私がお前の体で生まれたら、なんだこの窮屈な甲羅は、と言って、石に自ら体を叩きつけて死んだだろう」


 亀はじっとこの聡いサソリを見つめました。


 そして黙って川の方を向いて、甲羅を登りやすいように傾けました。


「乗りなよ。さっきは渋って悪かった」


 サソリは黙って亀の甲羅に乗りました。


 ざぶざぶと、亀とサソリは川を渡ります。


 ちょうど真ん中に差し掛かった頃でした。


 亀が首筋にちくりとした痛みを感じたのは。


「ああっ」


 たちまちのうちに亀の体に毒が回ります。


 言うまでもなく、サソリの毒の一刺しのせいでした。


 二匹はごぼごぼと水を飲みながら、沈んでいきます。


 薄れいく意識の中で、水の底に沢山の亀とサソリの死骸が沈んでいるのが見えました。


 沈みながら、二匹は心で会話しました。


「サソリくん、僕も、この甲羅を窮屈だと思ったことはあるんだよ。君も、その毒針を無用のものだと思ったことはあるのかな?」


「亀くん。私はこの尻尾を永遠に取り去ってくれる神様に会いにいくために、この川を渡ろうとしたんだよ」


 そして二匹は死に、幾千もの死骸の上に積み重なりました。


 川の流れが堰き止められ、誰もが誰かの助けなしに渡れるようになるまで、きっとまだまだたくさんの亀とサソリが死ぬことになるでしょう。

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