あなたの後ろで

赤魂緋鯉

あなたの後ろで

 今日もかわいいな……。


 この辺りでは見慣れない金髪の彼女は、4月から私と一緒に始点の始発からバスに乗っていて、いつも指定席みたいに運転席の後ろに座っている。


 その所作にはステレオタイプな不良感はなくて、多分良い所の出なんだろう。


 制服が違うから他校の生徒だけど、何となくかれるものがあって、私は自然に彼女を見られる様に一番後ろの席へ行く。


 そんな風に、私と彼女は一緒のバスで途中まで乗り合わせるだけの、単なる乗客同士のはずだった。


 ――珍しく後から乗ってきた、彼女が私へ微笑ほほえんだ様に見えた、その日までは。


 えっ、今のって……。


 待合室の窓に朝日が反射して、私の斜め後ろからバスの中に差し込んでいたから、何気なしに振り返ったらまぶしかった、ってところだろうけど……。


 それからちらっと見て様子をうかがっても、彼女はいつも通り何かを読んでいるし、自意識過剰ってやつだよきっと、と言い聞かせて私は車窓からの景色を眺める。


 普段全然見てなかったけど、真夏が近いせいもあってか、対岸の山がかなり鮮やかな緑色をしている事に気が付いた。


 特に意味の無い情報を得た私は、もう1回彼女を盗み見ると、様子は全然変わってない。


 あ。もしかして、ずっと見てるからヘンに思われたのかも……。


 時間をずらされて見られなくなるのは嫌だし、しばらくじっと見るのは止めておこう……。


 感覚でやるからあんまり読んだことがない、ソフトボールの教本を見てごまかす事にした。


 他に何人か乗って来た後、やがてバスのドアがプシュー、と閉まって運転手さんのアナウンスと同時に動き出した。


 バレないようにちらっと見上げると、彼女の耳にワイヤレスイヤホンが刺さっているのか、リズムにのってるみたいに頭をかすかに動かしていた。


 やっぱり、クラシックとか聴いてるのかな、とか思いながら、私はとっくに覚えたスライディングのやり方を読む。


 湖が迫っていて狭い道や、道沿いに家が並ぶエリア、田園地帯を通過して40分ぐらいで市街地へとバスはやってきた。


 そこを15分ぐらいかけて通過して、また畑とかが増え始めたところで、暗渠あんきょの上にあるいつも下りるバス停の名前を機械が読み上げた。


 私は素早くボタンを押してから、足元にある鞄に突っ込んだ定期券を引っ張り出そうとする。


 あれ、どっか奥とかに行っちゃったかな?


 だけど、いつも入れているバッグの外側ポケットに無くて、練習着とかグラブが入った方のファスナーを開けると、それやら教科書やらをかき分けてやっと探し出した。


 直前の信号に引っかかったおかげで何とか間に合って、熱さで渋い顔をしている3人ぐらいが待つバス停横で止まった。


 よし、今日も練習――。……あれ?


 さて下りよう、と前を見ると、いつもはもう少し前で下りる、一番前のあの子がまだ乗っていた。


 寝てて乗り過ごしちゃったのかな?


 どうやら音楽を聴いていたんじゃなくて、うつらうつらしていただけらしい。


 起こした方が良いかな、とは思ったけど、ほぼ面識がない人に言われたらキモいかな、とも思って、可愛そうだけどまあそのままにする事にした。


 運転手さんに券を見せた私は、ペコッと頭を小さく下げてからそそくさと降りた。


 時計を見ようと車通りが多い車道から少し離れたところで、バスのドアが閉まって低いエンジン音と共に去って行った。


 雲1つないなあ……。朝練したら汗だくになりそう……。


 ロッカーの消臭のヤツまだあるっけ、とか思いながら、んー、っと背伸びしてさあ行こう、と学校へ行く道の方へ振り返ると、


「――わっ!?」


 眉が八の字になっている金髪の彼女が目の前に居て、私は心臓が飛び出すかと思った。


「こ、ここどこですか……?」


 キョロ、キョロ、と落ち着かない様子で視線を泳がせ、彼女はプルプル震えながら私に訊いてきた。


「ええっと、西町2丁目、みたいです」


 電柱を見てそう答えると、ああああ、とうなって頭を抱えた。


「どうしよう……」


 この世の終わりみたいな顔でつぶやいている彼女は、半泣き状態になっていた。


「ま、まあ。ちゃんと謝れば許してくれますよ」

「怒りはしないと思うんですけど、空港に出発しちゃうので……」

「あ。もしかしてお友達が転校しちゃうとかですか」

「そーなんです……。お互い家が遠いので学校の前でしか会えなくて……」

「なるほど」


 それならまあ、こんな顔をするのも納得がいく。


「反対側のバス乗りましょう。多分朝なんですぐ来ると思いますよ」

「そっ、そうですね! ちなみにどっちにあるんですか」

「あそこのコインランドリーの陰です」

「ありがとうございます!」


 どうやらいっぱいいっぱいで、その事まで考えられなかったらしく、ぱあっ、と明るい顔をして私の答えにペコペコ頭を下げて、駆け足で押しボタン式信号へと走って行った。


 だけど、


「あ」


 信号が赤に変わる前に、そのバスが横断歩道を通過していった。


「……」

「……あのう」


 口をパカーンと開けている彼女に、私が近づいて話しかけようとすると、彼女の方から私に声をかけてきた。


「はい」

「次って……」

「ちょっと待ってください。……10分後ですね」


 時刻表の紙を見て確認した私がそう時間を言うと、彼女は虚無みたいな顔になって固まってしまった。


「ええっと、出発までは?」

「15分です……」

「どこのバス停で降ります?」

「き、北中町」

「ありゃあ……」


 ここからそこまではちょうど10分ぐらいで、今のに乗らなければ逆立ちしても間に合わない計算になる。


「こうなったらタクシー使いましょう。ちょうどそこに会社あるんですよ」

「そんなに手持ちのお金無くて……」

「じゃあ、貸しますよ」

「ええっ。……いや、どこの誰とも知らない人に貸しちゃダメですよっ」

「どうせ乗るところ同じなんで、ご近所でしょうし――」


 あっ、これ言ったらマズかったかも……。


 流れで言ってから、そんな事知ってるのって、ストーカー染みててキモいんじゃ、と気が付いて冷や汗が背中をドッと流れ始めた。


「ああっ、すいません! 別になんかこうヘンな下心とかあったわけじゃなくてっ。嫌そうじゃなくてっ、ストーカーみたいな事してごめんなさいっ」

「……へっ?」


 私が言おうとした事をそっくりそのまま言われて、今度は私が固まってしまう番になった。


「ど、どういうことですか?」

「あーその、バス停で待ってるとき、かっこいいなあ、とか思って、後ろからこっそり見てたりとかずっとしてたんで……」

「なるほど……。すいません、私もバスの中で似たような事してました……」

「ええっ、偶然だったわけじゃないんですかっ。……私、さっきニヤニヤして気持ち悪かったですよね……」

「いや全然。眩しいだけかと思ってて」

「そうでしたか……。良かった……」

「――って、こんなことしてる場合じゃ! とりあえず3千円あれば足りますかね」

「あっ、はいっ。多分! ありがとうございます!」


 財布から出して渡すと、彼女は大事そうに両手で持って、さっきより深々と頭を下げた。


「一応お名前伺っても……」

「お、大野原おおのはらです。大野原みどり」

「私は大野原真紀まき……。あれ、名字一緒?」

「一緒?」

「……失礼ですけど、住所は?」

「せ、関の辺りです。ポツンと田んぼの中にある」

「はとこのお母さんちじゃないですか」

「え、身内……?」


 まさかの事実が判明したところで車の信号が赤に変わって、みどりさんは猛ダッシュでタクシー会社の方に走っていった。


 4月ぐらいにはとこのお母さんが職場の人と再婚して、その結婚式で旦那さんの連れ子がすっごい良い子だった、みたいな話をウチのお母さんがしてたのを思い出した。


 私はちょうど春の県大会準決勝とバッティングしてて、参列できなかったし記念写真に興味がなくて見てなかったから、まあ知らないのも仕方が無いか。


 とかなんとか考えてぼやっとしてたら、私の相方を務めるキャッチャーの子から寝坊を心配する電話がかかってきて、私は猛ダッシュで学校へと走る羽目になった。


 部活が終わって帰ったところで、みどりさんから家に電話があって、何とか間に合った事を教えて貰った。


 そして、その翌朝から。


「寝てたら起こしてね……」

「わ、わかった……」


 私の定位置だった一番後ろの席で、みどりさんと並んで座るようになった。

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あなたの後ろで 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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