6:化生
「前者は誘拐、後者は迷走」
端的に言えば、と。
「
通りゃんせ
通りゃんせ
ここはどこの
ちょっと舌っ足らずな、次未の歌声。
通りゃんせ──江戸時代ごろに成立したとされているわらべ歌。また、その歌を用いた遊戯。
『関所遊び』と呼ばれるものに分類されるそれが最も有名だろう。歌詞にある「行きはよいよい、帰りはこわい」は、出るのは良くても入るのは厳しく調べられる、といったことを示していると解釈されることもある。
ここで大事なのは、わらべ歌で遊ぶ子どもたちは大人のまねごとをしている、という点だ。
「わらべ歌というのはそもそも、子どもという無垢がまだ理解できない『悪意』を基にしている」
無垢が見た悪意。
それがやがて化生になり、化生が妖怪を生む。
「いまこの時代に存在するほとんどの化生は、古代の純粋な自然物とはちがう。そういうつくられたものは、自分をつくった誰かのもとめる結果だけを再現しようとする。子どもたちが理解できなかった悪意が、化生のしわざとしてあらわれたもの──そのひとつにある
佐々江ちゃんが眉を寄せた。
それに何の意味があるのか、とでも言いたげだ。
「迷走なら、
「ええと。結局どうするべきなんでしょうか」
その言葉に肩をすくめる
「ゴメンね
「
「言いたいことはわかる。わたしたちがいるここはさっきも言ったとおり
「簡潔にありがとうございます。だいたいわかりました」
「それじゃ、チドリを探そうか」
何か──すこし、引っ掛かった。大事なことのような気がするが、引っ掛かりそのものがするりと頭のなかから抜けていく。こうなっては仕方がない。
次未の横に立っても嫌がられることはなく、すこしほっとする。
まるっこい頭のかたち。白い頬。
いとおしい次未。
「……
「ああ、大丈夫。大丈夫だ」
「そう。具合が悪いなら、はやめに教えてね」
周囲の草原はずいぶん遠くまで続いているようだ。
かなり離れたところにやっと森のようなものがぼんやり見えて、周辺に俺たち以外の姿はない。遠近感がつかみづらいし、気味が悪いことはぬぐえない。
「こんなところだとさすがの
「おー喧嘩なら買うぞ、駆馬後輩」
「口でも殴り合いでも勝ち目ないじゃん。売りませーん」
そんなことを言いながら、握りしめたこぶしが震えている。
「こんなところでさっきの
「……あの……無知で申し訳ないんですけど、邪視ってなんですか? みんな知ってるみたいだから聞くに聞けなくて」
佐々江ちゃんがすこし首を傾げる。
「青葉ってほんとこっちの話に興味ないよねえ。イーヴィル・アイって知らない?」
「知らない。アタシにオカルト知識求めないでくれる?」
「おれにだけなんか冷たくない?」
「そんなつもりはないけど」
「仲いいなお前ら」
顔を突き合わせる姿は恋人というより兄妹みたいだ。ひそかに頭の位置をあわせている駆馬の苦労が報われる日はまだ遠そうである。
君平が得意げになって指をふった。
「邪視……簡単に言えば、視ることによって相手に呪いを与えることだ。嫉妬のまなざしがそれを受けた相手に不運を与える、というものが多い。青い目を持つものが使えるとも言われている」
「でもさっきのはその、目が……」
「アオバちゃん。視るっていうのは目玉そのものでやってるわけじゃないんだぜ?」
「さっきのは視ることで呪うものだったようだから、比較的対処はしやすい」
菓子野がつけくわえる。
邪視には二種類ある。
発現のカギとなる行為で分類され、それを『視る』か、それに『視られる』かという違いだ。前者はこちらの行動によって決まり、後者はあちらの行動によって決まる。ちなみに一から十まで貴宮さんの受け売りである。
「君平が危惧しているのは視られるだけで呪いをばらまくほうだが、まあそんなものがいたらとっくに私たちは死んでる」
「それは、コカトリスみたいな……?」
「コカトリスは知っているのか」
フランス語ではコカドリーユ、だったか。
雄鶏の生む卵から生まれるという伝説の生き物で、
蛇の王とされたバジリスクの伝説から派生したものともいわれ、どちらもロールプレイングゲームなんかでは『石化』に代表される能力を持っていたりする。
「ファンタジー作品なんかが好き?」
「傾向としてはそうだと思います」
「青葉さ、コカトリス知ってるのにイーヴィル・アイ知らないの? ほんとに?」
「知らない。水鳥、さっきからウザいよ」
「やっぱりおれにだけ冷たくない?」
「そうかもね」
つんと鼻先を空に向ける佐々江ちゃんの耳が少しだけ赤い。
そんな仕草に天使が桜色の唇をゆるませた。カワイイ。これはゆるぎない正義である。
「粕谷、鼻の下」
「ハイ気を付けます」
しばかれる前に真面目な顔に戻そう。
しばらく草原と思われる場所を進んでいく。
ひらけているという割には、圧迫感がある光景だ。暗く視界がきかないということもあるのだろう、ぴんと張り詰めた緊張感が俺たちに重圧をかけてくる。
まもなく森にさしかかる、というところで。
木々の向こう側から小さな音が聞こえてきた。
「あ。水……?」
静かな水音だった。
ちいさな流れがあり、光がちらつくような音だ。
ぎくりと体をこわばらせた君平が、苦い顔をしてこちらを見た。
「どうする」
「森に入るか否か?」
菓子野が前を見たまま立ち止まっている。
「選択肢はない、ようだ」
だが足が進まない。
それだけで、背筋が凍るような思いになる。
菓子野がためらうようなものがこの先に待ち構えている、ということは。
「早くねえ? もっとこう、ちょっとずつさ。段階踏もうぜ」
「生娘の恋愛に対する妄想みたいな言い方だな」
「ちょっとでも恐怖をまぎらわせてやろうという俺の努力よ」
「あいにくこれは恐怖じゃない、
顔を突き合わせていると佐々江ちゃんが不思議そうな顔をする。
うん、どうかなあと思っていたが、やっぱりこの子は感じない側だ。完全な
駆馬と相性がいいわけだな。
ちなみに当の駆馬は青い顔をして、精いっぱいのカッコつけで取り乱さないよう耐えている。つまりはそんな後輩の前で先輩の俺が取り乱すわけにもいかなくなる。やせ我慢の連鎖。
なので。
「
そんな問いには、ひとつの答えしか返せない。
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