第18話 孤児院からの卒業


 その日、レイファント孤児院の夕食は、お肉の串焼き、付けあわせの野菜数種、具だくさんのスープ、そしてデザートに木の実が入った焼き菓子というものだった。

 いつもなら、パンが一つとマルタ芋の入ったスープが出されるくらいだから、それから考えると考えられないほど贅沢な食事だ。

 

 それだというのに、食事のテーブルについた十五人ほどの子どもは、ほとんどが浮かない顔をしていた。

 美味しそうな食事に目を輝かせているのは、まだ五歳にも満たない子どもたちだけだ。

 みんな揃っていつもより少し長めの祈りをささげたあと、飾り気ない服装のシスターが静かに話しはじめた。


「みなさん、明日でニャウ、バックス、タウネの三人はこの孤児院を卒業します。今日はそのお祝いです。三人がいなくなる分、これからは年長のみなさんがしっかり小さな子の面倒を見なければなりませんよ。

 ニャウ、バックス、タウネは、これまでいろんなの方々に助けてもらったことを忘れず、一日一日を大切に生きていきなさい。

 この年になるとわかりますが、毎日はかけがえのない宝石のようなもの。過ぎさった日々は二度と戻ってきません。食事にはくれぐれも気をつけて。機会があれば、またここに顔を出しなさいね。

 それでは、精霊様からのお恵みをいただきましょう」


 子どもたちは、黙って精霊に感謝を捧げると、さっきまで元気がなかったのが嘘のように夢中でご馳走をぱくついている。

 バックス、タウネ、ニャウ、の三人も、それぞれが同室の子どもたちに囲まれ食事を始めた。


「バックスにい、悪いやつやっつけたってホント?」


「マネ、それ誰から聞いたんだ?」


「魚屋のおばちゃんだよ。ねえねえ、ホントなの?」


「うーん、どうしようかなあ」


 バックスが、シスターの方をチラリと見る。

 目を合わせた彼女が小さく頷くのをみて、彼は話を続けることにした。


「うん、悪いやつをやっつけたぞ。大楯でな、こうゴーンって感じでぶっ飛ばしてやったぜ」


「うわあ、すげえや! ねえ、ボクもバックスにいみたく強くなれる?」


「ああ、なれるとも。マネもきっと強くなれるぞ。そのためには、しっかり食べて、お手伝いと勉強がんばらないとな」


「うん! ボクがんばる!」


 こちらでは、タウネが子どもたちの相手をしていた。

 

「タウネねえ、私、上手に髪が切れるようになったよ」


「よく、がんばったね。これからは、ヒラリがレイファント孤児院の散髪屋さんだね」


「えへへ、私、散髪屋さんになるのが夢だったんだ」


「みんなが美人さんになるように散髪してあげてね」

  

「うん! みんなを美人にしちゃうよ!」


 ニャウの隣りには、ララナとリンが座り、その膝にはネムがのっていた。

 いつもなら食事中は膝にのせてもらえないから、今日は特別である。

 

「ニャウねえ、ホントにいなくなっちゃうの?」


 リンが悲しそうな顔でニャウの袖を引っぱる。甘えん坊の彼女は、お姉さん役のニャウがいなくなるのが、かなりつらそうだ。

 

「孤児院は卒業するけど、ちょくちょく顔を出すつもりだよ。それにこれからは、リンがネムの世話をしっかりしなきゃね」


「うん、がんばるけど。ニャウねえ、ずっとここにいられないの?」


「そうなんだよ。私、もう十二才だから。いっぱい働いて、お金を稼いじゃうから」


「いいなあ、私も早く働きたい!」


 ニャウはリンの頭を撫でると、ララナに話しかけた。


「ララナ、リンとネムを頼むわよ。これからは、あなたが一番のお姉さんなんだから」


「もちろんよ。私がしっかりしなくちゃいけないって、シスターからも言われてるの」


「それは頼もしいわね。ララナなら安心して部屋をまかせられるわ」


「まかせてちょうだい! 私、がんばるから」


「ネムも、がんばゆの!」


「うん、ネムも小さな子が入ってきたらお姉さんだから、きちんとお世話してあげてね」


「うん、おせわすゆの! ねえ、ニャウねえ、おかしたべていい?」  


「そうね、今日はもう食べていいよ」


「うわーい、おかしー!」  


 ネムの頭を撫でるニャウは、こぼれ落ちそうな涙をこらえていた。

 親の顔さえ知らない彼女にとって、この孤児院は心から安らげる場所だった。

 ララナ、リン、ネムと別れるのは本当に辛かったが、自分が自立することで孤児院のためになるなら、仕方ないことだ。

 ニャウはそう思い、湧きあがる悲しみをおし殺していた。

 食事が始まって少したつとララナたちはいつものように元気になり、目の前の料理に夢中となった。


 明日の朝早く、子どもたちが寝ている間に孤児院を出ようと決めているニャウたち三人は、そんなみんなを優しい目で見守っていた。


 ◇


 早朝、まだ夜が明けきらぬうちに起きだしたニャウ、バックス、タウネは、同室の子どもたちを起さないよう、それぞれの部屋からそっと抜けだした。

 孤児院の玄関で顔を合わせた三人は、大きな表戸をゆっくりと開けて外へ出た。

 

「お早う、三人ともずいぶん早いわね」


 そこには、いつもの黒いローブではなく、儀式用の白いローブを身につけたシスターが立っていた。

 

「「「お早ようございます」」」


 思いもかけない見送りに、ちょっと慌てた三人だが、厳しくしつけられた習慣で、とっさに挨拶を返すことができた。


「あなたたちなら、もう分かっていると思いますが、人は一人だけでは生きられません。どんな時でも、誰かの、そしてなにかに助けられて生きているのです。周囲への感謝を忘れないこと。あなたがたを送りだす私が、伝えてあげられるのはそれが全てです。

 ニャウ、バックス、タウネ、あなたがたに精霊様のご加護がありますように。さあ、あなたがたの道を行きなさい」


 三人は深く頭を下げ、シスターの言葉に答えた。

 ニャウたちが頭を上げると、すでにシスターの姿はなかった。

 三人は肩を並べ、新しい生活を始める家へ向かって歩きはじめた。




 

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