第14話 大男との闘い(一)



 その日は、今にも雨が降りだしそうな曇り空だった。

 いつものように依頼確認のため冒険者ギルドへ向かっていたニャウたち四人に、やけに貧相な、イタチっぽい顔つきの小男が近づいてきた。

 自分では似合っているとでも思っているのだろうか、ガラにもなく横に流した長髪をキザな手つきでかき上げると、男はへらへらした笑いを顔にうかべ、テトルに話しかけた。


「おい、テトルさんよう。ドラドさんからいつもの呼びだしだぜ。とっとといつもの場所まで行きな。お仲間も、女だけ連れてこいってさ」


 小男は自分が言いたいことだけ言うと、タウネとニャウに粘つく視線を投げかけてから、小走りに去っていった。

 

「予想通りね。あまりに予想通りで呆れちゃうけど」


 小男が消えた方を見て、タウネがつぶやく。

 テトルはそんなタウネを見て、不安そうな顔をしている。

 ドラドと戦うための作戦が決まってから、彼はずっとそんな顔をしていた。


「ホントにやるのか。ボク……俺のことでみんなを危険にさらしたくないんだけど」


「なに言ってんだよ、テトルにい。もう決まったことだぜ。それより、自分の役割をちゃんと頼むぞ」


 バックスはテトルがまだ孤児院に住んでいたころの呼び方をしたが、それは不器用な彼なりの励ましなのだろう。

 

「それより、ニャウの調子はどう? 今回の作戦は、あなたのスキルが鍵になるんだけど」


「私? ばっちりだよ、タウネ。あれからララナたちに協力してもらって、何度かスキルを試しておいたんだ」


「じゃ、心配いらないね」


「こうなったらしょうがない。例の作戦を開始するぞ。ドラドはあの見かけどおり、近接戦闘力がかなり高いから、みんなくれぐれも油断しないでくれよ」


 ここに至って、ようやくテトルも仲間をこの件にまき込んだことへの迷いがふっ切れたようだ。


「ようし、じゃあ、『子猫ちゃん作戦』開始ね」

「おいら、その名前ってなんだか格好悪いと思うぞ、タウネ」

「なんで? とってもかわいくて好きだよ、私は」

「バックスは、遅れないよう急いでくれよ。一人だけ別行動なんだからな。ニャウは、さっそく子猫ちゃんたちを孤児院から呼びだしてくれ」


 作戦を前にして、このパーティ本来の雰囲気が戻ってきたようだ。

 こうして無法者のドラドと戦うための作戦が始まった。 


 ◇


 街の中心にある広場から見ると、冒険者ギルドのちょうど反対側辺りに、そのさびれた路地があった。

 かつては水産物関係の商いでにぎわった通りは、漁業ギルドが海岸通りにひっ越したことをきっかけとして、次第に人が離れていった。

 商店も歯が抜けるように欠けていき、今では表の木戸を閉めた店ばかりとなっていた。

 そんな人気ひとけのない路地裏に、袋小路がある。

 この袋小路は、大通りからの裏道が大店おおだなの裏手に突きあたってできた小さな空き地なのだが、最近では昼間でも人が立ちいることはなかった。

 

 ドラドは、空き地のまん中辺りに、裏返した酒だるを椅子代わりに腰かけていた。

 その周りでは、しょさいなげな子分たちが四五人、思い思いの姿勢でその時を待っていた。そんな取りまき達の中には、いっぱしの冒険者としてギルドへ出入りしている顔もあった。


 やがて、大通りへ続く裏道から、テトル少年と二人の少女が姿を現した。

 ドラドは、期待どおり少女たちがやって来たことに、心の内で喜びの声を上げた。万が一荒事になったとき、一番厄介そうなのが大楯を持つ少年だったが、手下の一人に言づけさせた通り、その少年の姿が見えないのも彼を上機嫌にさせた。


「おい、テトル、てめえごときがドラドさんを待たてんじゃねえぞ!」


 先ほどテトルたちと会ったばかりの、イタチを思わせる顔の小男が、いまいましげな口調で言葉を投げかけた。


「こんにちは、ドラドさん」


 少年の挨拶は、いつもと違っていた。

 その声に、これまでのような怯えがなかったのだ。


「テトルよ、今日はいつものようにびくびくしねえのか?」


 座っていた樽からドラドがその巨体を起す、古びた樽がミシリと音を立てた。

 

「俺たちも暇じゃねえんだ。出すもの出したら、その小娘二人を置いてさっさと消えちまいな」


「出すモノってなんですか?」


「ばっきゃろう! そんなもん決まってるじゃねえか!」

 

「いえいえ、決まってるって言われましても、なにかわからないモノは出せませんよ」


「てめえ、ふざけてんのか? 今まで何回この場所でやりとりしたと思ってんだ!」

 

 ドラドの目が、次第に吊りあがっていく。

 顔が赤くなった彼は、二つ名どおりオーガさながらだ。

 体格の違いでみると、テトルの方は、さしずめノーム土妖精といったところか。


「ええっと、ここでお会いした回数ですか? 確か、二週間に一度くらいでしたか。去年の夏からですから、ここでお目にかかったのは、十五回くらいでしょうか? いや、十六回は会ってるかな。ちょっと待てよ、十七回かもしれない。ひょっとすると――」


「やっ、やかましい! てめえ、なにふざけたこと抜かしてんだ! ぐだぐだ言ってねえで、とっとと出すもの出しゃいいんだよ!」


 両手を挙げたまま、大股でテトルに近づいてきたドラドは、今にもつかみかからんばかりだ。

 それを見たドラドの子分たちも、慣れた動きで距離を詰めてくる。

 当然、テトルの後ろに立っている二人の少女、タウネとニャウまでも追いつめられる形となった。

 彼女たちの後ろは、大通へと続く裏通りが口を開けているのだが、たとえ逃げたとしても、大通りまでたどりつく前にドラドとその子分たちに追いつかれてしまうだろう。


「ですからね、なにを出せばいいんでしょうか、ドラドさん?」


「ふざけんな! 金だよ、金! 依頼達成でもらった金の三割を俺に払うことになってただろうが! なんなら、今日から四割、いや五割にしてやってもいいんだぜ?」


「ああ、お金のことですか。あっ、そうだ! 冒険者ギルドで依頼達成の報酬でもらったお金の三割でしたよね! そうだ! 一割でも二割でもなく三割のでした」


 テトルは、『お金』というところをことさら大きな声で口にした。

 いや、それはもう叫んだといった方がいいだろう。


「てめえ、ナメんなよ!」


 堪忍袋の緒が切れたドラドが、叫びながらテトルへ跳びかかった。


「ニャウ、今だ!」


 あらかじめ心の準備ができていたテトルは、ドラドの動きに合わせ、さっと後ろへ下がった。

 大男のでっかい手が、すかっと宙をつかむ。

 テトルの天職【剣士】が持つ回避系スキル【バックステップ】が見事に決まったのだ。

 ここのところローガンに鍛えてもらっていた成果が十分に発揮されたようだ。


「ミャン、ナウ、すぐ来て!」


 つかむものを失い、前のめりになったドラド。

 その顔をまばゆい光が包んだ。

 光はくにゃりと形を変え、黒と白二匹の小動物となった。

 ニャウが絶妙のタイミングで子猫たちを呼びだしたのだ。


「ミャン、ナウ、やっておしまい!」


 なぜか時代がかったご主人様のセリフに、子猫たちは忠実に応えた。


 バリバリバリ

 ガリガリガリ


「ぐあっ!」


 猫が現れるときの光によって視覚を奪われたうえ、目といわず口といわず、またたくまに顔中を鋭い爪でかきむしられたドラドは、さすがにたまらず地面へ倒れこんだ。

 自分たちの仕事を終えたと思ったのか、ミャンとナウは、すでにニャウの足元にすり寄っている。

 

 だが、ニャウたちの相手はドラド一人だけではない。

 駆けつけた子分たちは、一番戦闘力のあるドラドがあっという間に倒されたことでわずかな間ひるんだだけで、すぐニャウとタウネへと襲いかかった。

 少年少女のうち、一番強そうなテトルを避けているところなど、ずる賢いというか、いかにも下っ端らしい。


 だが、彼らは大きな思いちがいをしていた。

 少女たちは、黙って襲われるだけの弱者ではなかったのだ。

 ニャウとタウネは、腰に着けているポーション用のポーチから、小瓶をとりだすと、ドラドの子分たち目がけて中身の液体を振りまいた。


「痛え! なんだこりゃ! 目が開けられねえ!」

「目がっ、前が見えねえ!」

「ひい、しみるー!」


 小瓶の中の液体は、東の草原から採ってきた雑草を煮だしたものだ。

 ゴブリンが魔物避けに使うというそれには、強烈な刺激成分が含まれていた。

 五人ほどいた子分は全員が顔を手で押さえ、地べたでのたうち回っている。


 そのためニャウたちに油断が生まれたのか、急に立ちあがり走りだしたドラドを止ことができなかった。


「あっ、ドラドが逃げちゃう!」

「テトルにい、なんとかならない?」

「くっ、アイツの方が足が速いから追いつくのは無理だよ」


 テトル、ニャウ、タウネの三人は、遠ざかるドラドの背中を指をくわえて見おくるしかなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る