22 ローマ帝国(2)

ミサ〉 さて、カエサルの後継者オクタウィアヌス(アウグストゥス)の後は、カリグラ(在位37-41)とかネロ(在位54-68)とか、悪い意味で有名な皇帝が出たりしつつも、ローマは最盛期、いわゆる五賢帝の時代を迎えることになる。とりわけ「最善の元首」なる称号を得たトラヤヌス帝(在位98-117)のとき、ローマ帝国は最大版図になっている。

 ちなみに、このトラヤヌス、貧しい子どもたちのために育英基金を設立したり、貧民救済のために生活必需品を支給したり、これは後で説明するけれど、剣闘士の興行を数多く開催するなど民衆娯楽の提供も盛大にした。トラヤヌス浴場もつくった。


我聞〉 おー、〈与える権力〉だ!


ミサ〉 うむ。そうそう、冴えてきたな。

 広く市民に大盤振る舞いをする皇帝とか、富裕層、有力者の出資というのは、ローマでは普通のことだった。そういうことをするからこそ、支持が集まり、人気も出て、選挙したら勝てるようにもなるんだよ。

 実際、ローマには「政治を行う者は権威をもって統治せよ」という言葉があるくらい、為政者には「アウクトリタス」すなわち「権威」が求められた。

 で、この「権威」というものの中身なんだが、もちろん財産や家柄もあるんだが、なんといっても戦争に勝つこと、武勲、カリスマ性が柱だった。さらには、振る舞いや立派な体格といったものまで含まれる(1)じつに幅広だ。

 我思うに、この「権威」というやつこそ、〈与える権力〉だろうよ。戦争に勝つということはな、すなわち我らローマに勝利をもたらすってことなんだし、派手に大盤振る舞いして評判を上げていったカエサルのように、〈与える権力〉こそ「権威」の源泉だろう。

 ちなみに、なにも大盤振る舞いしてくれるのは最高権力者だけじゃなく、さっきも言ったとおり、広く富裕層がやっていたよ。円形闘技場をつくったり、図書館をつくったり、道路を整備したり、水道つくったりと、じつに様々、今でいう公共事業的なことをしている。建造物には名前が刻まれたし、それは後世に名を残すことでもあった。

 つまり、〈与える権力〉をもってるからこそ、下々の上に立てるわけだ。あるいは、人の上に立つ者はなぁ、〈与える権力〉を行使しないといけないのさ。ケチくさいと嫌われる。


我聞〉 なるほど、この時代はまだまだ〈与える権力〉が前面に出てるんですね。


ミサ〉 そう思うよ。

 さてと、「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」なんて呼ばれた五賢帝の時代も終わり、しばらくすると、今度は後の歴史家から「三世紀の危機」なんて呼ばれることになった「軍人皇帝時代」という、厄介なシーズンが到来する。

 ところで、我はこの軍人皇帝時代に注目したいのだ。

 まず、235年、イタリア出身ではない、ローマ帝国属州出身のたたき上げ軍人、マクシミヌス(在位235-238:元老院議員ではなく騎士身分・軍事職から皇帝になった最初の人物。最期は配下に殺されてしまう)が皇帝になった。

で、以降、約50年の間に、めちゃたくさんの皇帝が立て続けに出現する。しかもたいてい軍人なのさ。まさに軍人皇帝時代と呼ばれる所以だな。

 この時代、帝国辺境を守備する軍団兵が、元老院の意向に忖度することなく、自分たちの司令官を勝手に皇帝に推戴していった。それまでは元老院議員の中から元老院の支持を得た人物が皇帝になっていたのにな。

 これら軍人皇帝のうち、一応元老院からも認められた正式な皇帝は26人。その他たくさんの僭称皇帝がいた。しかも、その正式な26人ですら、ほぼ天寿が全うできておらず、たいてい親衛隊やら配下の兵にブッ殺されるか、自死、あるいは戦死している。在位期間を平均すれば数年足らずだ。


我聞〉 う~ん、なんかヤバそうな空気ありますねぇ。


ミサ〉 当時、ローマ帝国の最前線は北方戦線と東方戦線で、北はゲルマン人、東はペルシアと対峙し、軍隊が派遣されていた。そのほかガリアなど属州でも反乱が起きていた。

 そんな中、繰り返しになるが、元老院など中央の有力者から支持を得て皇帝になっていく、という従来の成り上がりコースが霧散して、むしろ各地で、現地で、軍から擁立される体で(僭称も含めて)皇帝が誕生していくようになった。

 だから皇帝の出身地もイタリアではなくなり(イタリア出身の皇帝はすべて元老院議員の出)、戦地周辺、バルカン半島が多くなっていく。

 もっと言うと、皇帝の出自も、辿れば下層民だったりするようになる。皇帝の毛並みが一変してしまったのさ。


我聞〉 なるほど、まさに様変わり、ですね。


ミサ〉 もう少し細かくみると、古代ローマ史が専門の井上文則さんの受け売(2)だが、まず、235年から(ウァレリアヌスが即位する)253年にかけては、主に外敵の侵入が混乱要因で、皇帝が戦死することもあれば、討伐に軍功を挙げた地方の軍司令官が配下の支持を得て勝手に皇帝になってしまい、逆に正統な皇帝を撃破したりした、と言う。


我聞〉 え、正規の皇帝がなんちゃって皇帝に負けちゃう、ってことですか?


ミサ〉 これには、そもそもローマ帝国の体制に問題があったらしいね。中央にいる元老院議員の軍事的経験値が低すぎて無能で、争乱の中、在地の軍に力が集まっていき、かつ、そんな軍に支持されると誰でも皇帝になれてしまったことや、そんな新手の皇帝一派と対決しようにも、正規の皇帝、その足元にいた中央軍はあまりに脆弱で、兵力を割いてなかったらしい(むしろ兵力は前線に割いていた)。結果、反乱軍に中央軍が敗れてしまうのだ。


我聞〉 なんとまぁ。それなりに足元を手厚くしとかなきゃダメでしょ。


ミサ〉 だからウァレリアヌス(在位253-260)が皇帝になった頃から、それなりの改善がみられるようになる。

まず、外敵への効率的な対処を目指し、長子ガリエヌス(在位253-268)と帝国を東西にわけて分担統治するようになった。

 また、元老院議員に依存せず、つまりは出自や経歴ではなく実力をみて軍事的登用を行うようになり、同時に、中央機動軍を創設し、足元を厚くした。

 しかしだ、このウァレリアヌス、ペルシアと戦って負けちまい、捕まってしまうのだ。

 で、その後ゴタゴタがあり、すったもんだありまして、ローマ帝国の中からパルミア王国とガリア帝国が分離独立しちまい、天下三分ならぬ帝国三分となる。アウレリアヌス帝(在位270-275)が再統一したりするんだが、最終的に、軍人皇帝時代に幕を下ろしたのはディオクレティアヌス帝(在位284-305)だと言われている。

 ディオクレティアヌスは再度帝国の東西二分割統治を行い、その上でさらに、東西の正帝にそれぞれ副帝をつけた。結果、東西正副四人の皇帝で帝国を仕切る「テトラルキア」が実施された。また、属州を細分化し、帝国全土を十二の管区に再編した。文官と武官も切り分けるようにした。つまり、対外的な敵にせよ、対内的な反乱にせよ、しっかりと防衛できるよう体制を整えた、と言ってよいだろう。


我聞〉 なんか長々と話を聞いてるうちに、眠くなってしまいましたが・・・・・・


ミサ〉 すまんな、時間も時間だしな・・・・・・


我聞〉 まぁ要するに、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉の話に戻すと、軍人皇帝時代のローマでは、なんつーか、〈軍事的権力〉が突出しちゃった、って感じですかねぇ。


ミサ〉 そうなんだよ。〈軍事的権力〉だけがモノを言う時代になっちまった。で、いくら皇帝を名乗ろうと、弱ければな、次々とブッ殺されてしまう。

 挙句の果て、部下からもブッ殺されまくり。暗殺天国みたいな感じだよ、マジで。


我聞〉 皇帝に、なんつーか、絶対不可侵の神聖性は無かったんですかねぇ? ファラオとか、アステカ王みたいな・・・・・・


ミサ〉 皇帝が代替わりすると、先帝を神格化する慣わしがあったというが、ファラオやらアステカ王やら天皇陛下とかを概観してきた我らからするとなぁ・・・・・・ローマ皇帝の神聖性は今イチだと思わんか? なんだかなぁ、と思ってしまうぞ。そのへんはぜひ専門家の先生に尋ねてみたいところだな。


我聞〉 ですね。


ミサ〉 ところで、ディオクレティアヌスなんだが、そのへんに自覚があったのか、〈宗教的権力〉に係る政策を実施しているんだ。

 まず、ローマ古来の神々に対する信仰を人々に奨励した。その上で、自身は最高神ユピテルの子だとし、信仰を集めようとしていた。

 この点について、本村凌二さんが興味深い指摘をされているので、ちょっと長くなるが、引用してみよう。


【 神の子となったディオクレティアヌスは、金糸を織り込んだ絹の礼服を身にまとい、宝石で飾られた靴をはいて祝祭の場に登場し、臣下にはオリエント風の跪いて拝礼する謁見儀礼を要求しました。

 それまでのローマ皇帝は、あくまでも「プリンケプス(市民の第一人者)」であるというのが建前でした。これは明らかに「王」とは異なる存在です。皇帝を意味する「インペラトール」も、その語源は指揮権を持つ偉大な司令官(最高司令官)に過ぎません。

 つまりローマの皇帝は、市民の名簿で最初にくる者ではあるけれど、あくまでも市民の中のひとりに過ぎない、というのが原則だったのです。

 この原則に変化が生じたのは、実は五賢帝の時代です。

 五賢帝の時代の史料に、皇帝に対して人々が「ドミネ(domine)」と呼びかけていたという記述が見られるのです。

 ドミネの主格は「ドミヌス(dominus)」で主人を意味する言葉です。つまり、人々が皇帝に対して「ご主人様」と呼びかけていた、ということなのです。これは極端な言い方をすれば、それまで自分たちの中の第一人者であった皇帝と国民の関係が、ご主人様と奴隷の関係に変化したということです。

 こうした変化は、皇帝が「ドミヌスと呼べ」と命令して起きたわけではなく、五賢帝という平和な時代に民衆が皇帝の権威に対し、自然発生的にそう呼ぶようになったと考えられます。

 しかし、そうした皇帝の権威は、軍人皇帝時代に失われてしまいます。そういう意味では、ディオクレティアヌスは、失われた皇帝の権威を、自分を神の子とすることで取り戻そうとしたとも言えます。

 これは、とても大きな改革でした。なぜなら、それまでローマが、アウグストゥス以来ずっと、まがりなりにも守り続けてきた「共和政ローマ」という建前を、手放したということに他ならないからです。

 ディオクレティアヌスは、自らを「ドミヌス」と呼ぶように命じています。つまり彼は、明確な意思を持って、「ドミナトゥス(専制君主政)」の実現を目指したのです。(引用文献:前掲『教養としての「ローマ史」の読み方』P303-305) 】


 〈軍事的権力〉突出型の軍人皇帝時代に終止符を打つためにも、ディオクレティアヌスは〈宗教的権力〉をまとうべく、自身を「神の子」にした。


我聞〉 つまりこういうことですか? やっぱり〈軍事的権力〉を掌握するだけでは統治が安定しない。だから〈宗教的権力〉が欲しくなる、と。


ミサ〉 最初に語ったように、古代ローマではな、当初、〈政治的権力〉が皇帝、元老院、民会との間で分有されており、一本化していなかった。

 また、〈軍事的権力〉はあくまで非常事において、例外状態において、独裁官の手中に強大なものとして現出しはするが、平時に回帰すれば、独裁官の任期もまた終わる。

 〈宗教的権力〉はというと、ローマは多神教で、かつ人々は敬虔だったというが、特定の誰かが神々しい権威をまとって君臨していたわけではない。

 つまり、首長制社会とはまた一味違ったかたちで、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉が〈一者〉に集中していかないような仕組みができていたわけだ。


我聞〉 独裁者の出現を鬼嫌っていた、って言いましたよね。


ミサ〉 そうだ。見事なまでにストッパーがかかっていた。

 のち、皇帝が誕生し、帝政がスタートするわけだが、カエサルが反面教師となったか、元老院の〈政治的権力〉は低減していったにせよ、健在ではあり、潰されてはおらず、〈政治的権力〉は皇帝に一極集中するわけではない。

 また、その立ち位置は、一応は「市民の第一人者」であり、下々とは次元の異なる神様になったわけでもない。〈宗教的権力〉を一身にまとっているわけではない。

 なるほどたしかに皇帝は強大な権力をもっていたにせよ、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉を手中に収めた〈一者〉になっているわけではない。つまり、王権とは違う。

 で、いま話した軍人皇帝時代だが、このときは終わらない争乱の渦中で〈軍事的権力〉が突出してくる。ところが、だ。〈軍事的権力〉というのは長続きしない。だから皇帝は自身を神格化するなどし、〈宗教的権力〉を身にまとおうとしたりした。


我聞〉 で、結局どうなるんですか?


ミサ〉 ローマ帝国、厳密に言うと、西ローマ帝国は滅びに向かう。

 ただ、それについて語る前に、ここで少し付言しておこう。

 〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉が〈一者〉に集中するとき、王権が誕生し、かつ同時に、強力な中央集権的国家が誕生する。

 これまで「国家とはなにか?」について議論してきたが、国家なるものが生成していく、それは一つのパターンだろうよ。

 ただし、この場合、〈一者〉というのは独裁的だ。「そんな〈一者〉なんていらねぇ、ゴメンだぜ!」となると、それとは違ったかたちで、国家的なものが立ち上がってこれないのか? ってな疑問もでてくるだろう。

 答えは、ローマ帝国をみよ、だ。普通に立ち上がってきているね。

 となると、ここでちょっと立ち止まり、ローマ帝国もまた国家の類だとするなら、それは王権=中央集権国家とは異なっているわけで、それ、いったい、どんなふうな仕組みになってんの? ってな「?」も沸くだろう。

 そのへんについて概観してから、滅び、について言及していくことにしよう。





1 本村凌二『はじめて読む人のローマ史1200年』祥伝社、2014:P116-117


2 井上文則『軍人皇帝時代のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡』

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