第5話 ぼくたちは眠りにつく

「完全にゾンビになっちゃったら、あなたのことを襲うのかしら」


「その時に、まだ僕が完全にゾンビじゃなかったら、きっとね。ゾンビ同士は共食いしないみたいだから」


「……そう」


「苦しいかな」


「いや、きっと苦しくないよ。もうあまり感覚がないし。むしろ僕が先に君を襲ったらごめん」


「……うん。それはちょっと怖い。でもいいよ。食べられるのがあなたなら。優しくしてね」


「うん。わかった。出来るだけ」


 彼女の目はどこかうつろになっていた。その瞳にうつっている画面は、どの程度見えているのだろう。


「脳みそ、美味しいのかな」


「どうなんだろうね。僕もまだ食べたことはないし。食べる頃には美味しいとか考えることも出来ないんだろうね」


「意識のあるうちに一度くらい食べておくべきだったかな……」


「お嬢さん、不謹慎ですよ」


「ふふふ、ゾンビですから」




 僕たちはゾンビになってからも、しばらくは眠りについた。


 眠くなるから寝る、というわけではない。睡眠欲というものは、いつの間にかほとんどなくなってしまった。それでも僕たちは夜が更けてきたらベットに入ることにしていた。そうやって生きていたころの習慣を忘れたくなかっただけなのかもしれない。実際、意識が全くなくならないまま朝をむかえることも珍しくなかった。しかしそうやって横になると、ごくまれにだけれど、僕は夢を見ることがあった。


 大抵は悪夢だ。ゾンビに襲われて食べられる夢。僕自身が誰かに襲いかかる夢。相手は見知らぬ誰かであったこともあるし、彼女であったこともある。どちらにしても後味の良い物ではなかった。

 でも全部がそういう悪い夢だけじゃない。彼女との楽しかった思い出が出てくることもあった。僕たちはきっとクリスマスまで正気を保っていることはできないだろう。それどころか、次の瞬間にはもう人間ではないかもしれない。だから体が、最後の力を振りしぼって、脳にたまっていたキレイな記憶を、……楽しかった彼女との大切な記憶を、僕に見せてくれているのかもしれない。いわゆる「走馬灯そうまとう」というやつなのだろう。僕がいつ死んでもいいように、神様が少しはやくお目こぼしをくれているのだ。

 彼女との夢を見れた日は、このまま目が覚めなければいいのに、と思いながら、ゆっくりと目を開ける。


 ああ――、僕は今日もまだ生きている。

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