第18話 あの日と同じ文字!?

かなえはその日の夜、久々に『ことだま』へ足を運んでいた。今日は火曜日だ。


暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

どうやらそれは、ラーメン屋らしかった。

それはこれまでと同じ光景で、奇妙な店は同じ場所に今も存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。それはとても懐かしい気がした。

店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊の新しいノートとボールペンが置かれていた。


ウソ!!新しいノート!!!


かなえに衝撃が走った。


奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

お馴染みの光景だった。

かなえは急いでテレビの横の席に座った。

慌てて新しいノートを開く。

そこには“文字”が書かれていた。


『結婚するって約束したのに。どうして、僕ではいけなかったのだろうか。』


!!!

鋤柄さん……の“文字”じゃない!!!

筆跡が違った。鋤柄さんの“文字”ではなかった。

でも、この“文字”を知っているような気もする。


よかった、鋤柄さんが結婚するわけではない。わたしはホッとした。

ん?それもおかしい。そもそも鋤柄さんが既婚者かどうかわたしは知らない。

え、もし既婚者だったらどうしよう!!!

不倫じゃん!?

肩身の狭いプリンじゃん!?

いや待て、わたしは鋤柄さんの本当の名前も顔も歳も何も知らない。

わたしが知ってるのは、鋤柄さんの“文字”だけ。

少なくとも今このノートに書かれた“文字”が、鋤柄さんのものではないということだけが明確だった。


ふと、かなえはテレビに目をやった。


「何これ!?」


テレビでは、『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。


  ×  ×  ×


エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表はシオンでお届けする」


アルマ「シオンは人間代表といっても、改造人間じゃない!!」


シオン「思考は人間だ!誰のせいで改造人間になったと思っている!!」


アルマ「あら、それはあなたが勝手に改造したんじゃない。気持ち悪い!!」


シオン「なんだと!!」


エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。生まれた時から結婚相手が決まっている怪人と、自分の意思で選ぶこともできる人間。どちらが素晴らしい生き方か」


アルマ「配偶者が決まっている方が、配偶者を探すために血眼になってやる婚活という無駄な時間を、全て省くことができます。そして少子化だって防げるのではないでしょうか?恋愛という無駄な時間は本当に必要ですか?」


シオン「恋愛の素晴らしさを知らないから、アルマはそんなことを言うんだ」


アルマ「でも、人間の恋愛と結婚は違うと聞きますが?」


シオン「それは、そうかもしれないが……」


アルマ「それに、怪人調べでは、人間の中では配偶者が決まっていた方がいいと思っている者もいるようです」


シオン「それは、その……」


エモーション「おっと?これは人間、押され気味か?」


シオン「いや、そもそも司会が怪人って、この番組は怪人に寄り過ぎてるだろ!」


アルマ「シオンが人間っていってもね?どうせ、改造人間だしね?」


シオン「だから、あくまでも思考は人間だ!」


  ×  ×  ×


何これ……

これは、戦隊モノの新シリーズ!?

いや、戦隊モノではなくて、もはや怪人モノ??

ドラマでもなく、討論番組に!?

配偶者が決まっていれば、無駄はない。

でも、この恋のときめきを知らないで死んでいくことになる。

それで本当にいいのか?まぁ、わたしが言えることじゃないんだけど。

怪人は、いろんな感情を持つ人間が羨ましかったのではないのか……。


嘗て、婚活パーティーで出会った大河原さんに言われたことを度々思い出す。

“かなえさんは、結婚するために恋愛は必要だと思ってるんですね”

恋愛は、必要ないんだろうか?

少なくとも必要ないと思っている人間は、婚活パーティーに通うのではないだろうか。

それも、違うのか?


かなえはノートの“文字”を見つめ、ボールペンを手に取ると、返信でもするように“文字”を書いた。


『愛する人を失ったという。でも、愛する人がいただけでも君は十分幸せだったんじゃないのか?』


それは、かなえが初めて『ことだま』でノートを開いた時に“鋤柄直樹(仮)”が書いていた“文字”だった。

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