人生ざんまい

門前払 勝無

第1話

「人生ざんまい」


 黒いビニール袋を持って最近太り始めてきた嫁に見送られて高校生の娘と家を出る。

 娘とバス停まで一緒に行って自分は駅に向かう。満員電車に揺られながらビルの隙間に輝く朝陽を眺める。


 新橋駅から五分位の雑居ビルが…元職場の電子機器メーカーの事務所、モリビルを見上げる公園のいつものベンチに向かう。


 定年退職を目の前に早期退職、つまりリストラされたのである。

 鳩にエサをやりながら考えるのは、自分は昔何がしたかったのか、学生時代に何を夢見ていたのか、あの頃の自分は今の歳には何をしていると思っていたのか…昔の自分に謝罪しかない。


 夕方までプラプラと時間を潰して嫁の作ってくれた空の弁当箱が鞄の中で揺れてるのが虚しい。


 駅近くまで来ると目に入ったのが一軒の寿司屋であった。よく見るチェーン店だが何故か惹かれてしまった。一人前とビールを頼んで店内を見回す。活気のある店内は明るくて楽しそうに店員達が働いている。レジの片隅にアルバイト募集のチラシが貼ってあった。

 ビールを運んできた店員に「あの、アルバイトは何歳までですか?」と聞くと「やる気があれば何歳でもオッケーですよ」と店員は笑った。

 昔に親父に連れて行ってもらった寿司屋が明るくて憧れていた事を思い出した。


 もう一度頑張ってみるか……。


 会計を終えて店員に面接をお願いした。明日の午前中に時間を作ってもらえた。


 その夜ー。

 嫁と娘をリビングに呼んだ。

「実は…先月末で会社をリストラされてたんだ…ごめんな」

嫁と娘は黙っている。

「それで、明日新しい仕事の面接に行くことになった」

「仕事はなに?」

娘が不機嫌そうに言った。

「新橋の寿司屋で働きたいと思っている」

「寿司屋…社員?」

嫁が聞いてきた。

「いや、アルバイト」

「アルバイト…」

「ごめんな…」

それから沈黙の時間が流れた。


 嫁がおもむろに煙草を吸い始めた。

 嫁が煙草を吸っているなんて知らなかったが何も言えなかった。

「貴方が会社を辞めていたのは解ってたよ…どうするのか見てたの、貴方が決めたことなら私は応援するからね」

「恵美子…」

「アタシもお父さんがやりたいなら良いと思う!あ、そろそろ彼氏が迎えに来るから行くね!」

時計を見ると十時を過ぎていた。そして、マンション周辺には暴走族の爆音が響き始めた。

「彼氏ってこの音の人達か?」

「うん!いってくるね!お寿司屋さんに慣れたらママと一緒に食べに行くよ!」

「聡君によろしくね!またご飯食べに来なさいって言っておいてね」

「うん!行ってきます」

「え?彼氏はウチに来てるのか?」

「そうよ、良い子よ」

「そっかぁ…そっかぁ…」

缶ビールを冷蔵庫にとりにいった。


 嫁が煙草を吸っていたー。

 娘の彼氏が暴走族ー。

 知らなかった…だが、自分も家族に会社をリストラされていたことをないしょにしていた。複雑だがなんだか前向きになれた。


 数ヶ月後ー。

 夕方五時ー新橋の本番である。

 繁華街は疲れたサラリーマン達の遊戯場で心が無礼講に慣れる場所、自分は新橋が大好きだ。

 これからもここで働ける喜びに浸っていると、嫁と娘が店に入ってきた。


 へい!いらっしゃい!


おわり

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人生ざんまい 門前払 勝無 @kaburemono

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