ウィズTOKIOの時代

鰐人

with TOKIO system


 チェーンソーで樹木を切る。

 炭焼きの原木にするために。

『ちょっとズレてる』と、左腕に身に着けたTOKIO端末が言う。『反対側に作った切り込みと、並行になるように。そうやって倒れる方向をコントロールする。今は手前に傾いてる』

 TOKIOのアドバイスを基に、自分なりに修正してみる。

「こんな感じ?」

『そうそう、ええ感じ』

 僕は樹を切り進め、やがて樹が倒れて、大きな音を立てる。僕はチェーンソーを止め、降ろして、厳つい作業用手袋を外して、額の汗をぬぐう。

『ちなみにそれはクヌギやで。今集めてるコナラはあっち』

「先言ってくれよ!」

『甘い甘い、自分で見分けられるようにならなあかんで』

 この野郎、と僕は端末に文句を言う。TOKIOは親切じゃない。助言も指導もしてくれるが、全て教えてくれるわけじゃない。習うより慣れろ。百の言葉より一の経験。そんな思想らしいこのシステムは、時に人を突き放して、失敗を味合わせたりもする。でもそれが優しさの裏返しであることを、僕らは知っている。

『もう少しで日ぃくれるからその前に帰りや。3000歩以内で』

「無茶言うなよ」


 ***


 かつてこの国は、ものづくり大国と呼ばれた。

 そして23世紀の現在。この国はものづくり大国だ。今もなお。

 歴史と伝統あるものづくり。人の手によるものづくり。産業の大部分がオートメーションマスプロダクションに移行し、あらゆる製品がほとんど人の手を介さずに、圧倒的な低コストで入手できるようになった今でも。僕らは汗をかいて、わざわざ自分たちの手でものを作っている。

 何のために?

 伝統の継承。

 機械に依らない、持続可能なライフサイクルの実現。

 温かみのある社会の構築。

 いろいろな理由をつけて説明されたりするけれど、僕が思っているのはもっとシンプルな理由だ。

 楽しいから。

 自分の手を動かして、実際にものを作るのは、本当に楽しい。一度うまくいかなくたって、何度も試行錯誤を重ねて、やっと成功した時の喜びは、他の何にも代えがたい。だからこの国の多くの人は、なにかしらものを作っては、売り出したり交換したりして過ごしている。僕の炭焼きもそう。生活インフラが自動化されて労働工数が減った分生まれた余暇を、結局ものづくり作業に使っているわけだ。独特な文化だね。ほかの国の人はよくそう言う。良いもんだよ、と僕らは返す。徐々にいいものを作れるようになって、自分が成長してるってことを実感できるのは。

 そして、そんなこの国独自の文化を支えているのが、TOKIO。

 あらゆるものづくりの技術を収集し、そして伝承する基幹システム。

 蓄積された莫大な量の技術データがTOKIOであり、技術データを整理し編集するシステムがTOKIOであり、そしてその技術データを人に伝えるユーザーインターフェースがTOKIOだ。インターネットに接続できる場所ならどこでも、僕らはTOKIOに自由にアクセスでき、自由にTOKIOからレクチャーを受けることができる。そしてTOKIOは、僕らから新たにデータを収集して、更に技術を改善していく。この双方向の改善システムこそがTOKIOだ。

 このシステムのおかげで、何に弟子入りしているわけでもない僕も、重機を操作したり、樹を切ったり、炭を作ったり、美味い料理を作ったり、ヌタウナギを干したりできるわけだ。

 十分な人手と時間を用意できるのなら、TOKIOがあればなんだってできるだろう。畑を作ったり、池を作ったり、家を作ったり、島を作ったり、村を作ったり。

 一から国を作ることだって、もしかしたら。


 ***


 そもそもの始まり。

 TOKIOはかつて、5人のアイドルだったらしい。

 アイドルがどういう経緯でこうなったのか、ちょっとサッパリわからない。


 ***


 TOKIOユーザーインターフェースの疑似人格。複数いて、それぞれ得意分野があるようだ。気が良くて親しみやすく農林業に強いリーダーを筆頭に、初代組といわれるコクブン、マツオカ。他に何人も。何十人も。果ては水面を揺蕩うことだけが得意なアヒル隊長まで。隊長?


 ***


 ここしばらく、人類の進歩は停滞しているらしい。

 資源の限界だか、資本主義の限界だか、肉体の限界だか、知能の限界だか、通信トラフィック量の限界だか、計算量の限界だか。技術はここにきて足踏みしている。地球と宇宙の壁か、物質と情報の壁か、そんな分厚い壁を前にして。

『それでも、それだからこそ、TOKIOは活動を続けよう』

 TOKIOの疑似人格たちは、そう意見を表明した。

『我々は全てを記し、全てを伝えよう。人々が全てを知り、全てを使うのを助けよう。人々が前に歩こうとする限り、我々は共に歩こう。共に生きよう。船を共に漕いでいこう。見果てぬ地を共に拓こう』

 僕には正直、あまりピンとこない。

 人類がどこへ向かうのか、そしてTOKIOがどこへ向かうのか。

 だけど、TOKIOがいて、TOKIOが助けてくれるから、僕は今日も楽しく生きていくことができる。僕が手探りでやっている泥臭い作業も、TOKIOがデータを収集して、改善へと導いてくれる。少しずつ。だけど着実に。そしてそれは、TOKIOが必ず未来への礎にしてくれるのだ。どんな些細な進歩であっても。その事実は、僕の生きる実感ってやつを少し確かなものにしてくれる。少しずつでも前に進んでいる、そんな感覚を僕は確かめることができる。

 そしてTOKIOが積み重ねた、人々がみんなで積み重ねた小さな進歩が臨界まで溜まり切った時、進歩のブレイクスルーは訪れるのだろう。きっと人類は、次のステージへ進むんだろう。TOKIOとともに。

 TOKIO。僕らを支える基幹システム。

 そのおかげで、僕らは今日も前に進んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウィズTOKIOの時代 鰐人 @wani_jin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ