【三月二十七日 1315~1343】


 一分隊の隊員を乗せた支援船が近づいてくる。手には灰色のペンキとローラーが見える。これから艦首と艦尾部分の名前を消す作業が始まる。後方に停泊しているゆげしまの甲板では、支援船がやって来たのに合わせて十数名の乗員が並んだ。そして、その中には当たり前のように混ざっている弓哉の姿が見えた。最後まで見守ってくれるらしい。

「律儀だな」

俺が呑気に笑っている間にもに、どんどんと消されていく。途中、軍港めぐりの観光船が通り、波が立ち少々やりにくそうである。なんだかちょっと申し訳ない気分だ。艦尾の『まえじま』が消えると、支援船はそそくさと艦首の方へ移動する。俺も支援船について艦首へと向かう。砲の外されたそこはひどく殺風景で落ち着かない。三年連れ添った『729』の三つの数字もローラーで丁寧に消されていく。

「さびしいな」

 わずか三十分足らずで【掃海管制艇まえじま】の目印はこの世から消えてなくなてしまった。改めて自分ではなくなった船の顔でも見てやろうと舳先へと大きく一歩踏み出す。靴の裏から伝わる砂利の感触に思わず下を見る。


【MCL729MAEJIMA】


「……ああ、そうだったな」

足元には最期の夏に乗員が施したサンドアート。それだけがこの船が【まえじま】だったという最後の証だった。

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