【三月二十五日】

 男子高校生の部室を煮詰めたようなこの建物。建てられたのは第二次世界大戦よりも前だという。修繕に修繕を重ね時々増築を繰り返しながら今日こんにちまで、むさくるしい男たちの寝床となっている。

広い玄関で適当にスリッパを引っ掛けて散歩にでた。少し前まで三寒四温で春と冬を行ったり来たりしていたが、最近は運動すれば少し汗ばむような陽気になった。【道】のあちこちに植えられている桜の蕾も濃い紅色で、まるでいつ咲いてやろうかと【鳥】たちと相談しているようだ。

「花見、無理かなあ」

 ボソリと呟けば、いつも近くにいる小さな【魚】が一匹足にまとわりつく。まるで可哀想な者を慰めるような仕草だ。

「まあ、去年も見たしなー」

 花が見たいというよりは、それに付随する飲み会がしたいという思いの方が強い。しかたがない、おっさんだもの。ふと下を見ると先程まで足の周りを回っていた【魚】がいない。不思議に思い顔を上げれば目の前に黒い物……先ほどの【魚】だ。【魚】はついついと空を泳いで桜の枝に止まる。【鳥】の真似事のような仕草はなんともちぐはぐでとても愛らしい。

「お前らって本当に変だよな」

 笑ってやれば【魚】は興味がないように尾びれを振って見せる。もう一度笑えば【魚】が尾びれを再び振る。すると何処からともなく別の【魚】がやってきて、チョンと枝に止まった。そして二匹に増えた【魚】が尾びれを振れば、また【魚】がやってきて……そうしてあれよあれよという間に桜は【魚】で満開になってしまった。真っ黒な桜という珍妙な光景と、【魚】にまで気を使われたという事実が相まって可笑しな気分になってくる。

「なんだこれ」


 老い先短い我が身に降りかかるは【魚】の雨。


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