第15話 ここで、前と同じことをやり始めたハナシ

「それは確かなのか?」

「確証はないよ。でも、確信してる」

「お前がか?」

「そう。僕だけ」

 手札のないわたしは敢えてばか正直に打ち明けた。彼なら耳を貸してくれるという甘えもあったかもしれない。

「・・・」

 アレクロスはしばし考え込むも腹は決まっていたよようだ。

「何をすればいい?」

「ありがとう。とりあえずこの後は二階に戻って、下が騒がしくなっても降りてこないようにして。部屋に鍵があるなら掛けておいた方がいい」

「わかった」

「ネイスの部屋に灯りはある?」

「これと同じものがあるが、今は消している」

「じゃあ、それを使わせてもらうよ。火つけるものは?」

「これを使え」

 と、アレクロスは懐から小さな紙箱を出す。こちらこの世界にもマッチはあるようだ。

「武器はいるのか?」

 と、彼はキッチンの戸棚を示した。おそらくナイフや包丁がそこにしまってあるのだろう。

「そういうのは使いたくないからいいよ。代わりと言っては何だけど…」

「何だ?」

「薬棚の中に相手を気絶させるような薬品はないかな。ああ、万一間違えて持ち出すことがないように聞いておきたいんだけどね」

 あからさまに可笑しい建前ではあるが、医師である彼に、劇物を素人に渡すという行為はさせたくはなかった。

「そんなことしないでいい。お前を信じると決めたんだ」

 案の定、彼はお見通しだった。

「戸棚の右下に、シヤロストンと書かれた瓶がある。麻酔の一種だが、原液は少量しみ込ませた布を顔に近づけただけでも意識が混濁する代物だ。一度そうなったら丸一日はまともに歩けなくなるから、素人が扱ったりするなよ」

「分かった」

「特に今日は戸棚のすぐ横の引き出しに鍵を入れっぱなしにしてるんだからな」

「気を付けるよ」

 感謝するよ、アレクロス。

 わたしは二階に戻る彼を見送った後、まず昼と同じ診察室に入り、薬棚の中からシヤロストンを取り出し、横の棚に積まれていた清潔な布を3枚程拝借した。

 次にネイスの病室へと入る。部屋の様子に変化はない。ネイスも今は落ち着いた表情で深く寝入っている。状態は安定しているようだが、今狙われれば一切の抵抗もできないだろう。

 わたしはまず室内にあるものを検めた。

 侵入経路は二つ。廊下に繋がるドアをベッドの横にある窓だ。

 ベッドの傍らには患者の私物をおくための小さな棚チェストがあり、その上に火の消えたランプが置かれている。診察または見舞客用の椅子が二つあり、部屋の隅には折り畳まれた間仕切りパーテーションが2組たてられている。床には衣服を入れる籠が置かれている。

 わたしはまず間仕切りのひとつを開きベッドのドア側の方に立てた。

 次に外に気を配りながら窓の鍵を開け、外からでも分かるぐらいに開け、カーテンを閉め切る。

 そして、ランプにマッチで火をつけ、上に自分の上着をかぶせ、かろうじてネイスの顔がぐらいに照らした。

 最後に間仕切りパーテーションを若干開き、下のすき間に隠れられるように角度を若干ずらしそこに潜り込んだ。

 手には布と蓋を少し緩めた薬の瓶。

 準備は完了した。

 間仕切りのすき間から、侵入経路として残した窓を横から見張る形となった。

 こっちでもまたこのような事をする羽目になるとはな。

 と、内心呆れながらも、高揚感を感じている自分に気づく。

 できれば、わたしのただの思い込みで終わればいいと、この場でも望んではいたが、残念ながらこの類いのわたしの予感は、必ず当たってしまうのだ。

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