第13話 ここで、最初に犯罪をした時のハナシ

 わたしは、まずベルトを抜き取りその強度を確かめた。のかは分からないが頑丈な革製だ。金具も傷んだところはない。こんな立派なもの凶器を取り上げずに牢にいれるとはな。

 鍵の入った机は1人用で小振りだ。上には、書物や書類の束が乗っているが、何とかなるだろう。引き出しにはゴルフボール程の摘みがあるが、金具とはサイズが合わないな。

 どうやら返却しないで正解だったようだ。わたしは、空になったカップの取ってにベルトを固定した。軽く投げる感触を確かめたのちに、格子の隙間から腕を出す。距離的には充分届くはずだ。

 わたしは、ベルトを持った腕を振るった。

 宙を舞ったベルトは机の方へと伸び、引き出しの摘みにカップが当たるも引っ掛からずに落ちてしまった。力加減は正確だと分かったわたしは、焦らずに今の調子を維持しながらベルトを振り続けた。

 程無くして、カップは摘みに見事引っ掛かった。わたしは落ちないようにベルトを固定しながら、ゆっくりとこちらへ引き寄せた。

 擦れる音を立てながら机がゆっくりと角度を変えながら引き寄せられていく。

--!

 角度が変わったせいで、カップは摘みから外れてしまったが、ここまで近づければ充分だろう。

 わたしは格子の隙間から今度は足を伸ばした。

 伸びきった足がちょうど摘みに届き、革製のブーツ-唯一残った閻魔様から支給品だ-に押しあてながら引いた。施錠されてない引き出しはあっさりと開き、そのまま床に落ちたそれを今度は踵に引っ掛けて引き寄せる。

 牢の鍵はすぐに見つかった。

 引き出しには他にいくつかの書類やインクの瓶。そして、空のホルスターがあった。ベルトとは質感が違う革で作られていた。さすがに銃をそのまま入れておく程杜撰ではないようだ。

 特に役立つ訳でもないし、そもそもわたしは使であったが、それも拝借することにした。腰の左側に装着してベルトを締め直し、違和感がないことを確かめると、牢の鍵を開けた。

「結局ここでも悪事に手を染めるとはな」

 脱獄を果たしたわたしは声に出して呟いていた。閻魔様はそこも見越しての人選を行ったのだろうか?その点においては間違いなかったと言えるな。

「さて…」

 わたしは事務所を出ようとしたが、ふと彼らが飲んでいたお茶に少し興味が引かれた。室内に特徴的な香りが残っていたからだ。しかし、これ以上罪を重ねる許可も得ず勝手に飲むのはよくないと判断し、改めて外へと出た。

 目指すは診療所だ。

 ア・トール亭、保安官事務所と歩いた距離や方角から、大体の位置関係は把握できていた。後は、自分の感覚を信じ、急ぐのみだった。

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