毎日投稿、始めます

 ハルタモカのはじめての動画は、これまでにないペースで再生されていて、公開後三日で三千回を上回っている。チャンネル登録者数も一気に百人ほど増えている。


 もしかすると、これはひょっとして。俺とモカはそれぞれの自宅で毎日カウントを見ながら、また増えた、また伸びた、とメッセージを送り合っている。

 コメントもちらほらと入っていて、モカが一生懸命返信をしている。


 モカの最古参ファンの、例のオオウザキモノミコトは、どうやら俺の参戦が面白くないらしい。

「モカちゃんの顔を見られるのを、待ってたよ!?」

 と、モカの顔出しにフガフガ言いつつ、

「でも、ハルタ君はモカちゃんに釣り合わないな!?」

 と、俺へのアンチもさっそく唱えている。それを見たとき、モカから、


「どうする?」

 と電話が入った。俺は、即答した。

「アンチも人気だ。むしろ、願ってもないな」

「うわ、頼もしい」

「当たり前だろ。俺はちょっとウザいくらいでちょうどいい。この勘違いジジイに代わりが務まるわけでもねえし、勝手に言わせておくさ」


 キモ神には、モカのふりをした俺から、

「見てくださってありがとうございます!これから二人でやっていくので、ハルタ君のこともよろしくお願いします!」

 と丁寧に返事をくれてやった。


 各種SNSも専用のアカウントを作り、こまめに更新した。二人の写真やそれぞれの日常の一コマを紹介したり、十秒の簡単な動画を上げると、それなりの反応がある。


 地盤が確実に出来てきている。それを感じた俺は、モカにある提案をした。

「もっと、本数を増やそう」

 電話ではない打ち合わせをしようということになり、俺はまたモカの部屋を訪ねている。

 喫茶店なんかを利用すればお金がかかるので、そのお金は撮影用に使いたいということでそうなった。


 モカの部屋はあのときとは比べ物にならないくらい綺麗に片付いていて、外出の予定がない日でも俺の来訪があるということで簡単な化粧をしていた。


「そやね、もっと本数増やそか」

「ああ、だけど、ただ増やすだけじゃない」

 モカの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

「毎日投稿」

 と、俺はその恐怖のワードを口にした。


 毎日動画がアップされれば、自然、人目につく機会が増える。チャンネル登録者には毎日何時になれば必ず俺たちの動画を観ることができると習慣化を促すことができるし、そうすれば口コミも広がりやすい。よく人が訪れ、よく回っているチャンネルには、ビューチューブ側からも自動再生時の誘導が多くなる。


「ハルタ君、編集大丈夫?追いつくの?」


 毎日投稿をするということは、それだけ頻繁に撮影をするということで、すなわち、それら全てを編集しなければならないということである。


 多くのトップビューチューバーが、毎日投稿に取り組んでいる。しかし、今なおそれを続けられているのは、俺の知る限りほんの数人しかいない。それほど、過酷な作業なのだ。


 エンターテイメントの受け手にとっては、ビューチューバーの裏の血ヘドを吐くような努力なんて関係ないとある大物が言っていた。毎日投稿も、より多くのファンをより多く楽しませたいという動機に対する手段でしかないのだ、と。


 まさしく、そうだろう。それで伸びるなら、多くの人の目に入るなら、血ヘドだろうが内臓だろうが何だって吐き出してやる。


「なにも、一生ってわけじゃない。モカさえよければ、やるよ」

「バイトもあるし。大丈夫なん?」

「上手くやる。まあ、任せて」


 とは言ったが、撮影頻度を増やす必要に応じてバイトのない日はひたすら撮影ということになり、これまでのように休日に編集というわけにはいかないだろう。

 バイトの日に、帰宅後、編集をする。それしかない。それはすなわち俺の睡眠時間を削るということに他ならず、モカはそのことを心配しているようだ。


 一本あたりの動画は短くてもいい。とにかく、継続することが肝心だ。だから、やる。それだけだ。

 さっそく、モカの部屋の中で、二人並んで正座をしてカメラを回す。ハルタモカの運営方法について視聴者に宣言と解説をする動画を作るためだ。


 せーの。

「やっほー、みんな息してる?ハルタモカです」

 二人揃った声。

「この前の動画で、コンビとしてやっていくことをお伝えしたんですけど、これから、僕たちは——」

 モカと視線を合わせる。察したモカが、息をひとつ吸う。

「——毎日投稿をしていきます!」

 ワンテンポ置いて、

「ハルタ君。ほんまに大丈夫なん?」

「おお、任せとけ。より多くの皆さんに楽しんでもらえるよう、頑張ります」

「毎日投稿やってるビューチューバーさん、みんな大変や大変やて言うてるけど、でも、みんなファンの人らに楽しんでもらいたいから、て口を揃えて言うもんな」

「そうなんですよ。京都の名所巡りを楽しみにしてくれてる人もちょっとずつ増えてきたかなと思うんで。それをメインにしながらね、他のテイストもどんどん取り入れていきたいなと」

 打ち合わせはしていない。モカが、キョトンとした顔をカメラに向ける。

「たとえば、俺がスマグラでモカをボコボコにするとか」


 スマグラというのはビューチューバーがよく取り上げている対戦ゲームで、この前モカの家を訪れたとき、床にコントローラーとテーブルの上にソフトのパッケージが転がっていたのを俺は記憶している。

「えー、嫌や。わたしめっちゃ弱いもん」

「奇遇だな。俺もだ」

「なんやねんな、それ」

「なるほどね。じゃあ、コンビニで一万円分買うてきたやつを、ハルタ君がひたすら食べるとかもアリやね」

「その企画、三回目で俺がこの部屋に入れなくなるぞ」

 と、俺は自分の腹を叩く。


「まあね、どんな企画が飛び出すかはお楽しみということでね、あ、そうだ、こんな企画やってほしい、とかあれば、俺たちのSNSまで意見ください!」

 と何もない空間を指さす。ちゃっかり編集でアカウントのIDを入れて宣伝するつもりだと察したモカも、同じようにする。


「ということで、これからのハルタモカ、よろしくお願いしまーす!」

 これで、一本。録画を停止したモカは、ふう、と一息ついた様子だが、まだまだここからだ。


「さ、モカ。スマグラしようぜ」

「まじで。ほんまに言うてんの?」

「今度の休みは西本願寺だろ?撮れるうちに、撮っとこうぜ」

「ハルタ君、ほんま行動力あるなあ」

 モカはゲーム機を起動させたが、ふと、

「コントローラー、一つしかないけど」

 と。


「俺を甘く見てもらっちゃあ、困るぜ」

 俺は自分のヨレヨレのリュックサックから、コントローラーを取り出す。今日、はじめからそのつもりで通販で安いやつを購入しておいたのだ。

「ヤバ。ほんま凄いわ」


 それから動画を回しながら二人でひたすら対戦した。ゲームの画面はゲーム機側に録画機能がある。今どきのゲームは、動画配信にも配慮されているらしい。

 大学生のとき以来だから、ボコボコにされたのはむしろ俺の方で、モカは意外と上手い。


「待てよ、今のは反則だろ!」

「ボーっとしてる方が悪いんやん!」

 こうしてると、ただツレの家でゲームをしているだけのようだ。いや、それがむしろいい。俺たちのこういう、をカメラが映すほど、視聴者には近しく感じられる。ビューチューバーが芸能人と違うのは、そういうところにもあるだろう。


 現実世界と同じく挙動不審な俺のキャラクターを、モカの操作するキャラクターが容赦なく攻撃する。そんなシーンでも、「※勝つためなら手段を選ばない女。」などとテロップを入れておけば、ひとつ笑いになる。

 俺はできるだけ残念な仕上がりの方がいいから、モカの方がゲームが上手いというのも悪くない。


 モカは我を忘れ、必死でコントローラーを鳴らしている。勝てばガッツポーズ、負ければソファに顔を埋める。カメラが回っていようがいまいが、彼女は変わらない。その様子を見れば、自ずとファンは増える。そう確信している。


 その奥にあったどん底の絶望も、今は感じられない。完全に消えたのか、隠しているのか。あるいは、まだそこにあるけれど本人が今は感じていないだけなのか。


 何でもいい。俺たちは、こうして、何かをして何かを良くしようと取り組めている。それを、見つけられている。

 見上げれば、きりがない。だが、見上げ続けなければ。

 やってやる。毎日投稿だろうが体を張った企画だろうが、何だって。

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