ガス人間が突風より注意すること

ちびまるフォイ

こんなに軽いならどこへも行けそう

洗面所の鏡にはいつもの寝起きの顔ではなかった。


「なんだこれ……ガスか?」


自分の体のシルエットに合わせたガスがそこには映っていた。

ニュースを見ると、自分だけじゃなくすべての動物がガスになっているらしい。


人によって色はバラバラで、自分は紫のガスになっている。


「どおりで体が軽いわけだ」


ちょっとジャンプしただけでも天井に背中をぶつける。

まるで無重力のよう。


嬉しくなって外に出たとき、びゅうと春一番の突風が吹いてきた。


「うわぁ! か、からだが!!」


ガスの体は突風に運ばれて吹き飛ばされる。

まるで望んでない空の旅をさせられたあげく到着したのは見ず知らずの街。


「どこなんだよここ……」


次に風が吹いたら地球の裏側まで飛んでしまうかもしれない。

空気よりは重い自分の体なので、運悪く海の上だったらおしまいだ。


海水にガスの体が溶け込んで戻れなくなる。


「早く戻らないと……外は危険だ」


風が吹く気配を感じたらとっさに電柱の後ろに隠れたりして吹き飛ばされるのを避ける。

張り込み中の刑事よりも電柱の裏に隠れた気がする。


「はあ……はぁ……やっと見慣れた道に戻ってこれたぞ……」


風に飛ばされないようにちまちま進んでいたので時間はかかったが、

やっと自分の家につながる道へと戻ることができた。


自分の家というゴールが見えてきた。


そんなとき、街全体に聞こえるような声が聞こえた。



『〇〇町のみなさん、もうすぐ台風が直撃します。

 どなたも家の中に隠れてください』



「た、台風!?」


さっきまで風が吹いていたのに急に落ち着いたのはラッキーなんかではなく、台風が直撃する前の静けさだった。


台風なんか来たら電柱の後ろに隠れようとも意味はない。

電柱からはみ出ている肩が風でふっとばされるかもしれない。


かといって隠れられる場所なんて他にない。


「すみませーーん! 家に入れてください! 台風が去るまででいいんです!」


「よそをあたってくれ!」


見知らぬ家に突撃をしかけたがみんなに断られる。


自分のように風で運ばれて高層ビルの窓にぶつかって下の地面へと落下。

ひいてはこの街に到着するパターンが多いらしい。


そうなると、この緊急事態に取る行動も似通ったもので

家々を回っては避難所にさせてくれとせがむ人が後を耐えない。


ガスなので必要以上に接近してしまうとお互いの体が混ざり合ってしまい自分のシルエットが崩れる。

それを警戒して誰も家に入れてくれないのだ。


「や、やばい! もう来てる!!」


遠くの方で巻き上げられている木々が見えた。

強烈な台風に飲まれれば吹き飛ばされるどこではない。

五体満足で地上に戻れるかも怪しいものだ。


「どこか、どこかに避難する場所は……! こ、これだ!!!」


ワラにもすがる思いで見つけたのは捨てられた掃除機。

スイッチを押すと電池切れまぎわの弱々しさはあるがちゃんと動く。


「このなかに隠れれば……!」


ホースの先を自分の体にあてがいスイッチを押す。

一瞬だけぐんと体がひっぱられる感覚はあったが、気づけば掃除機の中に入っていた。


ガスの体は掃除機の内部にみちみちに収まっている。


タッチの差で台風がやってくると、掃除機もろとも巻き上げようとする。

掃除機には盗難防止チェーンで繋がれていたので浮きこそするが飛ばされはしない。


「お願いです……お願いです! なんとか壊れないでください!」


何度も浮きあげられては地面に叩きつける工程を繰り返す。

掃除機が壊れてしまえば中身の自分はたちまち吹き飛ばされる。


祈り続けること数時間。

掃除機の外がおとなしくなった。


「た、助かった……?」


おそるおそるホースを逆にたどって掃除機から這い出す。

外は木々をへし折り、散った花がそこら中にあった。


いくつもの爪痕を残して台風は去っていった。

残ったのはどこまでも広い青空。


『〇〇町のみなさん、台風は去りました! 台風は去りました!』


街中にひびく吉報にガス人間たちは大喜びで外に出た。

風のないおだやかな街で、ガスたちは混ざり合うことも気にせずお互いの幸運を喜びあった。


「よかったよかった。これでひと安心だ」


胸をなでおろし、一服しようとタバコに火をつけた。





一瞬のガス大爆発。そして地球上からすべての人間が蒸発した。

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