幕間5※マイラ視点

ハリー殿下にエスコートをしてもらいながら会場に入ると周りが一気に騒ついた。

全員が私達を見ている。しかし決して気持ちの良い視線ではない。

憎悪、唖然、好奇。

それらが入り混じったような不愉快な視線から逃げ出したかった。


中央付近まで歩いて立ち止まったハリー殿下は周りの視線も気にせずきょろきょろとあたりを見渡した。

おそらくアイリス様を探しているのだろう。

ふと壁際を見ると彼が探している人物がお酒を片手に見た事がない男性と立っていた。

誰だろう?

疑問に思っているとハリー殿下も彼女を見つけたようで大声を上げた。


「アイリス!どうして僕と入場しないんだ!」


その声に会場にいる貴族らしき人達が「なにを言っているのだ」という視線を見せた。

私を引き連れたハリー殿下はアイリス様に近づいていく。

私はどんどん顔が青ざめていった。

不味い。絶対に何かされる。


「王太子殿下」


アイリス様が呆れた顔をハリー殿下に向けた。

それを受けて彼は少しだけ動揺した様子を見せる。


「な、なんだ…」

「馬鹿じゃないですか」


ぴたりとハリー殿下の動きが止まる。

ば、馬鹿って言った。相手は王太子なのに、いくら婚約者でもそれは不敬罪になるのではないかと焦る。

 

「私が王太子妃の行う公務をする事は二度とありません。こちらに居る大好きな婚約者と幸せな家庭を築くのでもう放っておいてください」


きっぱりと言いきったアイリス様は隣に立っていた男性の手を握り締めて幸せそうに笑い合っていた。

どういう事?

アイリス様はハリー殿下の婚約者じゃないの?

動揺している私を他所にハリー殿下は顔を真っ赤にして怒り出した。


「ふざけるな!アイリスは僕の婚約者だぁ!返せよ!」


私に執着しているのかと思ったらアイリス様にも執着するハリー殿下。

この人がなにをしたいのか私にはさっぱり分からない。

アイリス様に掴みかかろうとしたハリー殿下を止めたのはアイリス様の隣に立っていた男性だった。

その人はハリー殿下の胸ぐらを掴み引き寄せる。


「ふざけてるのはお前だろ、このクソ王太子。散々アイリスに迷惑をかけてきた分際で彼女を物扱いとは良い度胸だな?」


怒りを含んだ低い声が会場に響き、静まる。

男性がアイリス様の為に怒っているのは明白だった。


「お前がアイリスを一度でも大切にした場面があったか?ないだろ?他の女性に懸想するし、公務はアイリスに任せきりで自分は遊びたい放題。お前のせいでアイリスの時間がどれだけ失われたと思っているんだ。これ以上、彼女を縛り付けるのはやめろ」


顔を青くさせるハリー殿下は男性を睨み付ける。しかしそれは平民の私が見ても怖くないくらい弱々しいものだ。


「お、お前、僕を誰だと…」

「アイリスを傷つけようとするクズだ」


ハリー殿下の首を絞めていた男性を止めたのはアイリス様だった。先程の飄々とした姿から一変して焦ったような表情を見せる彼女はきっと男性の事を心配しているのだろう。


「カイ、手を離して」

「でも」

「カイが怒ってくれただけで十分よ。だからもう離してあげて」


ほら、やっぱり男性を心配していた。

お互いを大切に思い合っている二人を目の前にして羨ましい気持ちになる。


その瞬間だった。会場の空気がガラリと変わったのは。

全員の視線は会場入り口に向かった。

国王陛下と王妃様が入場されたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る