第6話

「問題ないって…」


問題大ありだ。

貴族社会は一つの噂で家が潰れる事だってある。いくら公爵家や侯爵家だったとしても多くの貴族に睨まれたら一溜まりもないのだ。


「なんだ婚約出来ないって言うからもっと面倒な事情を抱えているのかと思ったのに」


カイは嬉しさを滲ませた声を出す。

かなり面倒な事情だと思うのだけど、何故そんなに余裕そうなのか不思議だ。


「その事情は置いておくとしてアイリスは僕と婚約したくない?」

「そんな事ないわ!貴方と結婚出来たらとても幸せだと思う」

「うん。僕も君と結婚出来たら幸せだ」


必死になって自分の気持ちを伝えれば嬉しそうに目を細めて手を握ってくるカイに頰が熱くなる。実際に赤くなっているかは分からないけど。


「だから婚約者になろう?」

「でも…」

「誰も僕達の不貞を疑ったりしないよ」


言い切れる根拠が聞きたい。

納得出来る理由であるならば私も彼を受け入れる事が出来る。


「私達の不貞が疑われない根拠を聞かせて」

「君の元婚約者が馬鹿だからだよ」


確かにハリーはあまり頭が良くないが仮にも王太子だ。次期国王相手に馬鹿と言うのはどうなのだろうか。


「あの王太子が平民の女生徒に惚れ込んでいる事は王城内でも噂になっているよ」

「そうなのですか?」


私が王城に通っていた時は聞かなかった。おそらく婚約者であった私に気を遣っていたのだろう。


「今回の婚約解消の件、王太子が不貞を働いたせいだと言われているからね」

「それは事実ね」


こちらは初恋を忘れて結婚しようと思っていたというのに彼は私を気遣う素振りすら見せなかった。

いつかは変わってくれるのではないかと思っていたが結局平民の女生徒に惚れ込む始末。改めて考えてみるとかなりふざけていますね。


「私も別の人に懸想していたから婚約解消はお互い様だったという事になりませんか?」

「ならないよ。王妃様が協力してくれる」


王妃様の登場に驚く。

もうハリー殿下の婚約者ではない私に協力するなんて思えないのだ。


「王妃様の作ったシナリオはこうだ」


幼い頃から私達が想い合っていた事も知らずに王妃様が引き離してしまった。

婚約者に選ばれた私は恋心を捨ててハリー殿下を好きになろうと努力したが結果裏切られてしまい傷付いたところにカイが現れて救ってもらう。

そして過去に捨てた気持ちが強くなって戻ってきた為、婚約成立。


「というものらしいよ」

「九割五分くらい事実じゃない」


ハリー殿下に裏切られたところで傷付きはしなかった。

別に彼の事は好きじゃなかったのだ。


「もしかしたら王妃様にはお見通しだったのかもね」

「あり得るわ…」


王妃様はハリー殿下とは違って優秀な人間だ。

ちょっと私に対する愛情が強かったがそれでも義母になる相手としては最高の人だった。


「事実であろうとなかろうと王妃様が言葉に出せば事実になるからね。誰も表立って批判なんて出来ないよ」

「そうかもしれないけど…」

「それにハリー殿下のアイリスに対する態度はみんなが知っている。殿下が愛想を尽かされたところで誰もアイリスを責める事など出来ない」


問題ない…のかしら。それなら私はカイと結婚がしたい。

彼とだったら幸せな家庭を築けると思う。

なにより大好きな相手と一緒にいたいのだ。


「アイリス、僕と婚約しよう?」


隣に座り手を握ってくるカイに寄り添って笑う。


「ええ。カイの事、大切にするわ」

「それは僕の台詞だよ。ずっと大切にする」


初めてのキスはローズティーの味がした。

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