第3話。ファーストコミュニケーション・バケーション2

「……何だ」


 とりあえず話が進みそうにないので会長の要件を先に済ませることにする。何も会長の圧力、もとい頑なな態度に屈したわけではない。


「君と私の関係は他の子たちには秘密にしておいてほしいんだ」


 会長は真顔でそんなことを言う。しかしそれについては心配ない。


「こんな状況説明したところで信じる奴はどうかしてる。それに話す相手もいないしな」


 自嘲気味に断言する。それが自ら望んでのことであったとしても下手に同情されるよりかは幾分マシだ。


「そうかい? ならいいんだけどね」


 一人で勝手に納得しては微笑を浮かべる会長。どうやらそれで話は終わりらしい。止めていた箸を動かし始めては昼食を再開する。


 なるほど――。何に対しての納得かはよく分からないが、その勢いに押されて落ちかけた視線は、ギリギリ会長の膝の上であるところの弁当箱にて踏みとどまる。


「いやいや……、俺の話はまだ始まってすらいないぞ」


 しばらく眺めていた自身にも問題はあるのだが、流石にここまで一貫した姿勢を見せられては指摘するのも何だか憚られるというかなんというか。


「なんだい? そんなに大事な話だったのかい?」


 会長は弁当箱に視線を落としたまま至って興味なさげに聞いてくる。会長にとっては次に何を食べるかということのほうが余程大事なことなのだろう。


「いや……大事というかだな……」


「食べるかい?」


 会長の言葉に言い淀んでいるとおもむろに目の前へと差し出される卵焼き。


「いやいや……」


 正直美味そうだが別にそういう間柄でもないのでそれを理由に食べたりはしない。


「そうかい?」


 会長もそれは分かっているのか。あくまでも無理に勧めるような真似はしてこない。


「あぁ……いいよ」


 それで美味そうな卵焼きは会長の口の中へと消えていく。


「うん、おいしい」


 会長は当然のように満足気な表情をしている。


「いや……。それよりもだな……」


 頃合いを見ては軌道修正を図る。


 一向に会話のキャッチボールが始まらない。いや、始まったかと思いきや第一投からドッジボールが始まっているのだから噛み合わない。会長の変化球相手に気が付けば外野に立たされている。


 恐ろしい。会長のその手腕が恐ろしい。当初持ち合わせていた熱気もどこへやら。最早自分でもどうでもいいかなと思い始めているのだから尚恐ろしい。


「そういえば君、どこかであったことあるかい?」


 会長はそんなこちらの考えを見透かしたように、また突拍子もないことを言い出しては自身のペースへと引き込んでくる。


「そりゃおんなじ学校に通っている以上ない話じゃないだろ。それよりもだな」


「そういえば名前を聞いていなかったね」


「別に呼ぶような仲でもないだろ。それよりもだな」


「私の名前は――」


 そこで開きかけた口を思わず閉じてしまう。


「ふふっ」


「いやなんだよ」


 一度考えただけに普通に気になってしまったのだから仕方がない。


「気になるのかい?」


 会長はそんなこちらの反応をどこか面白がるように目を細めている。


「ったく……いやそんなことはどうでもいいんだ。それよりもだな」


「なら君は私のことを今後なんて呼ぶんだい?」


「……ちょっと待て。いま聞き逃したらダメな単語が入っていたような気がしたんだがそれは――」


「そんなことより明日も来てくれないと私は人知れず泣いてしまうかもしれない」


「いや待て、何のことだ。明日は休みだろ?」


 いやそんなことはどうでもいいんじゃないか? いいんだよな? 


 思考が加速度的に入り組んでは複雑な絡まりをみせている。


「はははっ、君は相変わらず面白いね」


「んあ?」

 

 相変わらず? 今、相変わらずといったか?


「お前まさか本当にどこかで……」


 会長はあからさまにどこかで見たことのあるような光景を再現するように手を合わせる。ごちそうさまと食後の挨拶を済ませては、包んだ弁当箱の結び目に指をひっかけ立ち上がる。


「やだなあ君は。もう忘れたのかい?」


 おもむろに振り返る会長。穏やかな眼差しでこちらを見下ろしては、どこまでも理路整然とした言葉を並べ立てる。


「昨日、会ったじゃないか――」


 ……は?


 会長は弁当箱を片手に歩き出し――。


「おっと、忘れていた」


 ポイッ――と。その場で華麗に百八十度回転しては、描かれた放物線と共に両手に冷たい感触を残していく。


「それじゃあまたよろしく頼むよ」


 会長は朗らかに笑い、そう一方的に告げては颯爽とその身を翻す。その後ろ姿は正に生徒会長然としていて――。


「野菜ジュース……」


 胸元の携帯があまり好きじゃないと静かに抗議している――。

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