人類を超越した不死身の大賢者が転生して普通の暮らしを所望する

逢坂こひる

第1話 人生のゴール

 人生のゴールと聞いて……何を思い浮かべるだろうか?


 ある人は結婚だったり、ある人は偉業を成し遂げることだったり、ある人はお金持ちになることだったり、ある人は日々つつがなく暮らすことだったり——人生の数だけ人生のゴールは存在するのだと思う。


 そして……自分が望んだゴールに辿り着けない者もいるだろう。

 ちなみに俺もその中の一人だ。


 俺の望んだゴールは家族や友人達と安穏に暮らす。ただそれだけのことだった。


 しかし、俺のたどり着いたゴールは——永遠の孤独だった。


 ……こんなはずじゃなかった。


 俺は人生を精一杯生きた。

 めっちゃ頑張って死ぬほど努力もした。

 死ぬほど努力しすぎて、死なない身体を手に入れた。

 世界の危機を何度も救ったし、人々の暮らしが豊かになるような魔法や魔道具も開発し、暁の賢者と呼ばれるまでになった。

 もうこれは、モテモテでウハウハな薔薇色の人生のゴールが待っているものだとばかり思っていた。


 だけど俺は——やり過ぎてしまった。


 ……人類を超越してしまった俺は、人々から畏怖いふされる存在となってしまったのだ。


 友達を作ろうにも、恋人を作ろうにも——


「暁の賢者様に私など……恐れ多いです」


 この言葉が常に付きまとい、俺を世界から隔離した。


 それでも俺はポジティブに考えた。

 死なない身体を手に入れたのだ……人々の記憶から忘れられた頃に人生をやり直そう。


 だが——甘かった。


 人々は俺のことを語り継いだ。

 俺の開発した魔道具により映像付きで語り継いだ。

 どれだけ時を経ても俺は畏怖の対象として存在し、人々の記憶から決して消える事はなかった。


 人々の暮らしを豊かにするようにと願いを込めて作った魔道具が、皮肉にも自分の首を絞めた。


 俺は考えた。


 もう……これは転生するしかないんじゃね?

 転生して人生やり直すしかないんじゃね?


 ——当時はまだ転生魔法は確立されていなかった。だが幸いにも時間だけはたっぷりとあった。


 俺は数えきれないほどの歳月をかけて……ついに転生魔法を完成させた。


 この転生魔法……失敗したら死ぬかもしれない。

 だけど、それはどうでもいいことだった。


 死んでしまえば永遠の牢獄から解放される。

 転生が成功すれば人生をやり直すことができる。


 どちらに転んでも俺にはメリットしかない。

 ——俺は転生魔法を実行した。



 *



 ——どれほどの時が流れたのだろう。


 次に覚醒したときは。


「ゼノ〜こっちにいらっしゃい」


 俺はゼノと呼ばれていた。

 転生は大成功だった。


 暁の賢者ジオ・ダスプリースト、つまり前世の俺が姿を消してから400年後の世界だった。


 ちなみに400年経った今も前世の俺のことは世界を救った伝説の暁の大賢者として語り継がれていた。

 もちろん映像付きでだ。

 

 新しい俺の名はゼノ・ウォーカー。

 辺境伯の四男として生を受けた。

 俺としての自我が覚醒したのは4歳の頃だった。


 貴族社会は気苦労が多い……本当なら平民が良かったのだが、贅沢は言ってられない。


 父親は名の通った剣士で、母親は名の通った魔術師で、俺は子どもの頃から剣術と魔術を叩き込まれた。


 ——それが結構大変だった。


 それもこれも前世の能力を全て引き継いでいたからだ。

 

 つまり——手加減。


 剣術は素人でも……前世で暴れ回った俺の身体能力は技術を凌駕する。

 兄達や父親相手に負けるのも一苦労だった。


 さらに苦労したのは魔術だ。

 初級魔法をどれだけ手加減しても、この時代の初級魔法としてはありえない威力になってしまうからだ。

 前世でも、俺の魔法の威力は突出していたが、ここまで初級魔法で驚かれることはなかった。

 この時代の魔法技術は前世よりも劣化しいるのかもしれない。


 そんな俺のことを魔術師の母親は暁の大賢者の再来だと言って、たいそう喜んだ。

 

 でも……それでは俺が困る。

 暁の賢者として生きていくのが辛くて……転生したのだから。


 早急に対策が必要だった。

 俺は家族の目を盗み、魔道具の開発に勤しんだ。


 もちろん魔法出力をコントロールするための魔道具を作るためだ。


 家族の目を盗みながらの作業だったので、思ったよりも時間がかかったが、なんとか魔道具の開発に成功した。


 その日を境に、俺の魔法は人並みの威力になった。

 魔術師の母親はたいそう悲しんだが、子どもの間は魔力が安定しないこともあるから、致し方なしと納得してくれた。


 ……今度は、普通の人生を送って、普通の幸せを掴むのだ。


 目指すゴールにたどり着くまで、つまづく訳にはいかない。


 *


 ——さらに歳月は流れ、俺は15歳になった。

 俺は母親の強い要望で、王都の魔法アカデミーの入学試験を受けることになっていた。


 目立つから護衛はいらないと言ったのだけど、魔法師団のクリス隊長を私服で帯同させてくれた。


 心配する両親の気持ちもわかる。ここは大人しく従った。


 一般人も使う馬車の定期便に乗り俺たちは王都を目指した。

 王都までは途中幾つかの町を経由し、3日の行程だ。


 二日目迄は、何のトラブルもなかった。

 しかし、三日目の道中で事件は起きた。


「クリス……感じたか」

「はい、ゼノ様……感じました」

 

 前方から凄まじい魔力を感じたのだ。


「おい、馬車を止めてくれ」


 このまま進むと、危険だと判断した俺は馬車を止めるよう指示した。

 だが馭者ぎょしゃの男は若造の言うことなんか聞けるかよと俺の指示を拒絶した。

 ことは急を要する、ここはクリスに身分を明かさせて従わせた。


 馬車を降りて空を見ると、禍々しい魔力の溜まりが出来ていた。


「あ……あれは、まさか災禍さいか魔獣まじゅう


 クリスが顔を青くし、聞き覚えのある名前を告げる。


 災禍の魔獣……そうか、前世の頃に狩ってたレアモンスターだ。

 確か13年周期で沸くんだったな。

 これはラッキーだ。


「行くぞクリス!」

「お待ちくださいゼノ様っ!」


 災禍の魔獣のもとに向かおうとする俺をクリスが引き止める。


「どうした?」

「ゼノ様、お言葉ですが行ってどうなされるおつもりですか?」


 どうなされるもなにも……やっつけちゃうんだけど。


「災禍の魔獣相手に私たちが、立ち向かったところでどうにもなりません。

 ここは一旦引き、軍の応援を待つべきです」


 軍の応援……災禍の魔獣ごときに?


「クリス……それは何の冗談だ? 災禍の魔獣ごとき初級魔法でも十分に倒せるだろ?」

「はあっ……何を仰ってるんですかゼノ様は!

 災禍の魔獣はその名の通り災害級の魔物なのですよ! 騎士団、魔法師団が作戦の元、連携してやっと倒せるレベルなのです!」


 ま……まじか。

 今の時代の連中はそんなにも弱いのか。

 ってことは……俺が奴を倒すと元の木網か。


 ……とは言え。


「そんな怪物……放っておくと近隣の町に被害が及ぶんじゃないのか?」

「やむなしです!」


 やっぱりか……。

 人々の命と俺の望む人生のゴール。

 まあ、比べるべくもないな。

 最悪俺はまた転生すればいい。


「ダメだクリス、町を見捨てるわけにはいかない、俺はいくぞ」

「お待ちください」

「うん?」

「……あなた一人で死なせるわけにはいきません。私も共に参ります」

「ああ……ついて来い」


 まあ、災禍の魔獣ごときでは絶対に死なないけどな。


 お互いに違う意味で腹を括った俺たちが禍々しい魔力の溜まりの元に駆けつけると、やはり災禍の魔獣が暴れていた。


 そして、騎士団の一個小隊らしき一団が豪華な装飾の施された馬車を守り戦っていた。


 みんな満身創痍だった。


「助太刀します!」


 助けに入ろうとしたが。


「ダメだ……逃げてくれ、君たちまで巻き込むわけにはいかない」


 俺たちの身を案じ、協力を拒否された。

 なかなかいい奴だ。

 さらに助けたくなった。


 俺は魔力を抑える魔道具を外し、

 初級魔法の「サンダーボルト!」を放った。


 まあ、結果から言うと災禍の魔獣は一撃で倒すことができ、被害は最小限に抑えることができたが。


 俺のサンダーボルトによって——辺り一体の地形が変わってしまった。

 

 クリスも騎士団もあんぐりしていた。

 これで……この人生も終わった。

 また永遠の孤独が待ち受けていると思っていたが——


『『うおぉぉぉ——っすげぇぇぇぇぇぇぇ!』』


 俺に送られたのは畏怖の念ではなく、賛辞の声だった。


「兄ちゃんありがとう!」

「上級魔法を使えるなんて凄いな!」

「ありがとう、命の恩人だ!」


 思った反応と違った。


「ぜ……ゼノ様……今のはいったい」

「初級魔法のサンダーボルトだが」


 クリスは絶句していた。


 そして馬車からは絶世の美女が降りてきた。


 もし、一目惚れと言うものがあるのなら……このことを指すのだろう。

 俺のはその子に目も心も奪われた。


「助けていただいてありがとうございます」

「いえ……とんでもない」

「私はエルーシアと申します。あなたのお名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」

「ゼノです! ゼノ・ウォーカーです!」


 ——これが俺の運命の相手、エルーシアとの出会いだった。



 *



 エルーシアが王国の姫で、魔法アカデミーのクラスメイトになると知ったのは、この事件から、もうしばらく経ってのことだった。

 

 これから俺は魔法アカデミーでエルーシアたちに散々迷惑をかけるのだが、それはまた別の物語だ。


 前世では望むゴールにたどりつけなかった俺だけど……今世では望むゴールにたどり着けそうだ。


 



 ——了



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人類を超越した不死身の大賢者が転生して普通の暮らしを所望する 逢坂こひる @minaiosaka

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