高校2年の夏休み、僕達は北を目指して旅に出た。

揣 仁希(低浮上)

僕らは旅に出た



 高校2年の夏休み。

 僕と友人達はちょっとした出来事から小さくはない旅行をすることになった。




 その日、僕を含めて男ばかり16人はそれぞれバラバラに分かれて目的地を目指して出発した。


 集合場所は東北にある温泉宿。


 7月28日に出発した僕達は8月19日までに目的地につかなければならない。

 約3週間、簡単なようで難しい夏の旅の始まりだった。




 僕は電車に揺られながら一路北を目指した。

 ルールは至極簡単、自力で行くことだけだ。

 手段は何でもありで飛行機を使おうが電車に乗っていってもよし。

 お金は自分で稼いだお金しか使ってはならない。


 ただしスマホや地図を頼るのはなし、道順や場所等は誰かに尋ねたりして調べること。


 ヒントは東北にある温泉宿の名前だけだ。

 どの県かも分からないし、そもそも有名なところなのかも全く分からない。


 電車に揺られつつ僕は、その目的地で待っているであろう去年担任だった先生の楽しそうな笑い顔を思い浮かべた。


 僅か1年だけの担任だったけれど、彼は僕達に強烈な印象を残した。

 破天荒というのがしっくりきすぎる程の彼は僕達に色々なものを与えてくれた。


 放課後になれば街に繰り出し、休みの日には連れ出されあちこちに遊びに行った。

 遊びだけじゃなく、建築現場や──僕のクラスは建築科なのだ──美術館を巡ったりもした。


 もちろん反対する親もいたけれど、僕達は彼に沢山のかけがえのないものを貰った。

 夏休みにクラス16人でキャンプに行き、冬にはスキーやスノボをしに雪山を登った。


 そして、東北の実家を継ぐからと言って彼はたった1年で学校を去ってしまった。


 僕は電車の窓から流れていく景色を見つめながら、手に持った絵葉書を握った。


 絵葉書は僕達生徒16人ひとりひとりに宛てたもので、夏休みに遊びに来ないかと書かれていた。

 それぞれに宛て、達筆な文字で煽り文句が書かれている。


 先生らしい、実に僕達の琴線に触れる煽り文句だった。


 僕達はこれを手にバラバラで彼の元を目指す。

 誰が1番乗りするかは分からないけれど、間違いなく言えるのは、誰もズルはしないだろうということだ。


 そんな事を考えている内に流れていた景色がゆっくりになり駅に着いた。

 僕は席を立って駅の名前を見に行く。


 知らない名前だ。


 とりあえずホームに降りて駅員さんに声をかけて、ここがどの辺りかを尋ねる。


 なるほど、これはまだまだ先は長そうだ。

 僕は駅を出て今日はこの街で一夜を明かすことにした。


 街にあるお寺を尋ねて、今日泊めてもらえないかと聞いてみる。

 これも先生から教えてもらった事のひとつだ。


 何でも若い頃に日本中を旅した時は、こうしてお寺に泊めてもらうことが屡々あったそうだ。

 因みに泊めてもらうかわりに朝早くからお堂の清掃と仏像磨きがセットでついてくる。

 でも朝食に精進料理が出るので帳消しだとか言っていた。


 交渉の結果、僕はこの日お寺に泊めてもらえることになった。


 その夜、僕は御堂で住職さんと話をした。

 住職さんが言うには一昔前はこうして泊まれないかと尋ねてくる学生もそれなりにいたそうだけど、今ではネットカフェなどで簡単に寝泊まり出来る様になったからほとんどないそうだ。


 僕としてはこういったお寺や仏閣の建築様式を見れたりするので万々歳だった。


 翌朝キチンと掃除をし挨拶を済ませた僕は再び電車に乗り込んだ。


 ガタゴト揺られながらインスタで他の15人の状況を確認してみる。

 これも先生からのルールのひとつで、毎日決まった時間に今の現状を写真に撮って投稿することになっている。

 コメントしたりはNGで、ただ写真を載せて見るだけなのだけど、これがなかなかに面白い。


 僕は当然、仏像と一緒に撮った写真を載せたのだけど、他のメンバーも結構個性的なものを載せていた。


 同じ様に電車に乗っているみたいに撮ってる奴、どうやら自転車で向かっているのもいる。


 何故か海からの写真が載っているのを見ると、こいつは船に乗っているのだろうか。


 その他もろもろ。


 スマホの画面を見ながらついつい笑みが止まらない。

 みんな楽しそうに笑いながら画面に収まっている。


 そして最後は先生からの一枚だ。


 これは僕達に向けたヒントだ。

 その一枚は、先生が林檎を持って下を向いている写真だった。


 林檎?単純に考えると青森だと思うけど、先生のことだ、そんな簡単なものじゃないだろう。

 なら、下を向いているところだろうか?


 僕は写真を眺めて少し悩んだけど、結局答えなんて出るはずもなく、さっさと諦めた。


 まだ先は長い。

 ゴールは遠いんだから。


 僕は車窓から流れゆく景色を見ながらそう思った。


 これが僕達の夏の始まり。

 沢山の楽しい事や悲しい事が詰まった大切な夏の始まりだった。

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高校2年の夏休み、僕達は北を目指して旅に出た。 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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