第25話 夏祭り 打ち合わせ

 先日のキャンプから数日が経った頃、僕は家で八十円くらいのラムネアイスを頬張っていた。


 隣ではやけに暑苦しい空気を纏った暁彦がしつこく迫って来ていた。


 「レンレン。俺の話、聞いてる? だからさ、俺……友原と付き合う事になったんだ」


 先程から何十回同じ話を聞いたのだろう。キャンプの夜に暁彦達と再度合流した時には既に、そういう事になっていたらしい。元々お互いに気になっていたようで、あの幻想的な景色と相まって仲が進展したそうだ。


 それを初めて聞いた僕は、「いつの間に?」と、言う言葉が口をついて出た。二人共やんや、やんやと口喧嘩や憎まれ口を叩く事はあったけれど、どうしても腑に落ちなかった。


 それを言葉にしてしまった後に僕は後悔した。元々端正な顔立ちの暁彦の顔がどこへやら。だらしなく、にやけた顔で先程から終わりの無い話を延々と繰り返している。


 後で友原さんが言っていたのだが、オリエンテーション合宿で同じ班になった辺りから、意識をし始めて海崎さんが行方不明になった時に、真っ先に暁彦が飛び出していったのが友原さんにとっては好印象だったそうだ。 


 「それでな! 二手に分かれた後――」


 「手を繋いだんでしょ。もういい加減、最初から復唱できそうだよ」


 僕は暁彦の話をかぶせ気味に遮った。それでも、暁彦の顔は怪訝な表情を見せる所か、だらしないままだった。好きな人と手を繋ぐ――。そんな些細な事でこれ程、幸せそうにしているのを見て、少し羨ましく思う。


 「そんな事言うなって! って、今日はそれを話に来たのもあるけど、もう一つあったんだった」


 そう、わざわざ暁彦が僕の家まで来たのには理由があった。


 「今晩の夏祭りの話なんだけど……、皆で一通り遊んだら友原――。愛実ツグミと抜け出しても良いよな?」


 捨てられた子犬のように懇願する暁彦を見て、再び「後生だ!」と騒ぎかねないと感じ、深くため息を吐いた後に僕は頷いた。


 「わかったよ。でも、僕の条件も飲んでよね」


 「わかってるって、花火が上がり始めるまでは一緒にいてくれって話だろ」


 友原さんと二人きりになれる確約を得た暁彦は、喜々として僕の条件をあっさりと呑み込んだ。まるで、大事の前の小事と言わんばかりだ。どうして、花火まで一緒にいないといけないのかさえ聞いてこない。


 それは何故か――? 理由は単純だ。夏祭りに行くのはいつもの面子で、目の前にいる暁彦と、友原さん、海崎さんに一華さんだ。暁彦達が途中で抜けるとなると、僕と海崎さん、そして一華さんが残る事になる。その状況で、僕に何が出来るというのだろう。


 海崎さんとはあれから少し余所余所しい関係が続いているし、一華さんはキャンプから帰ってから僕のSNSに時折スタンプの連打が送られてくる。


 ちょっと、一華さんの行動は良く分からないけど、花火の間なら話もしづらいし見終わってから花火の話題だけでも、何とか出来そうだと安易な考えだ。


 こう言ってしまえば、人と関わりあいたく無いと思われるかもしれないけれど、そんな事は無い。誰かと一緒に過ごしたい――。それは、僕が望んだもので手に入れたかったものだ。今はただ、通った事の無い道を必死に覚えようと、ゆっくりと進んでいる状態。そんな僕を横目に暁彦はその道をスポーツカーで走り去っているのだけれどね。


 僕はまだ、誰が好きとか、暁彦みたいに相手と手を繋ぎたい、二人きりになりたいなんて感情では無くて、単純に皆と過ごすこの時間が楽しいし、嬉しい。そこに恋が絡んで来れば、僕も暁彦みたいにだらしなく、なるんだろうかと思うと早く経験したい。だけど、今はまだ――。

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