第8話 初めまして

 学校への道中、海崎さんは申し訳なさそうにしていた。


 「佐野君ごめんね。私ばっかり話して」


 「全然、気にしないで、僕はあまり話すのが得意じゃないから助かったよ」


 励ましては見たものの彼女は、まだ沈んだ表情をしていた。


 「あの時の音って、うるさいって意味だったのかな?」


 ああ、彼女はあの物音の事を気にしていたのかと、その時初めて気が付いた。彼女の話に対しての反応か、ただ何かを落としたのか僕には分からない、それでも何とか励まそうとした。


 「どうだろう? 物を落としただけかもしれないし、それか、学校に遅刻すると教えてくれたのかもしれないよ」


 「ふふ、そんな事ある? でも、ありがとう」


 先程と変わり、彼女の表情は少しばかり和らいでいた。


 僕と海崎さんが一緒に登校している所を、見つけた友原さんは僕に食ってかかって来た。


 「何であんたが夢莉と一緒に登校してるのよ」


 変な勘繰りを働かせて、海崎さんを僕から引き離す様に抱きしめた。海崎さんは困り顔で苦笑いを浮かべつつ事情を説明してくれた。


 「ふーん、言ってくれたら私も行ったのに」


 仲間外れにされて少し不貞腐れている様子が伺える。仲間外れも何も、示し合わせた訳じゃ無く、偶然一緒になっただけなのに。


 放課後になり僕達は再度集まって話をした。


 「それで、どうするのよ? また、皆でお邪魔する?」


 「う~ん、あんまり大人数で行っても……」


 友原さんの言葉に対して、あまり乗り気では無い海崎さん。その意見には僕も同意するところだ。


 「俺には難しい事は良く分かんねぇぜ。悩みなんて無いから、とにかく行動派だし」


 「佐野君はどう思う?」


 「今日の訪問は、僕に任せてくれないかな?」


 暁彦君は構わないといった様子で頷いてくれた。友原さんは夢莉が良いならといった雰囲気だ。


 僕は海崎さんに目で問いかけると、彼女はあたふたと身振り手振りで告げて来た。


 「えっ? 私も別に良いよ。良いんだけど、良いんだけどね。その……朝もちょっと気になったんだけど、女子の家に男子一人で行くのは、どうなのかな~って」


 そう言えばそうだと、僕は途端に恥ずかしさが襲ってきた。女子の家に一人で行こうとしていた今朝の自分を呪いたい。


 「あの……海崎さん付いて来て貰っても良いかな?」


 「もちろん!」


 そうして話し合いは纏まり、僕と海崎さんは一華さんの家に向かった。その道すがらに、今朝の友原さんと海崎さんの仲良し具合が、一華さんと仲良くなるきっかけになるかも知れないと思い尋ねてみた。


 「そう言えば、友原さんとはいつから仲が良いの?」


 海崎さんは、頭の中で思い浮かべながら話し出した。


 「簡単に言うとね、幼馴染なの」


 幼稚園の頃からの付き合いで、いつも一緒に居たそうだ。友原さん曰く、私は危なっかしいからと変な使命感を宿しているらしい。それをむすっとした顔で冗談交じりに、僕に聞かせてくれた。


 海崎さんにとっては煩わしいと思うかもしれないが、そんな彼女達の関係に、僕の心は打たれた。こんな僕にもいつか――。


 一華さんの家に着いた僕達は、一抹の不安を覚えながらも玄関前に近づいた。二度ある事は、三度ある。もはや、テンプレと化した人力自動ドアに戦々恐々としていた。


 近づくとがらがらと音を立てながら、やっぱり引き戸が開いた。この純日本家屋の何処かに、監視カメラでもあるのだろうかと辺りを見回すも、そんな物はあるはずも無かった。


 「いらっしゃい。今日も来てくれたのかい。ささ、どうぞ」


 そう言ってお婆さんは僕達を居間へと案内してくれた。出された茶菓子を頂いていると、お婆さんは口を開いた。


 「孫は中学に上がるまでは、活発な子だったんだよ。良く爺さんと、楽しそうにままごとをしていてね」


 今朝会ったイメージが偏り過ぎているかもしれないけれど、あの無口なお爺さんとままごと? 全然想像がつかない。隣に座って居る彼女も首を傾げて同様なようだ。


 「あの子の両親も心配していてね。県が違うから中々会いに来れないけれど毎日の様に電話をくれるよ」


 「そうなんですね。お孫さんは大切にされているのが伝わります」


 海崎さんは真っ直ぐにお婆さんに目を向けてそう頷いた。


 早速ですがと、立上り僕達は一華さんの居る部屋の前に行った。僕が彼女に伝える事は既に決まっている。いじめられていた訳では無いけど、彼女の逃げ出したい気持ちは痛いほど分かる。


 以前の僕は、ぼっちで誰からも必要とされていなかった。でも、今は少しばかり状況が違う。僕だけが彼女に伝えられる事がある。まだ高校が始まって間もない今なら一華さんは間に合うはずだ。


 僕は淡々と思いの言葉を連ねた。


 「こんにちは、一華さん。僕は佐野だよ、名前覚えてくれたかな?」


 扉の向こうからの返事は無い。僕は構わないと話を続けた。


 「一華さんはこのままで良いと思っているの? 入学式から、もう三日過ぎてクラス内では、ちらほらグループが出来始めている」


 そう、クラス内では小規模の仲良しグループが散見して見られるようになった。このまま、長期的に学校に来なければ、例え学校に来たとしても疎外感を覚える事だろう。いけない――胸の奥から苛立ちが湧き出て来る。本当は優しく接してあげたいのに自然と口調が強くなる。


 「僕の言いたい事わかるかな? 今ならまだ間に合う、オリエンテーション合宿が終わる頃には、クラスメイトの人となりがさらに分かるようになる。そうなったら、その中に飛び込むのは今以上に難しくなると思うよ」


 僕はその難しさを良く知っている。特に特徴の無い僕は、普通の人と言う肩書を得た結果が、あの二年間だと振り返る。多少勉強が出来ようが、運動もそつ無くこなそうが周りからの反応は至って普通。友達という枠組みの中には入れなかったのだ。


 「うるさいな! そんなの分かってる!」


 初めて部屋の方から声が飛んできた。僕と海崎さんはお互いに目を見合わせた。勝負をかけるならここだと思い僕は想いを吐露した。


 「一華さんがいじめられていた事聞いたよ。それでこの高校に来たって――。そこまでしたのに……、高校生活に一縷の夢を見たんじゃないの? 実は僕、高校デビューなんだ。以前の僕は一人ぼっちで友達が一人もいなかった、どうしてか今も分からない。でも、この高校生活ではきっと変われるそう思ってるんだ」


 隣で僕の話を聞いていた海崎さんは知らなかったと目を見開いていた。本当は言いたくなかった。でも、僕に伝えられる事はこれだけ。何より、一煌さんには僕と同じ思いをして欲しくない。そうか――こんなにも苛立ちを覚えたのは前の自分と重なっていたから、僕は自分に対して怒っていたんだ。


 「それで、今はどう? 何か変わったのか?」


 向こうから催促の言葉が漏れる。


 「そうだね。実はまだ友達はいないんだけどね。以前とは違い、少し前を向いて進めているってそんな気がするよ。それに、ある人が僕に言ってくれたんだ。長い人生の時間の中で悩んでいる事は一瞬の出来事なんだって――。寄り道しても良いんだって言ってくれたんだ」


 若干照れながらそう伝えると、扉の鍵がガチャリと音をたて、扉がゆっくりと開き始めた。


 中から出て来たのは、猫の着ぐるみパジャマに身を隠した。中学生低学年と言っても不思議では無い程の小さな女の子だった。


 僕がその姿を見入っていると、横から急に視界が暗くなり何も見えなくなってしまった。


 「女の子のパジャマ姿をじろじろ見ちゃダメなんだよ」


 どうやら、海崎さんが手で僕の目を覆ったみたいだ。妹もたまにこういう格好をしているから、そこまで気が回らなかった。それにしても彼女の手は少しひんやりとしていて、先程まで熱を帯びた僕を冷ましてくれているみたいだ。


 「こうやって顔を合わすのは、初めましてだね。私は海崎夢莉、宜しくね」


 「ふ~ん、何? あんた達仲良さそうだけど付き合ってんの?」


 「つっ、付き合ってとか、そんなのじゃないよ。クラス委員で今度の合宿で同じ班って昨日言ったでしょ」


 「えっ? うわっ」


 海崎さんは慌てて手を放そうとした拍子に、僕は勢い良く押された。視界がふさがれていて平衡感覚が鈍っていたせいもあり後ろの階段へと転げ落ちてしまった。


 手を伸ばした先に見えた海崎さんの顔は赤く染まっているように見えた。

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