あるおばあちゃんのモノローグ【KAC2021】

えねるど

あるおばあちゃんのモノローグ

 さてさて。

 それじゃ、ゴールの前に私の人生を振り返ってみようかね。


 あたしが生まれたの頃の日本はいろいろと忙しい時期でね。

 生まれ育った長屋で一緒だった人たちも、次々にいろんなところに移っちまって。


 学校さんに通うまではあんまり親しくしてくれる子はいなかったねえ。

 その代わりと言っちゃなんだけれども、周りの大人たちからはよく大人びているなんて言われたもんさね。


 歳を重ねる度に贅沢ができなくなっていって、いつもお腹が空いていた気がするね。

 今考えれば小さかったあたしと同じくらいしか食べていなかった母様には頭が上がらないねえ。

 女手一つで学校に不自由なく行かせてくれたし、あたしもそんな母様には早く恩返しがしたかったもんさね。

 すぐに大人になれない自分を呪ったこともあったっけ。



 やがて全てが終わり、日本も落ち着いてきたころにあたしは母様が勧めてきたヒトとお見合いをしたね。

 あたしの緊張が吹っ飛んでしまうくらいに相手のヒトはガチガチだったねえ。今でもはっきり思い出せるよ。

 母様の勧めももちろんあったけど、あたしゃ一目で確信したね。このヒトと居ればきっと幸せになれるって。

 女のカンってやつかねえ。十も上のそのヒトと、あたしは結婚をすることにした。


 母様には感謝しかないねえ。そのヒトとは、少し貧しいなりにも穏やかに生活を営めた。

 せめて、娘……母様に孫の顔を見せてあげられたらよかったんだけどねえ。

 先に父様のもとへいっちまったねえ。よく、父様は寂しがりやだって言っていたから、優しい母様のことだから早めに会いに行ってしまったんだねえ。


 産婆さんのおかげで元気な娘が生まれて、あたしはもう一つ人生が始まったような感じがしたね。

 あれほど大切なものってのも他にないねえ。何でもできる気がするってのはああいう事を言うんだねえ。

 あのヒトもそれはきっと同じ思いだったと信じているよ。



 娘が大きくなるにつれて、日本も、からふるっちゅうのかい? 色彩華やかになっていったねえ。

 あのヒトはみいはあで、すぐによく分からない電化製品を買ってきたけれど、娘も喜んでいたしまあそれはそれでよかったかねえ。

 あたしは使い方を覚えるのに必死で、途中から娘に教わったりなんかしてね。


 あのヒトは娘にはとことん甘くて、一家の大黒柱にしてはすこしグラグラで、人様にはあまり言えたような暮らしではなかったけど、まあみんな笑顔だったしそれで良かったと思ってるよ。あたしも娘も、あのヒトも。



 やがて娘が、男の人を連れてきた時は驚いたねえ。

 髪が長くて地に足付かない感じの男だった。あのヒトは断固反対、正に頑固オヤジみたいに意地張っていたね。

 あのヒトがそこまで頑ななのは珍しくてあたしゃ驚いたけど、連れてきた男の目を見てあたしは確信したね。

 娘が選んだ男だし、間違いなんてないってね。

 なにより娘のあの笑顔がその証拠さね。


 あたしの説得がきいたのか、男の健気な思いが通じたのか、しまいにはあのヒトも折れてね。

 それでも、娘が誰かのものになってしまうってのは思った以上に心にきたね。

 ぽっかり穴が開いたみたいだったさね。お空の母様も同じ気持ちだったのかねえ。



 それからはあのヒトと二人でのんびりと暮らしていったね。

 あっという間だったね。

 気付けばあたしもあのヒトもどんどん体が動きにくくなっていったねえ。

 それもそうさ、何年かぶりに顔を見せた娘には小学生の子供がいたからねえ。


 孫ねえ。

 これが可愛くて可愛くて仕方がなかった。

 娘の時とはまた違った意味で何でもしてあげたくなっちゃったねえ。

 やっぱりそれはあのヒトも同じだったみたいで、見た事のないだらんとした笑顔になっていたね。



 それからしばらくして、あのヒトは突然行っちまったね。

 孫の顔を見られたのは本当に良かっただろうけどね。それにしても少し早すぎやしないかい。


 なんだかんだ、口にはしなかったけどあのヒトも寂しがり屋だったからねえ。

 あたしもいつかはそっちに行くから、それまで待っていてくださいなんて仏壇によく話しかけていたよ。



 次に孫に会ったのは、なんと孫の結婚式だったね。

 ちょいと時が過ぎるのが早すぎるきがするねえ。


 娘に似て美人さんに育った孫も、娘の時と同じ笑顔で幸せそうだったね。

 今どきの結婚式のお洒落具合には驚いちまったけど、娘もその夫もわんわん泣いていて、あたしもちょっともらい泣きしそうになっちまったね。

 きっとお空の上であのヒトも。あのヒトも隠れて涙もろかったからねえ。



 まさかあたしが曾孫まで拝めるなんてねえ。

 ついこの間の事さ。孫が娘夫婦と一緒に連れてきた。

 生きている内に拝めるなんて、もしかしたらあたしゃラッキーガールってやつなのかねえ。

 ぽろっと口にしたら娘に「ラッキーおばばでしょ」なんて言われちまった。言うようになったねえ。

 それもそうさね、娘ももう半世紀は生きているからねえ。



 さてさて。

 長々と語っちまって悪かったねえ。


 振り返ってみれば、幸せって言葉がふさわしい人生だったねえ。

 ただ辛さや悲しさを忘れているだけかもしれないけど、もうあたしも年寄りだしねえ。しょうがないさね。


 そろそろね、お空の上のあのヒトが呼んでいる気がしてね。

 この歳まで生きていると、そういうのが分かってくるもんでねえ。

 ゴールとはまたちょっと違うけども、そろそろあたしもそちらに行く頃さね。


 娘にも、孫にも、たーくさん幸せを分けてもらったね。

 母様が私にくれたように、同じようにして孫に、曾孫にたんと愛情を分けてあげるんだよ。


 それじゃ、そろそろ。

 そろそろかね。昔から使っているこの煎餅布団の上で。行こうかねえ。




「おばあちゃん! おばあちゃんの好きな俳優さんテレビに出てるよ! ほら、早く! 早くしないと終わっちゃうよ!」


 なんだって……っ! 雅治さんが!

 こうしちゃおれん!


「ま、孫よ! 早く録画ボタンを、ビデオテープを入れるんじゃ!」

「おばあちゃん、そんなにはしゃいだら怪我するよ!」

「いいから録画じゃー! 早くするのじゃ!」

「……飛び跳ねないでってば、おばあちゃん」


 …………もう少し、待っててくださいね、あなた。

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