人形の導く旅路の果て

夜月よる

ココロだけとカラダだけ

 これはそう遠くない昔のある二人の少女の夢へと到る旅の物語。


 まだ日の昇らぬ早朝。この辺りで一番近い国へと向かう馬車が一台走っていた。馬車とは言っても馬ではなく馬車を引くための馬型の人形ドールが引いている。


 その馬車には可愛らしい人形ドールを肩に乗せた真紅の髪の少女が乗っていた。少女はケープマントを羽織り、短めのスカートからは黒のタイツに包まれた綺麗な脚が伸びている。肩のドールは可愛らしいフリルの付いたワンピースを着ていた。


 しばらく馬車を走らせていると少女たちと同じ目的地へと歩いて向かっている一人の中年の男性がいた。馬車は一度男性の横を通り過ぎて、十メートルほど進んで止まった。


「乗りますか……?」



 * * *



 まだ寒さが厳しい冬の終わり。私たちが旅に出てからちょうど一年の今日から記録を残そうと思う。なぜ今更記録を残そうと思ったのかは理由があるのだが、それはまたの話に。

 

 切れ長な目に白くきめ細やかな肌。小さな輪郭にふっくらとした色香を含んだ唇。左眼が隠れるほどの長い赤毛のその美少女の肩に乗る、薄いピンクの髪の超絶美少女の人形ドールこそが私だ。


 私たちが次の目的地である国へと続く道の上を馬車で走っていると、百メートル程前に人影が見えた。この辺りはずっと一本道なので恐らく、この人影の人物も私たちと同じ国へ向かっているのだろうが……歩いて行くには少々厳しいのではないだろうか?なんせ、馬車でも後四時間近くはかかる。


 近くで見ると人影は中年の男だとわかった。その男は汗だくになった額を拭いながら必死に歩いていた。しかし、馬車は男の隣に止まることなく駆け抜けて行った。


「ちょ、ちょっとミーネ!載せてあげなさいよ」

「あぁ……分かりました」


 私がミーネの肩を叩くと、ミーネは今初めて男を認識したのか男の方をちらりと見ると停止信号を出した。そして、もう一度後ろをふりかえって


「乗りますか……?」


 と一言。


 少しすると、さっきの男が乗ってきたようなので私は動きを止め、無機質な表情になる。


 馬車を揺らしながら乗ってきたその男は恰幅がよく、質の良い服を纏っており、裕福な商人を彷彿とさせる見た目をしていた。


「いやはや、助かりました。あのままでは野垂れ死ぬか、野生人形レムナントドールに襲われていた所でした。あぁ!申し遅れました。わたくし、ラトローと申します。そちらのお嬢さんは?」

「……ヘルミオネです。長ければミーネでいいですが」


 流れるように話しかけてくるラトローにミーネは表情筋を少しも動かさず一言で答える。


「ほぉ、ここらではあまり聞かない名前ですな。旅の行商人ですかな?所でどうして私を乗せてくださったのですか?」

「……サティラがそう言ったので」


 ミーネは私の頭を撫でながら、ラトローの問いに馬鹿正直に答える。ラトローは予想外の返答に呆気に取られた様な顔をしている。それもそうだ。何故なら、普通人形ドールからだ。人形ドールと話すなんて余程の奇人か精神を病んだ人ぐらいだ。


 その時、突然吹きつけた風がミーネの髪に隠れていた左目の眼帯を露にした。するとラトローは先程と打って変わって哀れみを含んだ表情になった。


「三年前の戦争で左目を失ってしまったんです」


 ラトローの視線に気づいたミーネが眼帯に触れながら説明する。


「それはお気の毒に……し、しかし立派な荷馬車ですな!私も商人ですが、馬車人形キャリードールはどうも慣れなくて 馬を使っていたのですが、御者に逃げられてしまってこの有り様です」


 気まずい空気に耐えられなかったのか道で歩いていた経緯を笑いながら話し出した。


 その後も、ラトローはしばしばミーネに話しかけていたが会話のネタも尽きたのか、しばらく無言の時間が続いたいたその時。


​────​─ガタンッ!


 大きな音を立てて馬車が止まった。


馬車人形キャリードールが壊れたみたいですね。治すので荷台の中で待ってて下さい」


 ラトローとミーネは御者台から飛び降りた。ミーネはラトローが荷台の中へ入っていくのを確認すると左目の眼帯を取った。眼帯の下から現れたのは宝石で出来た瞳だった。


 ミーネが眼帯を外してしばらくすると宝石の瞳が輝きだした。その光は壊れた馬車人形キャリードールを隅々まで照らした。


「どう?治せそう?」


 私の質問に、少しかかるけど……とミーネは答えた。


「治すのに少し時間がかかりそうなのでゆっくりしていてください」


 ミーネはラトローにそう言うと再び馬車人形キャリードールの方へ向かった。


「サスペンションを交換するのでパーツ貰えますか?」


 私は一度頷き、髪の毛を一本引き抜いて両手で包むように持つ。そして、私が手を離していくと、小さな稲妻と共にパーツが出来上がっていく。

 

 私がパーツを手渡すとミーネはありがとうと言いながら馬車人形キャリードールの外装を取り外した。


 中に入っていたのは真っ白の千ピースのパズルだった。勿論本当にパズル入っていた訳ではないが、絡繰りからくりがぎっしりと詰まっていた馬車人形キャリードールの中身は私の目にはそう見えた。しかしミーネは迷うことなくそのパズルを解いてゆき、一時間程でパーツを交換してしまった。


 修理を終えた頃には既に太陽が顔を出して、少しずつ気温が上がっていたので私はミーネに朝ごはんにしようと伝える。ミーネはラトローにもその事を伝えると焚き火の用意をし始め、ラトローは火に焚べる枝葉を探しに行った。


 荷台に積み込んできていた米と干し肉に昨日取っていた山菜を塩だけで味付けした質素な雑炊を作った。


「もしかして……ミーネさんは白衣人形ナースドールをお持ちで?」


 ラトローは雑炊をハフハフと頬張りながら話しかけてきた。


 白衣人形ナースドール人形ドールの修理をする人形ドールで、故障箇所の調査、修理、調整をこなすのだ。確かに、私たちは白衣人形ナースドールを持っていると言えば持っているのだが……


 真実をそのまま伝える訳には行かないのでミーネがどう答えるのか内心ハラハラしていたが私を指差しながら、この子がそうなのだ。と上手く誤魔化したので一安心してた。


 しかし、その油断があんな事態を引き起こすことになるなど思いもしていなかった。



 * * * 



 再び馬車を走らせてしばらくした後


「少し荷台の方へ行くのでここ任せてもいいですか?」


 全自動の馬車人形キャリードールと言えど走行中は御者台に誰かいないといけないのでミーネはラトローに頼むと荷台と御者台との間の仕切りを開けると、カツンとヒールで音を鳴らして荷台へ飛び移った。


 仕切りを閉めてラトローからこちらが見れないようにすると、私はミーネの肩から飛び降り先程の雑炊を食べ始めた。すっかり冷めてしまってあまり美味しいとは思えかったが背に腹はかえられないので仕方なく冷たくなった雑炊を食べていたその時。


 シャーと仕切りが開く音と共に荷台が御者台側へ傾く。音の鳴るほうを見るとラトローが不敵な笑みを浮かべこちらを向いて立っていた。


「ふふ……ふふふ……ふはははははは!

まさかとは思っていましたがやはり……それ、違法人形ハイドールですね?」


 ラトローは笑いながらじわりとにじり寄ってくる。すると突然立ち止まり、もしや……と少し考えるとミーネに飛びかかり左目の眼帯を剥ぎ取った。


 露になったミーネの宝石の瞳を見るとラトローは再び高笑いして


「まさか二人とも……いや、二体とも人形ドールだったとは!」

「ミーネ!」


 このままでは危険なので全く危機感のないミーネの髪を引っ張り合図をするとミーネはラトローの両手の袖口を取り、自身の体を倒しながら両足をラトローの腰元に当て、後ろに一回転した。ミーネは巴投げで苦しんでるラトローに追い討ちをかけるように馬車から蹴り落とした。


 やり過ぎに見えるかもしれないが、私たちも命がかかっている。私たちがやらなければやられていたのは私たちなのだ。


 私たち違法人形ハイドールは現在の技術では決して成し遂げることの出来ない奇跡を生み出すことが出来る。例えば一瞬で無機物を精製したり、人間と同じ体や感情を持っていたりする。そして、それらは総じて廃棄処分が決められている。もし私たちが違法人形ハイドールだと広く知られればもう二度と太陽の下を歩くどころか、全身をバラバラにされてしまうだろう。


 とは言え、目の前の危機が去ったことに手放しでは喜べない。仕方なかったが人の命を奪うのはいつまで経っても慣れることができない。なんとも言えないモヤモヤした感情を抱えたまま、再び行路へ戻った。



 * * *



 あれから、更に馬車に揺られること三時間。途中にあった分かれ道を除けばずっと一本道で私たちが目指していた国へたどり着いた。


「よぉ、嬢ちゃん。この国に来んのは初めてか?」


 門の外で立っていた兵士が話しかけてきた。ミーネが小さく頷くと、彼はにっかりと笑い


「なら、バザールに寄ってきな!きっと良いもんが見つかるぜ」


 そう教えてくれた。


 『ラールジェ』と呼ばれるこの国は、この辺りでは一番大きく、そこそこ発展した国だ。十分程の検問を受けついに入国した。そこは最近訪れた国で一番活気に溢れ、騒がしくもどこか居心地よく感じ、今までの鬱々とした気分が一気に吹き飛んだ。


「いい国ね……さぁ、さっさと荷台の中身を売って兵士のおじ様が言ってたバザールへ行きましょ!」


 私たちはバザールを教えてくれた兵士に聞いていたこの国唯一の商会へ行き、荷台の中身を全て硬貨へ変えると、国の中心にあるバザールへ足を運んだ。


─────キャー!何あのドレス、可愛い!


 と口には出せないので心の中で思っていると、ある店でちらりと見えた人形ドール用の髪留めが目に止まった。そこで周りの人に気づかれないようにミーネに耳打ちし、その店の前で止まってもらった。


 シルバーで出来た、花を型どった髪留め。五枚の花弁を持つこの花は、以前訪れた国のシンボルでもあった私の髪と同じ色を持った花だ。


「お嬢ちゃん、この花の髪飾りなんかその人形ドールに似合うんじゃないかい?今なら嬢ちゃんの分の髪飾りも付けるよ」


 そう言って、店のおばあちゃんは私が見ていた髪留めと同じデザインの人間用の髪留めを取り出した。


「いいえ、結構でっ……やっぱり頂きます。」


 ミーネが断ろうとするので肩を軽くつねって訴えかけると、訴えが伝わったのか銅貨三枚と髪留めを交換した。


 その後も、ブラブラとバザールを見て回った。この国の人達は皆、気さくで気前がよく、ミーネが美人というのもあって色んなものをくれた。


 ミーネと髪留めを付けて内心浮かれていた私は、しばらくバザールを回った後に『ナポラ』と言う宿が併設された酒場へ入った。


 私たちは宿の予約をすると、酒場へ向かった。酒場では男と女も皆、飲み騒いでいた。私たちがカウンターで部屋まで夕食を持ってきて欲しいと注文した後、この国をもう少し見て回ろうと再び外へ出た。


 この国は円の形をしていて、一番外側。つまり城壁沿いの地域ではこの国の特産品である、牛の牧畜や畑が広がっていた。自然豊かでのどかな雰囲気の中を歩くのは身も心も綺麗に洗われるようだった。ここでもミーネは畑で採れた野菜や果物を貰っていた。


 手いっぱいの野菜や果物を入れた紙袋を抱えしばらく中心に向かって歩くと、先程のバザールがある広場や住宅街が現れてくる。さっきとは打って変わり、忙しなく会話が飛び交っていた。その騒々しさは嫌な気はせず、この国の人の営みがどんなものかが垣間見えた。


 最後に一番中心部に行くと、そこは最外部のように静かだったが、ここは上品な静かさだ。周りの建物を見てみると、どうやらここは司法、立法、行政の機関が集まった区域のようだ。


 場所ごとで街並みや雰囲気は変わるが、どこの場所でもここの住民は皆幸せそうだ。


 一通り散策を終えた私たちは夕食が待っている『ナポラ』へ向かった。


 『ナポラ』へ着いた私たちが夕食を部屋へ運んで欲しいと伝え、部屋へ戻ろうとしたその時突然酒場のドアが大きな音を立てて開いた。


「た、大変だっ!野生人形レムナントドールが出たぞ!」

「ここから少し離れたところで襲われたやつの死体を商人が運んできたらしい」


 そう聞くと今まで酒場で騒いでいた連中は皆門の方へ向かった。私たちも何となく門へ向かってみると、先程のバザールよりも多くの人がごった返していて、その中心には一台の荷馬車と二人の男。そして地面には恰幅がよく、ボロボロになっているが質の良い服を纏っている男が横たわっていた。


 そう……ラトローだ。


 恐らくは、ミーネが突き落とした後に野生人形レムナントドールに襲われてしまったのだろう。直接的な原因ではないが私たちがラトローを死なせてしまったのには変わりない。


 本当に私のものかも分からない心の奥からドス黒く、粘着質なものが溢れ出てくる。それはやがて身体中に回って、なかなか取る事が出来ない。そして、何よりもそれがラトローを殺してしまったからではなく、本当はと考えていた私の。私に対する嫌悪感から生まれたものだと。それを認めるのが怖くて、どうしても気分が悪くなってしまう。


 私はこれ以上その場に居たくなくて、ミーネに頼んで人のいない路地裏へ入った。


野生人形レムナントドールの被害者を見るのは初めてかい?お嬢ちゃん」


 人がいないと思っていた路地裏には浮浪者のような格好をした男が座り込んでいた。


「人の為に生まれた筈なのに人の制御から外れ、人を襲い人の害になるなんて皮肉なものだなぁ……」

「ここだけの話、あの男は実は盗賊だそうだ。この国に向かう荷馬車に色んな理由で乗り込んで、途中の分かれ道で奴らのアジトの方へおびき寄せて襲うんだ」


 男は声色を一つ低くして、盗賊の手口をさも見てきたかのように語り出した。


「なんで知ってんだって思ってんだろ?実は俺はこの国から雇われて、奴らを監視してたんだ……そしたら、お嬢ちゃんの馬車に乗り込んだ後に奴は死体になって帰ってきやがった」


 男はそう言って笑いだした。


 ミーネは目の前の浮浪者のような男の口を封じようとスカートの下のナイフに手をかけると


「待て待て待て!別に言いふらそうって訳じゃねぇ。でも……これを貰ったらすっかり忘れちまうかもなぁ?」


 そう言って男は親指と人差し指で円を作り、にやけ顔でこちらを見てくる。仕方なく私たちは金貨を一枚男に投げ渡し、路地裏から出ていこうとすると男は私たちを呼び止めた。


「そう言えば……の正体は秘密にしといた方がいいのかい?」


 その男の一言にミーネは足を止め、もう一枚金貨を投げ渡し再び歩き始めた。


「ははっ、賢いお嬢ちゃんたちだな」


 そう男が笑うが、今度は立ち止まることなく路地裏を出て人混みに紛れた。


 その後、宿へ戻ると部屋に食事が運ばれていたが私は食べる気にはなれなかったのでミーネに全てあげた。黙々と食事をするミーネを横目に私も黙って、ベッドの上で膝を抱えていた。いつもなら二人きりになると(主に私が)よく喋るのだが、今日は一言も話すことなく早々に床に就いた。



 * * *



 翌日、最初の予定より早めて朝一番にこの国を出る事にした。


「嬢ちゃん!もう出て言っちまうのか……バザールにはちゃんと行ったか?」

「はい、とてもよかったです」

「そうかそうか、ならよかった!その髪飾りも似合ってるぜ。それじゃ気ぃつけて行きな!」


 一番初めに会った門番の兵士がたまたま出国の時も門に立っていて、話しかけてきた。


 彼に見送ってもらって次の目的地に向かう途中。ミーネが珍しく自分から話しかけてきた。


「私たちのことバレなくてよかったね」


 私は、えぇ。と答えながらも何とも言えないモヤモヤとした気持ちを抱えた。そして、いつかミーネにもこの気持ちが分かる事を願った。

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人形の導く旅路の果て 夜月よる @joryu

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