人類のゴールに向かい

篠騎シオン

種としてのゴールとは

「ホントウニジッコウシテ、ヨロシイノデスネ?」


『ええ』


私がそう言うと、ロボットたちが私たちの肉体を消去デリートしはじめる。

ううん、形ある肉体を消去デリートするって言葉は正しくないか。

彼らは、私たちの体を燃やしていった。



種としてのゴールはどこにあるのか。

という考察をよく友達とした。

種とは存続すること自体が目的だ。

適応し、繁殖し、生き延びる。

そうして遺伝子を継いでいくことこそが、種の目的。

果たしてそのゴールはどこにあるのかという疑問。

私たちは長い長い時間の末、それに一つの解を見出してみる。


繁殖する必要がなくなること。

つまり求めるべきは永遠。

個が永遠に生きられるのなら、繁殖する必要もない。

そもそも種としての目的だけを考えるのであれば、技術の発展、経済活動など不要。

だから、たゆたう思考のみ生きているだけで、人間という種は永遠となる。

つまり、今の姿が正解。


そう、私たちは肉体を捨て、データになっていた。

データでいるのは楽だ。

思考に必要なエネルギーを自己摂取する必要もない。

それは様々な発電方法で私たちのいるサーバーに供給される。

太陽光発電、それが駄目なら風力発電、火力発電、水力発電、原子力発電。

様々な発電方法のバックアップ。

そしてそれらを管理するロボットたちのバックアップもまた、後ろにぞくぞくとひかえている。

バックアップにつぐバックアップ。

地球ごとなくならないかぎり、きっとそれは途絶えることはない。

もっとも、地球がなくなったとしても宇宙のあちこちにデータとなった私たちは旅をしているから、そのまま地球ごと滅亡なんてこともありえない。

人類の種の保存という点においては、旧時代よりずっと進んでいるのが現代。


一つの種として私たちのDNAを保存し続けることこそが大事と言う人もいた。

だから私たちは彼らのために、生体コピー機も用意した。

DNA情報をすべて書き出し、データである私たちを入れ込むことのできる体。

これで、いつだって、私たちは元に戻ることも出来る。

だからこのデータとしての人間社会は完璧、なはずだった。


『どうして……?』


そう、そのはずだったのだ。

けれど私たちは、どうにも感じてしまった。


悲しい悲しい、退屈を。


永遠の時はつまらない。

とても退屈で、つらい。

データになってからも、ゲームや曲や、アニメ、小説など、クリエイティブなものは作られ続けた。

一定時期までは。

そう、私たちは枯渇していったのだ。そして飢えていった。

エンターテイメントに。


データの身で、今までよりも広い世界を見て、宇宙を旅しているというのに。

昔の人間で出来る範囲よりもたくさんのものを見て、感じているはずなのに。

何も、産みだせない。

つまらない。


『どうして』


分からない私たちは、いろいろと試行錯誤した。

データのままでも五感を再現できるソフトを製作したり。

劣化しない処理を施し、保存しておいた自らの肉体を燃やしてみたり。

何か新しい物が見えないかと。

ひたすら、ひたすらに試した。


けれど、どんな努力をしても。

どんな天才たちが考えても。

それは解決しなかった。

何百年、何千年の時を経ても。


それはすなわち。

イコールその時間、私たちが苦しむということであり。

苦行を続けなくてはいけないということだった。




ある時、自らのデータを削除するものが現れた。

それは脱法プログラム。

自死のコード。

それは世界的に、いやそれは正しくない表現か。

宇宙的に人類の間で流行し、人々は、そのデータは数を減らしていった。


厄介なプログラムで、すべてのサーバーからバックアップも含めたデータを消し。

ほぼ同様のデータは組みなおしすら出来ないようにしてきた。

それはたぶん、かつての仲間、天才の一人が組んだプログラム。

そうして、私たちは仲間を生き返らせることも阻まれた。


多少人が減るだけならば許容範囲だ。

けれど、それが元いたデータから半分ほどになったとき、さすがに私たちも危機感を覚えたし、管理AIたちも警告を発した。


「コノママデハ、ジンルイガメツボウスル、カノウセイガアリマス」


『わかってるって』


データの体で悩みぬいた私は。

この人類データ化計画を立案し推し進めた一人の科学者として、責任を取ることにした。

生体コピー機を使って実体化し、かつて不要と切り捨てた繁殖を行う。

私たちは一からデータの人類を生み出すすべだけは持たない。

だから、繁殖して、そこで生まれた子供たちをデータ化するのだ。

そして一緒にまた、永遠の時を過ごす。

退屈の解消方法は、みんなで模索していけばいい。


私は、私とそのパートナー、その他信頼する人々に同時に実体化してもらい、何世紀ぶりかの人間の街を地球につくった。


一年、私は何組かの妊娠の報告を受けた。

特に感情の変化もない。

みんなきっちり義務を果たしてくれてるそう思うだけ。


二年、新たな妊娠報告。そして何組かに子供が産まれた。

子供はある程度育って、自我が安定してからじゃないとデータ化は出来ない。

六歳ぐらいになればデータ化するのに十分だろう。


三年、ついに私も子供を身籠る。

この発達した科学力でもなかなか子供が定着してくれないので、私の生体コピーは不良品で作り直したほうがいいのではないかと疑っていたが安心した。

最初に生まれた子供だちは言葉を話す子も出てきた。

なんだか、彼らの両親の顔色が明るい気がする。


四年、ついに私の子供が産まれる。

そこから、私の世界はがらんと変わった。

子供の成長、一挙手一投足に、胸が締め付けられるほど感動するのだ。

それは長らく感じていなかった、退屈ではない感情だった。

幸せ。

それはそう評すのに問題ない感情。


何かある度に、パートナーと顔を見合わせ、我が子の成長に微笑み合う。

退屈ではない、というだけではない。

本当の本当に、私の心は満ち足りていた。



そしてその一方で、私はその感情へのいら立ちも感じていた。

データで同じ経験を再現しても、同様の感情が得られない。


「なにが違うの!」


自分の最大の発明。人間のデータ化。

それが有用ではなく、人類史に残るただ退屈を生み出すだけのものであったなんて。

科学者として認められなかった。



もちろん、我が子といるときはその苛立ちは表に出さないようにしていた。

けれど子供というのは何故か敏感で、私の心のうちにあるそんな感情を見抜いて泣いてしまう。


「ごめん、ごめんね」


「変わるよ」


抱っこしてあやしていた私から、ひょいっと息子を抱き上げるパートナー。

人間の男、というのは大きくて、力も強い。

データになって、そんな特徴すら、私は乗り越えたと思ったのに。


私は思わず家から飛びだす。

これもデータ化していたら出来ない行動。

この感情は、心の揺れは、なんなのだろうか。


私は、息子とパートナーを置いて、データの世界に舞い戻る。

静かで落ち着いたこの世界。

冷静に議論し、考察するならこの中の方がよっぽどやりやすい。

感情もデータ化され、目に見えるものになる。

自分を見つめなおせる。


私は冷静に自分を分析し、心を落ち着けて、ある人の元をたずねる。


『こんばんは』


『おう、君か。子育ては順調かね?』


『はい。なんか……感動しています』


その相手は私の先生。

大学時代からお世話になっている、落ち着きのあるとても頭のいい方。

私の思考の壁打ち役になってくれるありがたい人でもある。


頭の中で深呼吸をイメージしもう一度冷静さを確認してから、私は先生に話し出す。


『私は間違っていたのでしょうか』


『どうしてそう思うんだい?』


『永遠に生きられるように、もう肉体に縛られなくていいように、私は人をデータ化しました。けれど、退屈の結果、死ぬ人がたくさんでてしまって。そして』


『そして?』


『そして、私はその対応をするうちに知ってしまいました。繁殖して子供が出来たら、今までの退屈が嘘のように世界が明るくなったんです』


『ほう』


『子供には、何か。何か力があるんでしょうか。私たちにない、なにか……』


『それはなにかな?』


『未来……? 違うそれは悠久の時をデータとして過ごす私たちにもある。じゃあ若さ? 若いだけならデータを入れ込む肉体を若くすればいいだけ。じゃあ何が……』


『彼らにあって、私たちにない物、もしくは』


『もしくは、なくしてしまったもの?』


そこで私の頭の中にひらめきがおこる。

そう、そうだ、きっと私たちは、長い長いときの中でそれを擦切らせ、なくしてしまったのだ。


『それは、魂! 先生、ありがとうございます!』



私はデータの自分を再び肉体に入れ込む。

興奮で頭がずきずき痛い。

でも、私は走り出しそうなくらい嬉しかった。

問題がわかった。

そうきっと、新しく生まれた子供たちには魂がある。

だからこそあんなにも感動する。

そして何かを産みだすためには魂が必要。

魂をすり減らして創作していった結果として、魂が擦り切れたデータ化人類は創作がエンターテイメントを創れなくなった。

そういうことなのだ。


「つまり大事なのは魂!」



私は、走る。

すっきりとした気持ちで我が子を抱きしめるため。


そして、新たな挑戦のため。

私が挑むことは一つだ。







魂への自己復元能力の付与。



私の科学者スイッチが完全に入る。


今度こそ、人類は種としての完全なゴールにたどり着く、そう確信して。

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