その穴の名は……

くまゴリラ

その穴の名は……

「お前の番だ」


 俺の横に立っている黒服の男が俺に右拳を突き出してくる。俺は震える右手を男の右手の下に差し出す。男が右手を開くと一つのサイコロが俺の右手に向かって落下する。


「あ……」


 小指と薬指がなくなっていた俺は、サイコロを上手く取ることができずに落としてしまう。黒服の男がサイコロを拾うために舌打ちをしながら屈み込んだ。


「二だ」


「え?」


 黒服の男が二の目を上にしたサイコロを卓上に置く。俺は先程の言葉を聞かなかったことにしてサイコロに手を伸ばす。その手を黒服の男が握って止める。


「二だと言ったろうが」


「そんな……俺はサイコロを振ってない」


「お前の手に当たって落下したんだ。振ったのと一緒だ」


 そんな理不尽なことがあってたまるか。俺は抗議しようと口を開くが、不意に顔面を襲った衝撃に声が出ない。代わりに涙と鼻血がとめどなく流れ出る。どうやら殴られたらしい。


「お前に意見を言う権利があると思ってんのか!?」


 黒服の恫喝に俺は震えながら首を振った。何でこんなことになってしまったんだ……。



 俺は泥棒だ。ただし、悪人専門のだ。

 一般企業の重役だろうが、裏社会の人間だろうが金を持つと碌なことをしないのが人間だ。俺はそんな奴らの表に出せない金を盗んでいた。

 今日はとある実業家の事務所に忍び込んだのだが、ヘマをして捕まってしまった。まさか、裏で臓器や人身の売買までやっているとは思わず、その証拠を発見したことで動転してしまったのだ。

 捕まった俺は死を覚悟したが、実業家は一つの提案をしてきた。


「ゲームで僕に勝ったら、命は助けますよ」


 この世で最も信用できない言葉だったが、俺は提案に乗ることにした。


「ゲームは……そうですね。双六にしましょう。サイコロを振り合って、先にゴールした方の勝ちです」


 俺はサイコロへの仕掛けを疑ったが、持ってみた感じでは普通のサイコロと変わらなかった。普通じゃなかったのは盤面の方だった。

 最初にサイコロを振り、駒を進めた俺は止まったマスの指示に言葉を失った。


『このマスに止まった者はサイコロを振る。出た目が奇数なら一回休み。偶数なら指一本を切断する』


 震える俺は黒服に促されてサイコロを振った。出た目は偶数で右手の小指を切断された。その後も似たような指示で右手の薬指、歯を五本、左手の爪すべてと血液を五百ミリリットル失った。

 だが、俺の正面に座った実業家は無傷だった。俺と同じようなマスに止まっても一回休みを当てるのだ。ロシアンルーレットをするマスや二杯の紅茶から毒の入っていない方を選んで飲むマスもクリアしていた。


「私はね、スリルが欲しいんだ。生まれてから挫折を知らない。すべてがうまくいく」


 双六も終盤に差しかかった頃、実業家がそう呟いた。


「何がスリルだ。サイコロに細工しているとしか思えんぞ」


 俺は精一杯強がる。


「細工? そんなことするものか。する必要がないんだから」


 その勝ちを確信したニヤケ面が気に入らなかった。俺は意地でも勝つことにした。



 俺は止まるマスの指示を気にせず、大きな数字を出すことにした。順番が回って来た際にサイコロを持つと一の目の窪みに隠し持っていた小型の針を刺した。一の目を他の目よりも重くすることで六が出やすくなればと思ってだ。火事場の馬鹿力か針は硬いサイコロになんとか刺すことができた。そのサイコロを振った後は針を回収して実業家に渡す。注意して見れば、サイコロに穴が空いたことはわかってしまう。負ければ確実に死ぬのだ。バレた時のことは考えないことにした。

 しかし、実業家は穴に気づかないのか、ゲームは進行していく。作戦も上手くいったようで俺は六を連発した。マスの指示で更に右耳と左手小指を失ったが、あと一でゴールという位置まで来た。実業家はゴールの七マス手前だ。俺は勝ったのだ。


「約束どおり助けてくれるんだろうな?」


 俺の言葉に実業家が鼻で笑う。


「ええ、あなたが勝てばね」


「何を言っている! お前は残り七マスもある。何を出してもゴールできない。その後の俺の手番で俺はゴールだ!」


 実業家は首を振る。


「やってみなくちゃわかりません。言ったでしょ? 僕はすべてがうまくいくんだ」


 実業家はそう言うとサイコロを放り投げた。そのサイコロを目で追った俺は我が目を疑った。

 机の上で弾んだサイコロが二つに割れ、三と四の目が出たのだ。


「これで七。僕がゴールして勝ちです」


「な……バカな……」


「あなたが一の目に何度も穴を開けなければ割れなかったでしょうにね」


 俺は思わず実業家の顔を凝視する。


「気づいていましたよ。でも、スリルを感じたいので放っておきました。まさか、こんな結果になるとはね。……あなたが初めてじゃないですかね? サイコロに墓穴を掘ったのは」


 そう言うと実業家は笑いながら部屋を出て行く。それと同時に黒服が俺の首筋に注射器を当てたが、抵抗する気も起きなかった。

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