第8話 それはパワハラでセクハラです
「オレもやってみよ」
「ぜひぜひ!」
「おれも!」
「なにか分からないことがあったら気軽に聞いてくださいね。今なら限定の春イベが開催されてるのでメインを進めるよりそっちやった方が絶対いいですから」
しめしめ。
あたしの周りに集まった八人の男たちはいそいそとアプリをダウンロードしているぞ。
むふふ!
みんなが“らぶふる”をやってくれればオタク話ができる相手が増えて会社に行くのが楽しくなるじゃない?
まあ問題は本来所属している部署じゃないところで流行らせているってとこなんだけど。
体育会系のノリの営業部ではこういうオタクっぽいゲームはなかなか受け入れてもらいにくいんだよね。
簡単に楽しめるパズルゲームとか逆に国を落として領土を広げる戦略系のちょっとエッチなやつが好まれる。
「開発部楽しいなぁ」
「なら営業部戻らずずっとこっちにいなよ」
嶋田さんが体を寄せてぽそりと呟く。
目元がほんのり赤いのはお酒のせいだろうか?
それとも“らぶふる”効果で恋する気持ちを刺激されたからなのか。
どっちでもいいけどさ。
「あたしの意思で人事がどうこうできるとお思いですか?」
「あーそりゃ無理だわな」
でも。
「
「へ?」
金光さんって人事に口出しできるくらい力持ってるの!?
まあ他部署のあたしを実験台に引き抜けるくらいには影響力持ってるんだろうけど。
「そうだね。私けっこう桐くんのこと気に入ってるから正式にお迎えしてもいいかもな」
「……金光さんに気に入られるってすっごく怖いんですけど?」
ふふんと金光さんの腕があたしの肩を抱いてそっと引き寄せられる。その時りんごのようないい香りがしてくらくらした。
香水かなんかかな?
でも作られた匂いって感じじゃなくてすごく自然で優しくて甘い。
もしかして宇宙人ってこんないい体臭してんの?
なにそれ。
羨ましい!
「おや。光栄なことだと喜んだ方が可愛げがあるのに」
「そりゃありがたいですし、光栄でございますが、怪しげな薬の実験のモルモット扱いされてる身としては「なにされるの!?怖い!」って反応になるのが至極当然ではありませんかね?」
ここぞとばかりに金光さんの芳しい香りを嗅ぎながら反論すると宇宙人は柔らかな声で笑った。
「桐くんはおもしろいね」
「可愛げはありませんけどね!」
「そんなとこも私には心地いい」
そうですか。
なにを言っても、なにをしても、おもしろがられるのなら別にいいかな。
怒られるより。
嫌われるよりはずっといい。
開発部の人たちはあたしの好きなものをバカにしたり拒絶したりしなかったから。
なにやらされるか分からない宇宙人の下で働くのはちょっと怖いけど、営業成績に苦しめられたりするよりかはストレスなくいられそうだし。
「移動、しても、いいかも」
「お前なにいってんだ」
「ん?」
金光さんとくっついて空いた僅かな隙間に黒岩が無理やり入ってきて腰を据える。
嶋田さんが押しやられて迷惑そうだけどいいの?
先輩でしょ?
「商品のいいところを紹介して多くの人にうちの商品を使ってほしいって入社したとき言ってただろ」
「……言った?」
「言ったよ。覚えてる」
そうか。
入社式のあと新入社員だけで飲もうって集まった時にチラッと口にした言葉を覚えてるなんて黒岩は記憶力がいいんだな。
「それができるのは営業部だろ」
「まぁね」
広報とかでも外に広くアピールできるだろうけどあたしは直接話してその人に伝えたいってスタンスだからね。
まあ営業って仕事はキツいときあるけど、割りと好きっていうか合ってるのかなって思ってる。
「諦めるなよ」
「いい“かも”っていっただけなのに。そんなに黒岩はあたしと一緒に働くのがいやなの?」
黒岩の真剣な説得が恥ずかしくて照れ隠しに返した言葉がちょっと意地悪くなっちゃった。
申し訳ない。
「そういう意味じゃない。さっき桐がみんなにゲームのよさをプレゼンして一人一人にあったものを勧めてるのを見たら」
純粋にすげぇなって思った――なんて悔しそうな顔されたらさ。
こっちは嬉しくなるじゃないか。
「まあ好きなものを勧めるときはいつもより力はいるよね。オタクだからさ」
「おい、おれはそんなことを言ってるわけじゃ」
「んーん。いいの。あたし開発部ではなんもできることないから役目が終わったらちゃんと古巣に戻りたいわ。やっぱ」
ありがとね。
黒岩。
「自信ついたわ」
「……分かりゃいいよ」
「期間限定だからこそ楽しめるってこともあるしさ」
こういうことがなかったら黒岩と一緒の部署で働くなんてことはなかったんじゃないかな。
「最後までよろしくね。黒岩」
「おう」
短く返事してからビールを煽る黒岩はちょっと照れ臭そうだった。
そういうところは可愛いんだよね。
「桐くん、黒岩くん。これ」
「お?お?ちょ、止めてくださいよ」
横からつんつんっと脇腹を突かれて身を捩りながら横を見ると金光さんが笑顔で例の薬を差し出していた。
待って。
こんな時まで実験ですか?
「本日の業務は終了しておりますが」
「私の業務は終了してないからセーフだね」
「どういう理屈ですか。仕事中にビール飲むとか常識なさすぎですよ」
「私は宇宙人だからね。しょうがない」
なんでもかんでも宇宙人だからで済まさないで欲しいんだけど。
「アルコールを摂取してるんですよ?そんな状態で飲んだら危ないんじゃないですか?」
「だいじょうぶだよ。愛のために生み出されたサンダーソニアは飲酒した後でも問題なく、寧ろガンギマリして気持ちよくなれるように調合されているから」
「そっちの!効果は!試しませんからね!それパワハラでセクハラですよ!」
いくら同性とはいえ性行為を強要されるのは許されません!
酔った勢いで、なんて後で後悔するやつだから。
しかも同僚となんてごめんこうむる。
「あたしは帰って”らぶふる”を楽しむんですぅ」
「それでいいよ。全然問題ない。ただ今回の試薬は今までよりも長く効くように作ったんだ。最長どれくらい効き目があるのかを調べたくてね。だから今から飲んでもらって明日出社した後の状況を見たい」
なるほど?
ちょうど21時を回ったくらいだから出社してあれこれしてたら服用後十二時間は経ってることになるもんね。
ほんとに研究開発実験観察が大好きなんだな。
金光さんは。
「分かりました。飲みますよ」
「ありがとう」
「桐が飲むならおれも飲まないと意味がないでしょうから」
「むふ。ありがとう」
いつものように薬を受け取ってあたしたちは素直にサンダーソニアを飲んだのだった。
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