第2話 愛を語る宇宙人


「このままでは地球人は滅びてしまう」


 そうは思わないかい?って聞かれてもあたしにはなんとも壮大大過ぎて。

 日々カツカツで生きている人間に地球のことや人類のことを想像してみろってむちゃではないですかね。


「そのためにはまずはお互いのことを知る必要がある」

「あの、えと。それは地球人と宇宙人のことですか?」

「ん?桐くん君はちゃんと話を聞いていたのかい?」

「え?はぁ」

「私は地球人のことを話しているんだよ」


 一応気になったところを質問してみたんだけど、不思議そうな顔で話を聞いていたかねと確認されてしまった。


 社内で一番人の話を聞かない人に!

 くそう。


 隣で黒岩が笑いを堪えてるのが腹立つ!


「私が地球に来て十年経つがその間に出生率はよくなるどころか下がる一方。このままでは本当に滅んでしまう。宇宙からの移住者に取って代わられても構わないというのならそれでもいいが、それでは私が面白くない」

「はあ」


 まあ確かに地球を乗っ取られてしまうのは困るけれど。

 イマイチ実感がわかないんだよなぁ。


 目の前の金光さんだって中身は宇宙人でも普通に人間の姿をしているし、なんならすんごい美人だし。

 これは地球人に擬態しているのか、それとも本体はもっとグロテスクだったりするのかな?


 いや、知らなくていいことは知らない方がいいかもしれない。


「私が思うに足らないのは愛と思いやりだ。そこでこの薬が地球人を救うことになるとしたら君ならどうする?」

「どうするって」


 差し出されたのはピンク色のとろりとした怪しげな液体―—が入った小さな紙コップ。


 やばい。

 これ飲んだらまずいやつだ。

 絶対。


「えっと」


 隣に立っている黒岩に助けてよと視線を送ってみても涼しい顔で金光さんを見ている。

 ちょっと!こっちをちらりとも見ないってどういうこと!?


「飲み、」


 たくありませんと答えたらどうなるのか。

 知りたくない。

 怖すぎる。


 飲んでも地獄。

 飲まずとも地獄。


 あたしの拒否権はどこだよ!?


「ぐ、具体的にこれを飲んでどう人類を救うのか教えていただけますか?」


 無い知恵を絞りだした質問は金光さんを大いに喜ばせたようで。美しい微笑みで近寄りあたしの手にそっと紙コップを持たせた。


「飲めばわかる」

「ええぇ」

「金光さん流石に説明もせずに強要するのはよくないかと」


 半泣き状態を見かねたのか黒岩がそういってくれたけど、この人好き勝手する宇宙人で知られてるんでしょ?

 ハラハラしながら静観していたら金光さんは顎に手を当てて「ふむ」と頷いた。


「では簡単に説明しようか。それは感覚を共有できるようになる薬だ。一番有効な使用例として挙げられるのは患者の痛みがどれほどのものか、どこが痛むかを正確に知ることで治療が早く行えるし、言葉や意思を伝えられない者や赤子や子どもの治療も簡単にできるようになると期待されている」

「へぇ」


 確かに病院で「どんな痛みですか?」って聞かれて上手く答えられずに困ったことはあるなぁ。

 それって誰もがそうだし、お年寄りや小さい子たちもこのお薬があったら痛みや苦しみから早く解放されるようになるよね。


 なんだ。

 怪しいどころかいい薬じゃないか。

 ちょっと安心した。


 黒岩がちょっと微妙な顔をしているのだけが気になるけど、協力しないと金光さんは解放してくれないだろうからなぁ。


「分かりました。飲めばいいんですね?」

「そうそう。その薬半分飲んで残りは黒岩くんに渡しておくれ」


 うし。

 女は度胸だ。


 さすがに死にはしないだろうしね。


 一口分含んでごくりと飲むと甘い味が広がって喉の奥がねばねばする。

 あんまり美味しいものじゃないなぁ。


「はい」

「おう」


 受け取った黒岩は眉を寄せてから息を止めて一気に飲んだ。


「どうだい?」

「どうって」


 まだなんとも――ん?

 ちょっと待って。


 体がポカポカしてきて熱い。

 体の表面にもう一枚皮膚があるような感覚がしてもぞもぞするんだけど。


「感覚の共有は全てだ。例えば片方が食事を食べると口の中になにかが入っている感触で唾液が出てくる。飲み込んだ物が食道を通り胃に届いて動けば腹も空く。排泄すれば片方もその衝動を抑えられなくなるだろうし、痛みを感じればそれも伝わるから」

「は?そんな、こと、可能なんですか?」

「可能だよ。宇宙の技術を使えばね」


 金光さんがふふふと笑って耳元に唇を寄せてくる。吐息がくすぐったくて宇宙人も鼻と口で息するんだなって変なことを考えてしまう。


「それに性交渉の感度もよくなる。なにせお互いの感覚が共有されてるから2倍だよ。その上に相手の感じる箇所や気持ちいいを知ることでお互いを思いやれる、まさに!幸せな性生活を送れるようになるというコンセプトでも売り出して行こうかと思っていてね」

「はぁああ!?」


 なんでそんなものをあたしと黒岩に飲ませるかな!?

 感覚を共有するって深く考えてなかったけど、そんなエロい目的もあるんなら普通に断ったのに!


「黒岩は知ってたの!?」


 怒鳴りつけてやろうと思って振り返ったら黒岩は青い顔で前屈みにみになっていた。気づけばあたしもつられたように同じ格好をしている。


 なんなのこれは!


「おまえ、これ、やけに締め付けが、苦しいがサイズが合っててないんじゃないのか……!?」

「締め付け?締め付けってストッキング?だってサポートタイプだもん。少しでも脚キレイにみせたいじゃないの!」


 だんだんなにに黒岩が苦しんでいるのか分かるようになってきた。

 そりゃ感覚が共有されてるんだから当然なんだけど!


「く、頼む。脱いでくれ」

「脱ぐのは良いけど、ちょ、待ちなさい!どこ触ってんのよ!やめてよ!」

「どこっておれの大事なものだろ!」


 股間を押さえながら呻いている黒岩には申し訳ないけど、そんなところ触らないで欲しい。


「今は共有してるんだからやめて!」

「……おい、胸んとこも苦しい……お前サイズ」

「うるさいバカっ!」

「お前が締め付けてんのが悪いんだろが」


 ふぇえん。

 なんでこんなことになるの?


 金光さん一人が楽しそうに笑ってみているのが本当にむかつくんだけど!

 

 やっぱり宇宙人って最低だ。



 

 



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